作文コンクールとAVの話

昔から作文だけは得意だった。

夏休みの宿題も読書感想文を真っ先に書いていた。昔からお弁当の唐揚げを一番最初に食べるタイプなのだ。ショートケーキも、必ず苺からだ。

小学校の担任だった先生がよく褒めてくれたのを覚えている。「カワサキ君の作文は読んでて笑っちゃうね」。勉強が苦手な自分でも唯一褒められる事として、とても誇らしかった。尚、だからと言って28歳になった僕の今のこの文章が「読んでて笑っちゃう」かどうかは保証しかねる。

今日の作家人生を裏付ける「文の目覚め」が何時だったかはハッキリと覚えている。小学生3年生の頃、作文のコンクールがあったのだ。内容は絵本『あらしのよるに』の続きを想像して書くという物少し変わった物で、区が主催したコンクールだった。選ばれた優秀作品は区から表彰されるだけでなく、なんと作者である木村祐一氏に読んでもらえるという副賞付き。今思い返せば凄い事だ。

「おめでとう。すごく面白かったってお手紙来てるよ」

新学期早々に同級生のスミダ君と2人で職員室に呼び出され、身に覚えの無い胸騒ぎをしていた僕達は拍子抜けしてしまった。「なんだそんな事か」「いやそんな事じゃないか」「凄い事か」「凄い事だね」「やったー!」。だいぶ遠回りした。

中でも鼻が高かったのはこの「スミダ君と一緒」という点だ。彼は成績優秀、容姿淡麗。オマケに背たけはクラスで1,2を争う長身だった。小学生にとって身長の高さは、現在の年収と同じ位価値がある。高ければ高いほどカッコいい。そんなスミダ君と僕が授賞したのだ。宝くじを当てた貧乏人のような気持ち。カメラに向かってピースはおろか、ダブルピースまで出来る状態。

やがて僕とスミダ君は区に呼び出され、区長直々に表彰状を渡してくれる事になった。その為に僕とスミダ君だけが給食を食べ終えると5時間目と6時間目に出席せず、先生と共に学校を後にした。しかも、ランドセルを置いたままだ。小学生にとって「ランドセルを背負わずに学校を出る」こと程ワクワクする事はない。何だかイケナイ事をしてる気分だ。

今冷静に考えれば何故そんな時間に授賞式をしたのだろうか。平日の昼下がりと言えば小学生が100%小学校に通っている時間だ。いくら区長とは言え、ちょっと空気が読めていない。庶民の気持ちも解って欲しいものだ。

区長室はまさにドラマに出てくるそれだった。大袈裟な革張り椅子、デスクに飾られた高そうな置物、エメラルドグリーンの卓上ランプ。「本当にそうなんだ」と子供ながらに考えていた為、授賞式自体の内容はあまり覚えていない。想像だが、握手の1つでも交わし、写真でも撮られたのだろう。やはりダブルピースをしたのだろうか。だとしたら恥ずかしい。そんな中でもハッキリと覚えているのは、賞状を受け取った瞬間の事だ。

心の中で、カチッと合わさる音がした。

何かのパーツとパーツがハマったような感覚に陥ったのだ。「文字を褒められる事」=「とても嬉しい事」。その2つが合わさった時の音だったのかも知れない。いずれにしても、その音のお陰で今もこうして文字を書けているのだろう。思い返せばその音は人生で幾度か鳴っている。初めてギターを買って弾いてみたあの時。初めて舞台をやったあの時。初めてテレビに名前が出たあの時。それらの話は、また別の機会に。

「こっから帰り道、解るよな?」

区役所からの帰り道、先生が大通りを前にそう言った。仰る通りそこから学校までは一本道をひたすら真っすぐ行くだけだ。間違えたくても間違えようがない。何か用事があったのか定かではないが、先生はその場を後にし、僕とスミダ君だけで学校へ戻った。

正に、その時だった。


道にAVが落ちていた。

性格にはAVのパッケージの破片だ。車に轢かれて割れてしまった、VHSの分厚い箱が落ちている。経緯は全く解らない。あわてんぼうが思わず落としてしまったのか。AVを大量に積んだトラックからこぼれ落ちたのか。「こんな物よりアタシを見てよッ!」と叫んだ彼女の平手打ちがここまで運んだのか。いずれにせよ割れてしまっているせいで悲劇が起きていた。

ちょうどおっぱいが見えないのだ。

今目の前にあるパッケージは恐らく上半分だ。妖艶な女性が不敵な笑みでこちらを見ている。想像するに全裸だろうが、下半分の情報が無いので確定出来ない。それどころかおっぱいも上半分しか見えない。いわゆるバストショットの状態。肩出しドレス姿である可能性も捨てきれない。

僕とスミダ君はそのパッケージを傘で突きながら学校へ戻った。別に持って帰る気は無い。受賞の喜びがそうさせたのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。小学生の行動にイチイチ理屈など考えていてはイケナイ。まるでビリヤードのように、AVのパッケージを傘でつついては進み、つついては進みの繰り返しだ。

程なくして道の反対側からクラスメイトが歩いてくるのが見えた。ちょうど下校の時間とかぶったのだ。皆を差し置き学校を後にしておいて、皆のほうが先に帰れるとなると、折角の優越感が台無しだ。「なーんだ」と思っていた矢先、驚くべき光景を目にした。

彼もまた、傘で何かを突きながらこっちへ向かってくるではないか。

まさか。いや、そのまさかなのか。鼓動は明らかに高鳴った。

スミダ君も固唾を呑んでそれを見守っていた。いや、実際に見守っていたかは解らない。僕はスミダ君に目も触れず、今正に向かってくる同級生に釘付けだからだ。

近づいてくる。

その「何か」が見えてくる。

あ。

やっぱりそうだ。

同じ箱だ!

しかも、同じくらいの大きさだ!

って事はもしかして、下半分の……



彼が僕の目の前に到着した時、カチッと合わさる音がした。

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