「求めよさらば与えられん」
中川純成(1年/総務委員会/一橋大学ア式蹴球部)
東京カップ西が丘会場の運営が終わり、微力ながらも自分が関わるプロジェクトが一段落ついた。
今年の9月に都学連の学生幹事として活動し始めてから早いもので3ヶ月が経とうとしている。
現学生幹事の中で1番の新参者として、なぜ都学連に加入しようと思ったのか話せればと思う。
せっかくなので自分のことを紹介できればと思う。
私のサッカー人生において、サッカーを一度辞めたのち復帰した経験が二度ある。
一度目は中学進学時である。幼稚園の頃から始めたサッカーは好きだったもののそこまで上達することはなく、中学受験のため地元の少年団を1年間休んだ。進学した暁星中学はサッカーの古豪であり厳しい環境に身を置くことに気後れしていたが、同じ少年団の友人が入部するというので、彼がいるからという安易で自我のない理由でサッカーを続けることにした。
二度目は大学進学時である。高校のサッカー部が内部崩壊し、仲違いのまま部に貢献することの意味を見出せず、高三の春に退部を決断した。
その当時は大学でサッカーを続けることを考えていなかった。大学進学後、暁星の先輩に誘われ一橋ア式のリーグ戦を見に行った時、恵まれた環境でサッカーができるのは大学が最後だと感じ、4年間を本気でサッカーに打ち込んでア式を通じて成長したいと考え入部を決断した。中学の時とは違い、自分の意志が確かにあった。
自分のサッカー人生は低空飛行そのものだが、なんだかんだ続いているなと思う。
多分単純にサッカーが好きなんだろう。今思えば小学校以来の友人Iにはとても感謝している。
今は学生の最後の4年間くらい自分にできることをやってみようと思いながら活動している。その一つが学連だった。
大学サッカーに飛び込んだもののAチームに上がることは叶わず、リーグ戦は選手としてではなく試合運営側で関わることになった。
不甲斐なさはあったが、プレイヤー以外の立場からサッカーに関わったのは初めてで新鮮に感じたと同時に、入部以来初めて部に貢献している気がした。
そんな中、同じ高校出身で学生幹事を務めている西野さん(2年/総務委員長/一橋大学ア式蹴球部)から学生幹事の勧誘を受けた。自チームの運営面にやりがいを感じていた時だったので、大学サッカー全体の運営に関われることに強く惹かれた。すぐに快諾した。
学生幹事を始めてみて、ピッチ内外での学生の主体的な活動に目が行くようになった。
正直、学生幹事の普段の仕事はメールのやり取りや審判派遣依頼などの地味なことだが、試合が行われるためには欠かせないことである。これは高校年代の間では社会人に任せっきりだった部分なので、社会人の力を借りながらも各チームや連盟の仕事を学生が主体的に行っていることは大学サッカーの大きな魅力であると思う。東京都の大学サッカーをどうしていくのかも自分
たち次第だと思うとやりがいを感じる。
そして試合会場には、ピッチに立つ選手だけではなく審判団や運営に携わる学生、集客を目指して動いてくれているフロントスタッフといった学生・社会人がいる。学生幹事になって以来、各々が自分のやることに責任を持って真摯に向き合っているように感じている。プロへ進む人はほぼいないが、各々が大学でサッカーに関わることに意味を見出しているのだろう。それはプレーを通じた主体性・知性の向上だったり、ピッチ外でのチーム運営・社会貢献だったりする。試合を運営してくれる各大学の学生、プレーで盛り上げてくれる選手に感謝したい。
最後になるが、タイトルにもある「求めよさらば与えられん」という私の好きな言葉を紹介したい。高校生の時予備校の教師から教わった新約聖書の有名な言葉だが、この言葉には続きがある。「尋ねよ、さらば見出されん。門を叩け、さらば開かれん」。自分のやりたいこと、そのために必要なことに積極的にチャレンジしてみようということだと勝手に解釈している。求めなければ何も起こらないからだ。学連でできること、やってみたいことはたくさんある。それに対し忠実でありたい。来年はこの前の西が丘会場のような試合運営に関わりたい。
このnoteを読んだ人は皆おそらく大学サッカーに関わっていると思う。大学サッカーは主体的な活動で成り立っているのだから、自分のやりたいことにチャレンジするにはこの上ない環境のはずだ。ピッチ内外で大学サッカーとどう向き合いたいかを考えてくれたらなと思う。拙い文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。