宇野 彰「「読む」という困難」
(1) メカニズム
「読む」には、音読と読解があります。音読は、文字や文字列から音や音列に変換する過程、読解はその音(列)から意味に至る過程と考えられます。音読処理過程内にはさらに複数の経路が存在し、①1文字ずつ一音に変換していき、文字列を系列的に音列に変換する処理過程と、②見慣れている文字列をそのまま直接音列に変換する経路(文字列辞書や音列辞書を含む)、③文字列を意味に変換する経路を介して、意味に対応する音列に変換する経路(呼称の経路と共通)、の大きく分けて三経路存在すると考えられています(Coltheart, 2002)。このモデルは、コンピューターを使用したシミュレイションモデルによって検証されています。
(2) 「読む」ことが困難という状態と例
この三経路別に、大脳の損傷後に生じる音読の障害例(後天性ディスレクシアもしくはアレクシア)が報告されています。①の経路のみが障害された場合には、無意味文字列(非語)『ターコプリヘ』の音読が困難ですが、②③の経路が保たれているため、見慣れている『ヘリコプター』などは音読できてしまいます。反対に、②の経路の障害のみが障害された場合には(例えば見慣れた文字列が格納されている文字列辞書の障害が想定されています)、①の経路が保たれているため非語の音読は可能ですが見慣れている単語の音読は困難になります。しかし、例に出した『ヘリコプター』については、一文字ずつ読めるので、時間がかかりますが最終的には音読できます。時間がかかることは、流暢性の問題と解釈できますので問題があることになります。また、③のみの経路の障害の場合、仮に意味に大きく関わる処理過程が損傷されている場合には、一文字ずつは読めますが、意味が取れないことになります。『案山子』を「あんざんし」と、一応文字に対応する音には変換できていますが「あんざんし」という単語は存在しないので、通常は音読が間違っていると自分で気付くと思うのですが、本人は意味が取れない障害があるため、平気なのです。このように、音読経路の損傷部位別に音読の症状も変化することになります。一方、発達性ディスレクシアと呼ばれる、おそらく先天性の障害で発達期に明らかになるこどもの場合には後天性の音読障害例とは異なり、①と②の経路が障害され、保たれている③の経路で補っていることが後述する単語の属性を調べることにより判明しています。
ところで私たちも読み誤ります。読み誤りからどの音読経路の問題かを考えることもできるのではないかと思います。
―『學鐙』2024年秋号 特集「“読む”の諸相」より―
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