天才じゃない僕たちの話。

大学時代の後半を僕は映画会社で過ごした。

社員が全部で10人程度の小さな会社だった。少人数ながらそれぞれの役割を全うし、「精巧な歯車」のように噛み合っていく結果、最高の作品が出来るその流れは映画「オーシャンズ11」を思わせるような爽快感があった。そこに、ほんのエキストラとして組み込まれた僕がどれほど役に立ったかは疑わしい。ほとんど役に立ってなかったと思う。皆様、ご迷惑おかけしました。

社長とタクシーに乗っていた時の事である。突然、こんな質問をされた。

「お前の同級生に天才はおるか?」

「いません」ハッキリ答えた。

自分の嫉妬も織り交ざっているのだろうが、当時天才と呼べるほどの何かを持った同期は居ないと思っていた。それどころか、学校外での活動に精を出したり、夢に向かって頑張るという生徒がごく僅かであり、将来芸事で食べていきたいと目をキラキラさせて語っていた新入生達は、4年の月日を使ってその夢を諦めてしまうのが現実であった。

それに比べ自分はどうだ。才能は解らない。けれど、大分マシな方だと思っていた。ただダラダラと大学生活を浪費するのではなく、諦めて就職活動をするでもなく、こうして学外の、プロの世界に飛び込み泥水をすすっている。稼ぎは雀も泣けない程少なかったが、芸を盗む日々を送ってるだけで、他の何もしない奴らより良いと思っていたのだ。

「そうか。お前のせいやな」

社長はそう言った。いやいや、待ってくださいよ。確かに僕だって大した人間じゃないですけど、こうして努力してるじゃないですか。プロの世界で学ぼうともしない奴とは違いますよ。そんな反論をした覚えがある。

「アホか。お前がもし天才だったらなぁ、周りも努力するんじゃ。お前が大した人間じゃないから、周りも大した事無いんじゃ」

言葉が出なかった。周りが凄く無いのは自分のせい?考えた事もなかった。しかし振り返ってみるとどうだろう。芸能人を多数輩出している学校でも、大概「誰々も誰々も誰々も同級生だった」という話で盛り上がる。小劇場界のスターであるあのサンシャインボーイズの前身劇団には、あの松重豊さんが所属していたと言う。「アオイホノオ」を読めば、上げたら切りのない天才が集っている。美味い飲み屋の近所のラーメン屋は、大概美味い。成程。

ピンとは来なかったし、納得も出来なかった。ところが、心のどこかにほんの少しだけ思い当たる節があったのだろう。僕は今でもこの話を信じている。

「じゃあ、社長にとって天才ってどういう人ですか?」聞いてみた。

「20歳までに売れてる奴やなぁ」

驚くほどシンプルだった。

「お前は今売れてへんやろ。だからもう天才じゃない事は証明されてんねん。諦めろ」

なんとまぁ刃渡りの大きい言葉か。将来を夢見る下積み学生に対し、「お前の天才じゃないんだから諦めろ」と来た。鬼か。いや、鬼でも引く。ほらあそこ見てくださいよ。引いてますよ、鬼。苦虫噛み潰したみたいな顔してますよ、鬼。

「良かったなぁ、天才じゃなくて」

益々意味が解らなかった。何を喜ぶ事があるか。こういった芸事、或いはアスリートの類のような「自分の腕で食う」という職種を目指す人間は、誰しもが自分の憧れである「天才」を夢見て、追い越せずとも追いつきたいという想いでしがみついてると言うのに。ほら、鬼なんてもう呆れて帰りましたよ?

「天才ってな、運やねん。才能があり過ぎてコントロールが効かへん。だから、産まれる時代を間違えたら最後、一生評価されへんねん。生きてる間に評価されんと、死んでからやたらと評価される天才って多いやろ?そういう事やねん。これはもう賭けやな」

「その点な、凡人はええぞ?天才じゃないって解ってるんやから、やる事は1つや。努力さえすればいい。時代のせいにせんでいい。賭ける必要が無い。ただ努力すればいいって決まってるなんて、嬉しいやろ?」

「おめでとう。凡人で良かったなぁ」

僕は今日までこの言葉を抱きしめて生きている。そうだ、僕は天才じゃない。それで良い。凡人。凡人は凡人らしく、目の前だけを見る。余計な事は考えなくていい。ただ言い訳せずに、どれだけ努力出来るか。それだけなのだ。

これを読んでくれている皆さんはどうか。天才だろうか。それとも周りに天才が居るのだろうか。解らないが、きっと凡人という人の方が圧倒的に多いはずだ。でも安心して欲しい。だからこそ貴方は土俵に立てる。努力という臨機応変なファイティングスタイルで、いかなる環境にも対応出来る。現に昨年から今年までの激動を生き抜いたじゃないか。おめでとう、凡人よ。

ただ1つ、残念なお知らせもある。インターネットという数多の情報で埋め尽くされた大海の中から、この記事を見つけてくれている時点できっと貴方は天才だ。残念でした。ね?鬼もそう思うよね?だからほら、泣くなって。



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