先輩は「ウルトラマン」
皆さん! 今までに何か危険な目にあったことは
ありますか?
僕は たった一度だけですが 絶体絶命のピンチに
陥ったことがありましたので 今日はその話を
聞いてください
※ ※ ※
僕は 会社の先輩である 千田さん(仮名)とよく
磯釣りに出掛けていました
ある日のこと その千田さんから 小魚しか
釣れない磯釣りじゃ あまり面白くないので
たまには ボートでも借りて ちょこっと沖へ
出てみないか? とのお誘いがあり 二人乗りの
「手漕ぎボート」を借りることにしたのです
4月の休日 相模湾を望む漁港の貸しボート屋
で借りた「手漕ぎボート」は 定員2名の小さな
ボートでした
ここで説明させて頂きますが … 漕ぎ手は ボートの
船首の方へ背中を向けて座り 両手でオールを
握って漕ぐことになります コレ結構 疲れます!
一方 残った もう一人は 漕ぎ手と向い合わせに
なる様にして 船尾側に座る訳ですが … こちらは
基本的に何もしないので VIP気分で超楽ちんです
千田さんは「じゃさ~ 俺が先に漕ぐからさ~ …
後で換わってくれよナ!」と言うと 釣り道具を
抱えたまま ボートに乗り込んで座りました
僕も 直ぐ ボートに乗り込んで ふと腕時計に
目をやると 朝10時を少し回っていました
防波堤の内側は波が殆どなくて とても穏やか
なので 千田さんが オールで海水を漕ぐ度に
ボートは海面を スーッ スーッと 滑る様に
進んで行きます!
やがて 防波堤の切れ目まで 到達すると …
千田さんは迷うことなく一気に 外海へと
漕ぎ出したのです!
ところが 防波堤をほんの少し 超えただけなのに
海底の色は … 青色から 深くて濃い群青色へと
変化し 海が格段に深くなったことを容易に想像
させました
そして10mほど沖に出た途端 … 二人のボートは
すごい勢いで 沖へ 沖へと流され始めたことに
気が付きました!
潮の流れは 防波堤の中とは まるで 違っていた
のです!
千田さんは 速い海流の勢いに負けまいとして
オールをフル回転させますが あれよ あれよと
いう間に 防波堤ははるか彼方に小さく見える位
離れてしまいました!
僕は「こりゃヤバい!」と思いましたが …
千田さんは この段階で 既にヘロヘロ状態です!
こうなると …もう釣りどころの騒ぎじゃ
ありません!
僕は …
「千田さん 換わるよ!」と叫びました
千田さんは黙って頷くと すぐ立ち上がりました!
それは “漕ぎ手を僕にする” ため 二人が座る位置
を入れ換える必要があったからです!
ところで ココだけの話なんですが … 千田さんは
誰に似てるかというと … サザエさんに出て来る
「マスオさん」にそっくりで 細身な人でした!
一方 僕の方は どちらかと言えば「ジャイアン」
みたいな体形でしたから 両者を比べると その
体重差は 優に10キログラムはあっただろうと
思われます!
その千田さんが立ち上がり 僕が身を低くして …
ユラユラ 揺れる 狭いボートの上で 二人は反時計
回りに 少しずつ移動して入れ換わろうとしました
つまり …
千田さんは 立ったまま 12時の位置から9時の
位置へ 僕は身を低くして 6時の位置から 3時の
位置へと 夫々が移動したため … ボートは 突然
傾き出しました!
体重の重い 僕は海側へと沈み込み 体重の軽い
千田さんは 僕の頭上を 勢いよく “ピョーン”と
飛び越えて 海へ 飛び込んでしまいました!
ジャッボーン!
ボートは あっという間に180度 横回転して
見事に転覆してしまったのです!
気が付くと …周囲は真っ暗でした!!
酷くビックリした僕は パニックになり掛けまし
たが … よくよく考えてみると 僕は転覆した
ボートの内側に閉じ込められてしまっただけでした!
時間を戻すと … ボートがひっくり返った瞬間に
ボートの底に敷いてあった 木製の硬いスノコが
僕の頭上に落ちて来て ガンと当たり 一瞬 気を
失った僕でしたが … 海水をガボッと飲んだせいか
すぐに正気を取り戻しました!
もしボートの内部に取り残されたまま ボートと
一緒に海底に沈んでしまえば もう命は無い! と
思った僕は … 船底に残っていた空気を胸いっぱい
吸い込んで 少しだけ海底に向かって潜ってから
何とかボートの外へと 抜け出ることが出来ました!
その日の沖合は さほど波が高くなかったことが
幸いでしたが 海面から突き出たボートの裏側に
這い上がろうとしても 船底はヌルヌルとした
藻で覆われて 滑るので 二人共「しがみつく」
のが精一杯の状態でした
ボートの周囲には 買ったばかりの釣り竿や
釣り具が バラバラに飛び散って浮いていました
当時は 携帯など無かった時代です
そのまま誰にも発見して貰えないまま 1時間も
漂流したでしょうか?
幸いにも 漁から戻ってきた魚船に発見されて
貸しボート屋が 大型船で救助に来てくれたので
どうにか 陸に戻ることが出来ました
思えば「手漕ぎボート」を借りた時に 貸しボート
屋の主人に「沖へは出ない様に!」と注意された
にも関わらず 大したことはないだろうと 無視
して沖へ出たのが 大きな間違いでした!
また当時は 救命胴衣が提供されなかったことも
あり もう少しで 一つしかない『命』を落とす
ところだったのです!
腕時計を見ると 正午になろうとしていました
着替えを 持って来ていない二人は 防波堤に
ボ~っと突っ立ったまま 4月の寒い潮風に
吹かれながら 衣服を乾かしました
僕は 船が転覆した時 … 千田さんが 僕の頭上を
「ピョーン」と漫画みたいに飛び越えて行く姿を
ふと思い出しました!
怪獣をやっつけた後の「ウルトラマン」!!
そのエネルギーは もう殆ど残っていない …
胸の「カラータイマー」が ピコン ピコンと
点滅し 彼のエネルギーが残り少ないと告げる …
瀕死の「ウルトラマン」! 早くM78星雲へ
帰らなければ … !
大空を見上げた彼は 最後の力を振り絞り
『シュワッ』と叫んだ後 大空へと飛び去る
あの時 ボートから海へと 飛び込んだ千田さんは
まるで「ウルトラマン」みたいだったなぁ~と
想像した途端 … 僕は 可笑しくなって つい声を
出して 笑いました!
僕が笑った姿を 横目で見ながら「何だよ!」と
突っ込んでた千田さんでしたが「ウルトラマン」
と聞いた途端に 一緒になって 笑いました!
ただその後 …「手漕ぎボート」という言葉だけは
二人の間で しばらくの間 “禁句” になりました