黄色い風船! 【ショートショート】
僕が このアパートへ引っ越して来たのは
三連休の初日のことだ
アパートは 人通りの少ない道路に面していて
僕の部屋は 2階にあった
荷物を送び終わり もう2日も経つというのに
段ボール箱は まだ一部しか 開けていない
僕は ここに 下見で一度 来たきりだったから
アパート周辺のことは 何も知らなかった
まだカーテンさえ取り付けてない 南側の窓を
開けると 小さな “公園” を見下ろす事ができた
「気晴らしに ちょっと 行ってみるか … 」
もうすぐ夕焼けになりそうな公園をブラつくため
僕は 裸足のままで サンダルをつっかけると
ドアを開けて 階段をトントンと降りた
すぐ戻るつもりで スマホも財布も 持たなかった
アパート前の道路の電柱には 早々と青白い
LEDランプが灯り始めた
両手をポケットに突っ込んで 公園に向かって
のんびり歩くと …
やがて 滑り台やブランコが見えてきた
公園の入口近くまで来ると … 道路の片側にだけ
白いガードレールが立っていて その支柱には
沢山の 花束 や ぬいぐるみ が 添えられていた
すると … 幼い 女の子が 右手に "黄色い風船" を
持ち 公園に向かって 歩いて来る姿が見えた
… 幼稚園の年中さん位だろうか?
そして 少女の後を追う様にして 一人の女性が
やはり 公園に向かって 小走りで近づいて来た
「るみちゃーん! るみちゃーん!
どこなのー? ねぇ るみちゃーん!」
「お母さん ここだよ! 公園の中ー!」
「あぁ やっと追いついたー! いつの間にか
先に行っちゃうんだもの お母さん ビックリ
するじゃないの!」
「ごめんなさーい 何だか 早く ここへ来たく
なっちゃって … 」
「ねぇ るみちゃん … その風船 どうしたの?
黄色くて とってもキレイじゃない? … 」
「あっ これ? お兄ちゃんに貰った」
「えっ? お兄ちゃん? … どこにいるの?
そのお兄ちゃんは? お礼を言わなくちゃ!」
「もう居ないよ! 帰っちゃった … 」
「 … じゃ 今度また会うことがあったら
教えてね お母さん お礼を言わなくちゃ」
「 うん でもね … また 直ぐに会えるよって
言ってた」
「えっ! 直ぐに … ?」
「うん 」
「 そうなの … 」
さっきまで 公園はとても賑やかだったのに
今 そこにいるのは この 母娘 だけだった …
ところが その時!
るみちゃんは しっかり持ってたはずの
" 黄色い風船 " の糸を つい 離してしまった
みたいだ!
黄色い風船 は そよ風に吹かれて 夕日に赤く
染まった大空に向かって ゆっくりと
舞い上がって行く …
「ねぇ お母さん! 風船 捕まえて!」
「えっ? ダメよ! もう届かない!」
… すると まさに その時だった
るみちゃんの身体が まるで風船みたいに 宙に
浮いたのだ!
「お母さん なんか変! 身体がフワフワする!」
それを見たお母さんは ビックリして声も出せず
大きく開けた口を 両手で覆うようにしていたが
… 慌てて るみちゃんの両手を掴んだ!
そして るみちゃんを 自分の方に 強く引き寄せて
思いっきり 抱きしめた!
「どこへも行かせないからね! るみちゃん!
絶対に どこにも行かせない!」
しかし … 次の瞬間 … 今度は お母さんの身体が
フワリと 宙に浮いた!
「えっ? 何で?」
二人は抱き合ったまま 夕暮れの空に
向かって ゆっくりと昇って行く …
「お母さん! 離さないでね!
もっと ぎゅっとして! お母さん!」
「大丈夫よ お母さんが一緒だから …
心配しないで … るみちゃん!」
公園には もう誰も 居なかったので この光景を
目の当たりにしたのは 僕だけだった!
僕は二人の姿を確認しようと ガードレールの
側から 走って 公園に入り … 二人が話してた
場所に立った
そして 上空を見上げてみたが … 黄色い風船は
とっくに見えなくなり るみちゃんとお母さんの
姿も すっかり小さくなっていた
ただ 二人の姿は キラキラと輝いて見えた!
「ねぇ お母さん! ずーっと遠くまで見えるよ …
まるで鳥さんになったみたい … 」
「ほんとね お母さんも 何だか フワフワして
とっても 不思議な気持ち … 」
「 ねぇ お母さん もっと ぎゅっとして!」
「 こう?」
「 そう … お母さん だ~い好き!」
「 … お母さんも るみちゃんが 大好きよ! 」
「 嬉しい … お母さん 」
「 るみちゃん 」
「 お母さん 」
…
二人は 幸せそうに笑いながら そして
まるでメリーゴーランドみたいにクルクル
回りながら ほの暗くなった 大空に向かって
… 少しずつ 昇って行った
その様子は まるで " 天国 " に 昇って行く様に
見えた
僕は 再び 公園の入口にあるガードレールの所
まで戻り 支柱に立て掛けてあった沢山の花束や
ぬいぐるみ を見てみたが …
しかし それらが 一体 誰のために捧げられた
物だったのか 僕には 何も分からなかった
全く 何も … 分からなかった
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