個性の持つ孤独――ベルナール・ビュッフェ
印象派をはじめとするフランスの絵画は、日本で非常に人気があります。その証拠としてあげられるのが、フランスの画家の名を冠した個人美術館の存在です。本国フランスにすら存在しない、画家の個人美術館が、日本には6つもあるのです。一つは、以前にも紹介したマリー・ローランサン美術館(東京)。ジョルジュ・ルオーの作品を集めた、パナソニック 汐留ミュージアム ルオーギャラリー(東京)。イラストレーターとしても著名なレイモン・ペイネのペイネ美術館(長野)。アルメニア生まれのフランス画家ジャン・ジャンセンの安曇野ジャンセン美術館(長野)。自宅を利用した個人経営のユニークな施設、マイシャガール美術館(兵庫)。そして今回とりあげるベルナール・ビュフェ美術館(静岡)です。いずれも熱心な美術愛好家の個人コレクションから生まれた美術館です。
ベルナール・ビュッフェは1928年パリに生まれ、21世紀を迎える直前の1999年に71歳で自殺した画家です。
ビュッフェの生まれた1928年には、アメリカでアンディ・ウォーホルが、そして翌1929年には日本で草間彌生が誕生していますから、戦後の新しい現代美術家の第一世代と言えるでしょう。
ビュッフェは早熟の天才でした。10歳ごろから絵を描き始め、15歳で国立美術学校に合格、17歳でアトリエ作品賞を受賞、19歳で最初の個展を開き、パリ国立近代美術館に作品を購入されています。
さらに、20歳で権威のある批評家賞を受賞し、画廊と専属契約を結び、21歳からは海外でも個展が開催されるようになりました。
ビュッフェの絵の特徴は、色もモチーフも人物の表情も寂しげで暗いことと、直線的で硬質な線を重ねた太い輪郭線、そして人間性を剥ぎ取られたかのような角張った人体像です。
一目見たら忘れられない個性的な絵は、大戦中に辛酸を舐めた人々の心象風景に合致し、評判を博しました。
ビュッフェの心の中にあったのは、強烈な孤独でした。事業家であった父はビュッフェ少年に構わず、心の拠り所であった母はビュッフェが17歳のときに死去します。
20歳で結婚した最初の妻とは1年足らずで離婚し、その名声や財力とは裏腹に、ビュッフェの孤独感は強まります。
そんなビュッフェを癒したのは、1958年、30歳での再婚相手のアナベルでした。
同い年で、やはり幼くして両親を亡くしたアナベルは、以降、生涯のベストパートナーとしてビュッフェを支えます。
しかし、若くして時の人となったビュッフェには、別の苦悩もつきまといました。
人々の関心は移ろいやすいものであり、自らの心のおもむくままに絵を描いていたビュッフェには、“マンネリ”、“時代遅れ”との批判が寄せられるようになります。
1963年、東京と京都の国立近代美術館で、ビュッフェの回顧展が開かれました。当時、まだビュッフェは35歳の若さでした。
1971年、43歳のビュッフェは、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与されます。日本にベルナール・ビュフェ美術館ができたのは、その2年後のことでした。
40代にして、すでに引退した大家のような扱いになったのです。
日本のベルナール・ビュフェ美術館を設立したのは、スルガ銀行頭取の岡野喜一郎です。
喜一郎は、スルガ銀行を創立した岡野喜太郎の孫で、岡野家は、代々、スルガ銀行の頭取を務める名士の一族です。
その財力で収集した個人コレクションをもとにつくられたのが、静岡県(昔の駿河国)にあるベルナール・ビュフェ美術館です。
ビュッフェの絵は、21世紀の現在でも高く評価されています。
2016年にクリスティーズのオークションで落札された「道化の楽師、サックス奏者(Les clowns musiciens, le saxophoniste)」(1991年)は、225.4x270cmの巨大な絵でありながら、手数料込み102 万ポンドで落札されました。当時の為替レートで、1億5685万円になります。
この価格は、ユトリロやローランサンといった、エコール・ド・パリの画家に並ぶものです。
晩年のビュッフェは、身体が動かなくなるパーキンソン病に侵され、絵筆が持てなくなることを悲観して、1999年に71歳で自死を選びました。
未亡人のアナベルも6年後の2005年に亡くなります。
画家がいなくなっても、絵はこの世に残り、私たちを慰めてくれます。
ベルナール・ビュフェ美術館をはじめとして、日本には数多くの個人美術館があります。天気が穏やかな秋の日、美術館巡りに出かけてみませんか。
ちなみに、冒頭で6つの個人美術館をあげましたが、作者自ら描いた挿絵が人気の、星の王子さまミュージアム箱根サン=テグジュペリ(神奈川)を数に入れれば、日本にあるフランス画家(?)の美術館は7つを数えます。
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