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種子

同窓会で会ったら彼を問い詰めてやろうと思ってたけれど、彼が来るはずもなかった。

高校時代の彼は親しい友人がいるようには見えなかったし、何の部活に入ってるのかわからない所謂かわいそうな奴だった。背は高いけれどいつも重たい前髪で目が隠れていて表情がわからない。だから顔もあんまり覚えていない。私が今こうして気になっているのももちろん恋愛や友情といった感情とは全く別の類だ。

私は最近になって彼の不思議な行動をしきりに思い返していた。

彼は定期テストで返却された答案用紙をすぐに丸めてゴミ箱へ捨てた。恥ずかしい点数をとっているわけではなく、むしろ成績は優秀だった。その行動は教師らの目に留まり度々注意されていたがそれは卒業まで続いた。彼は足音も立てずにゴミ箱へ近寄り背を丸めてそっとゴミ箱の蓋を開けるのだった。その奇妙な姿が私の脳に住み着いて10年経った今でも鮮明に思い出せた。

ただ、今の私にはその行動がなんとなく理解できた。彼の何年も後ろを歩いているように感じて少し癇に障った。



8千円も払ったけど30分で抜けてしまった。ワインも楽しめる個人店の焼き鳥屋に30人程の同級生が集まった。店内の雰囲気はいいのだけど少し狭くて暗いのでこの日のために気合を入れて綺麗におめかしした女性陣には不満がなくもない様子だった。ただ、仕事帰りの私にはどうでもよかった。むしろ、ぼんじりが美味しかったのでスマホにお気に入りの登録をしたほどだった。

私がお店から出る時に舞子が心配そうに駆け寄ってきた。私はまだ仕事が残ってるからと言って残念そうな顔を作った。上司から仕事のラインが来てるので嘘ではないのだけどそれは本心ではない。正直に理由を言えば角が立ちそうだったから逃げた。みんなのことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。だけど、今じゃない。今楽しめる余裕がない。

三条大橋から鴨川に降りた。一杯で火照った肌を摩る初夏の晩の鴨川のひんやりとした空気は心地いい。まだ宵も間もないから橋の下で外国人がマンドリンを弾き語り、川沿いにはカップルらが等間隔で座り、川床では宴もたけな様子であった。ここを一人で闊歩しているとそれらの喧騒も遠のいてただの背景に成り下がる。

いつも思うのだけど、酒が焦燥感を忘れさせてくれるだけで心地よい飲み会なんてない。経験談なんて酸っぱいし、自己主張が多い話は胃がもたれるし、思い出話を肴にしても腹は満たされない。大事な時間は酒のない席で味わいたい。もうちょっと後になったら、何年後になるかわからないけど仕事が落ち着いたら、舞子とケーキでも食べに行きたいって気持ちは確かにある。


だから、私はあいつとは違う。


一度だけ彼と話したことがあった。炎色反応の実験の時だった。彼は打ち上げ花火が好きらしかった。綺麗だよねと私が言うと、それよりも爽快だって被せた。彼が昔に住んでいた地域は三尺玉が上がる花火大会があるそうだ。それは大きな音で弾け、空一面に光を広げ、観客に興奮を届けた後、煙ったい臭いと夜よりも濃い灰を海上に漂わせる。数ヶ月も緻密に計算されて造られた玉が数秒で灰と化すその切なさが爽快と説かれた。彩り鮮やかに輝く光よりも灰に魅力を感じるなんて厭世的に他ならない。

大学時代にfacebookで彼の写真を見かけたけど、私たちに見せたことのない笑顔をしていた。その満たされた表情は私に寂しさを感じさせた。高校時代、露骨に私たちを馬鹿にすることはしなかったけど彼の心の中ではそれはあったに違いない。


今日、私はあいつを問い詰めるつもりでいた。


あの時の君は助けを求めていたんだろって、自分の居場所がここじゃないって叫んでいたんだろって、自分ではどうしようもできない無力さに押しつぶされそうだったんだろって、漠然とした何かに対する反抗からテストを丸めてゴミ箱に捨てたんだろって。

「君は自分を認められないダサい奴だった」って最後に吐き捨ててやる予定だった。


そんなことを考えていた1時間前が馬鹿馬鹿しい。よくよく考えると彼が同窓会になんて来るはずがない。


五条大橋を渡っている途中に恍惚と輝く月に気づいた。その光は京都の澄んだ空気の中を一直線に進み私に届いた。私は思わずスマホのカメラを向けた。しかし、画面越しに映る月にどうしようもない嫌悪感を抱いた。だから、スマホを鴨川へ投げた。

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