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重い 蒸気の出ない アイロンをなぜ使うのか

お久しぶりです。一年以上振りになってしまうかと思います。
Twitterやthreads、Instagramなんかを見ている方はご存知だとは思いますが、元気にパンツをつくっていました。
裁ち鋏もペースはのんびりになりましたが、収集したりしています。先日は東鋏職人の方とお会いして、お話もできました。それはまたおいおい文章化したいと思います。

とは言え、今回は裁ち鋏のことではなく、アイロンについて自分が考えていることを、正解とは限りませんが、書いていこうと思います。
今回、文章中で出る「仕立て屋」は私が書いているので、スーツの仕立て屋さんになります。和裁の仕立て屋さんがどう感じるのかはわかりません。



アイロンの語源


アイロンの語源はその名の通り、『鉄(iron)』からですね。そのままなのが面白いです。
ちなみに動詞でもあるため「アイロン掛けをする」は「ironig」になります。イタリア語だと「stirare」でこちらもそのままですね。フランス語やドイツ語だとどうなのか分からないのですが、恐らくは似たような感じかな、と思っています(調べるのが面倒くさい)。


アイロンの歴史


それでは、アイロンの歴史をざっくりと辿っていきましょう。
詳しい年代はネット調べです。

日本だと古くは古墳時代から、『火熨斗(ひのし)』というものがあったそうです。
火のついた炭で温めた金属で布をのす(のばす)わけですね。ハッキリ言ってこの時点で仕組みは完成されていたんですね。

次に『炭火アイロン』が幕末頃に輸入された様です。
こちらは写真を見ていただくと分かりやすいですね。
火のついた炭を中に入れます。当然温度調整は自分でどうにかするのでしょう。
陶器製などもあったりして、金属製も含めて未だにオークションでも見かけることができます。

炭火アイロン(こちらから画像お借りしました)


そして、『こて型アイロン』が生まれます。
ストーブなどで温めてその熱を利用して冷めないうちにアイロンをかける訳ですね。炭火がはじけて汚れないようにする意味合いがあった様です。こちらは和裁なんかで今も残っているかもしれません。

こて型アイロン(こちらから画像お借りしました)


最後に『ガスアイロン』と『電気アイロン』になります。『ガスアイロン』は1850年代に誕生し、『電気アイロン』は1900年頃誕生した様です。
現在の家庭用の『電気アイロン』の普及から信じられないかもしれませんが、私が就職した仕立て工場や個人の仕立て屋さんは2010年代くらいまでは『ガスアイロン』を使用していました。ガスの方が電気より安かった為、と言われていましたが、定かではありません。設備を変える面倒臭さもあったのでしょう。
おどけた人は『ガスアイロン』で、パンや餅を焼いている人もいました。無理をすれば調理器具にもなってしまうアイロンだったのです。

既に手放してしまいましたが、所有していた『小林アイロン』のガスアイロン
サーモスタッドのついていない頃の電気アイロン、こちらも『小林アイロン』製


『ガスアイロン』は当然サーモスタッドなどはありませんから、一定まで温度が上がり続けます。生地を焦がしたり、溶かしたりしてしまわない様に水につけて温度を下げたりして、自分で調整していました。
私は使ったことはありませんが、初期の電気アイロンもコードの抜き差しと共にそういった行為で温度調整を行なっていたと思います。

そこからサーモスタッドがついた電気アイロンが生まれ、現代に続いたといった訳です。
サーモスタッドが付いたことにより、温度調整は楽になり、生地を焦がしたり、溶かしたり等ということは激減したと思います。
ただ、サーモスタッドにも「弱、中、高」といった大体の温度調整から、10度単位の温度調整まで様々ありますので、開発者には様々な苦労があり、発展があったのでしょう。


現代の主流アイロン


現代ではどんなアイロンが主流なのでしょうか。
端的に言ってしまえば、軽いアイロンが流行している、と言っても差し支えないと思います。
それと、基本的に蒸気機能があるものですね。
あくまで、私の主観になりますが。

我々の様な仕立て屋は重い(最低でも3kg程度)蒸気の出ない、底面がツルツルのドライアイロンを利用してきたのですが、現在新品で手に入れるのは難しいです。
勿論、中古品や新古品をオークションで手に入れることは可能なのですが、つい最近、2018年に業務用のドライアイロンをつくっていたタキイ電器が事業をやめたことにより、新品での日本の重いドライアイロンはなくなってしまいました。
とは言え、まだ在庫を持っている所も沢山あると思います。
ネットで「タキイアイロン」などで検索すれば、行き当たる筈です(2024年現在)。
ただ、新品のタキイアイロンはちょっと驚くくらい高価かと思います。オススメは上記の様にオークションで新古品や動作保証されている中古品の「職業用アイロン」や「工業用アイロン」を検索することだと思います。

一般的に業務用のアイロンと言えばナオモトや大阪アイロンだと思うのですが、スチームアイロンであれば、ナオモトや大阪アイロンですと、(ある程度)重いアイロンは手に入る様です。調べた限りでは2.4kgが最重量だと思います。
ですが、それらは個人では導入するのが難しいボイラーが必要になるタイプだと思います。バキュームのついたアイロン台と共に導入すべきもので、裁断机に置いて使うタイプでは決してないですね。

これが、残念ながら現状です。
昔ながらの服づくりをする人は減少する一方でしょうから、需要も落ち込んでいる筈なので仕様のない事とは言え、寂しいものです。要はアイロンも東鋏と同じ様な状況を辿っているわけですね。
とは言え、裁ち鋏もアイロンも失われる訳ではなく、良かったものが失われ、普及品が残っていく訳です。
現在では、家庭用は勿論、業務用アイロンも軽さを売りにしているものが多いです。



仕立て屋にとってのアイロン


仕立て屋にとってのアイロンとはどういったものなのでしょうか。
ここでは私が経験して、考えた、あくまで主観を述べます。科学的根拠がある訳ではありません。

アイロンに要求する仕事として、大きく3点程あると思います。

第一に生地を曲げ、伸ばし、変化させることです。「くせとり」と言われるものです。生地というものは糸を織って構成されたものなので経糸(たていと)と緯糸(よこいと)があります(ニット生地は除く)。熱や水分で長方形を平行四辺形に変化させたり、糸と糸の間を詰めたり、開けたりすることで、面積を変化させるわけです。

クセとりの様子、冷やして水分を吸収させています

第二は異素材、ないしは数枚の布の一体化です。コレは概念的な話で、実際に一体化出来るわけではないのですが、殆どの縫い物は糸で布と布を留めます。それで完成とはいかず、ただ留めただけの布と糸は馴染んでいないのです。ここに熱と水分を加えることで馴染ませることが出来るのです。

手書きで汚い字で見づらいかと思いますが、拡大してみてください

私のパンツでもこの図のように様々な素材を合わせた構造になります。
これは特に重なりの多い部分ですが、構築的になる腰部分は多いとこれくらいの生地が重なります。これをどうにか一体化させて美しく仕上げる必要があるのです。
アイロンはこういった作業においても重要な役割を持っています。

第三として、仕上げですね。皺をとったり、形を美しく整えたりする目的です。これが、一般の方にとってのアイロンの用途だと思います。


重いアイロンの理由


仕立て屋さんは『ガスアイロン』にしろ『電気アイロン』にしろ、何故重いドライアイロンを愛用していたのでしょうか。

それはアイロンに必要な要素に関わってくるでしょう。
アイロンに必要な要素というのは、圧力、温度、時間になると思います。
どれだけの力を加え、どれだけの温度で、どれだけの時間プレスするか、ということですね。
その中の圧力、時間を解決する為に重いアイロンが必要になるのです。
重さは圧力になります。逆に言えば、重さがなければ圧力を加える為に力を入れたり、自重をかけたりして、安定した力をプレスしなければならない訳です。
重いということは目や手を離したとしても動きません。コレが時間をかけることに繋がります。軽いアイロンはふとした時に動いてしまうのです。ちょこちょこ動かしてはプレスの為の力は他の箇所に逃げてしまいます。
温度に関してはサーモがなくても、一旦温度上昇をストップさせれば、鉄製のアイロンは容易には冷めません。サーモがあれば、安定した温度が保てます。

もう一つの要素として、蒸気の出る穴があいていないというのも意外に重要です。
穴があいているということは、どんなに重いアイロンでも、(小さな穴とは言え)その部分に圧力が加わらない訳ですから、避けられがちです。
蒸気が出るタイプはタンクやポンプ、ボイラーが外付けになってしまう為に取り回しにくいというのもあります。


こうして、仕立て屋は布と布を糸で合わせて、変化させたい形に整えて、(焦げない様に当て布をして)重いアイロンをドカッと置きます。上で書いたアイロンの要素の変化と一体化をこの行為により担うのです。
これは、別のタイミングだったり、同時だったり様々です。
そして、放置して別の縫い合わせだったりの作業を行う訳です。
まぁ、あくまで一例で、その作業は生地の素材によっても変わりますし、織り方によっても変わります。
私はパンツ職人なので、放置するまでする作業は少ないですね。
とは言え、仕立て屋であれば、変化、一体化する為のアイロンが必要になります。
そして、それには圧力、時間、熱が必要になるのです。

私が当て布(綿の適当な白布)を当て、アイロンを放置している様子



もう一つのアイロンの要素、水分


アイロンの重要な要素はまだあり、それは水分になります。
蒸気アイロンであれば、スチームになります。
ドライアイロンの場合は水分をどの様に加えるかと言うと、霧吹きをしたり、水を必要な部分にブラシ状のもので塗り、そこにアイロンするのです。
この水分の塩梅は非常に難しいもので、これも素材や織り方によって必要量は変わります。

一番、メジャーなウールであれば、ウール繊維には鱗のようなものがあり、熱や湿気を含むと鱗が開きます。乾燥、冷却させると、鱗がとじるのです。(シャンプーのCMのキューティクルをイメージして下さい)
ウールには熱可塑性というものがあります。熱によって形が変わるということです。
つまり、熱と水分を同時に加えることで、より形を変化させるのです。そして、力を加えたことにより、更に変化もさせます。
そして、アイロンをとり、冷ますことにより形がつくられるのです。

スチームが出るアイロンは水分を加えることは解決しているのですが、必要のない部分に加えてしまうということはあります。
霧吹きも大体同じようなものなので、その作用を目指して、つくられているのでしょう。霧吹きよりも大量の安定した温度の高い蒸気を加えられる点は有効なものだと思います。
それに対して、水をピンポイントでつけてアイロンする行為の方が狙いやすさはあります。

何にせよ、早く蒸気を吸い取り、冷却を行う為には、セットでバキュームのついたアイロン台が欲しいところです。バキュームをしてくれるアイロン台であることは乾燥、冷却を行うとともに、布を吸って固定してくれるという点で大変有用です。
ただ、バキュームアイロン台は大きなモーターを必要として、専用のスポンジのような柔らかい台が必要になってくるので、大体はとても大きなものになってしまいます。
その大きさ、柔らかさを縫いテーブル代わりにするのは難しいです。
ということで、仕立て屋でも、バキュームアイロン台を導入するのは仕上げの工程や中間など、一つ腰を上げてやるものになるのです。
変化、一体化で使わない事はないが、どちらかというと、皺をとる仕上げに使用する事が多いと考えて下されば良いと思います。

さらに言うと、水分はスチームや霧吹きで与えなくても、生地の繊維中にも含まれています。
大気中の水分を繊維がある程度吸収しています。
雨の日が続くとかけたアイロンが戻ってきたりもします。
特に日本の気候ですと、湿度が高いので、海外よりも加える水分量はそこまで多くなくても良いのではないか、と私は考えています。

とは言え、私は仕立て屋さんの中でも、作業の中にバキュームアイロン台とスチームアイロンを使用する方ではあると思います。
熱が安定しているのは勿論、大きく水分を加えるのには楽ですし、冷却、固定は早いです。
ただ、これも仕立て屋独特(かもしれない)のドライアイロンの作用を勉強、研究した為に、適したアイロンをかけることが出来るのであって、スチームアイロンを使いこなすのは案外難しいものだと思います。

スチームアイロンとバキュームを併用した様子


服の構造を理解して、服の内容物(の素材)を正しく捉え、適した水分量、圧力、熱、時間を理解する必要があると思います。

そして、これは感覚的になってしまうのですが、それらをまとめて言葉にするとしたら、「生地のなりたい形にしてあげる」ということと「製作者の求める形に生地を変化させる」ということになると思っています。その2つの行為をバランスを変化させて、つくっていくのです。
それらを熱、圧力、時間、水分によってコントロールし、良い形につくっていくのだと考えています。

私は出来るだけ、「生地のなりたい形」に整えていく方を重要視しますが、時には自分のさせたい形にも変化させます。
生地を変化させる代表例として、ベルトのカーブをつくる写真を数枚あげておきます。

まず縫い代を水分とドライアイロンでしっかりと割る
スチームアイロン、バキューム、さらに霧吹きを使って整形する
ベルトにカーブが生まれる

ただ、このベルトのカーブも不自然なカーブをつくりあげる訳ではなく、身頃のプリーツが折り畳まれ、ダーツを縫った際に出来る自然なカーブに沿うようにしています。
ベルトの生地は元々は真っ直ぐのものなので、形を変化させているのは間違いないのですが、身頃のカーブがなりたいカーブをつくってあげている複合操作ということをご理解いただきたい、と思います。

最後に


正直、何度か文章を読み直してはいるのですが、上手く伝えたい部分を要約出来たかはわかりません。
もしも、読み難かったり、改善点、質問があれば是非コメントを頂きたいと思います。
今回、久しぶりに文章をおこすことにより、多少はnoteを再開しようかな、とも思ってきたので、近々東鋏についても書けたらいいな、と考えています。
ネタは色々と溜まってはいるんですけどね。

たいらがくと

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