2022年の話。

30歳になった。
いかなる誕生日も「節目」と言えばそうなのだが、中でもやはりこの「キリ番」を迎えると、帯を締め直さねばという気持ちになる。
(キリ番を知らない世代はごめんなさい)

20代、脚本家を目指して大学で映画を学びながら、ひょんな事で演劇を始めたあの頃。正にあの頃には一切想像のつかなかった10年を過ごせたと思う。

恥ずかしげもなく自慢口調で語るとすれば、この10年で沢山の「媒体」を経験させてもらった。
演劇、ドラマ、アニメ、バラエティ、朗読劇や本読みのイベント。対戦型演劇にカフェ公演。寿司を食べながら見る演劇なんて物も作った。数えれば演劇だけで50本を超える作品達を振り返り、20代にしてはかなり強い経験値を持ってるなと、その鼻を天に伸ばしていた。

ところがそれは、井の中の蛙そのものだった事を、僕は30歳を迎えて知る事になる。

来る10月1日、僕が30歳となったその日に舞台『burst! 〜危険なふたり〜』(作・演出:三谷幸喜)が初日を迎えた。
僕は有難い事にこの作品で「演出補」という仕事をさせていただいた。演出助手とも違う、ちょっと変わったポジション。細かい説明は省く。というか、そもそもこのポジション自体が僕にとっても初めての経験だったので、最初に「演出補をお願いしたい」と言われた時「(それはどんな仕事をするんだ...?わからん...)やります!!」と答えた程だ。

そう。30歳最初の仕事は、いきなりやった事ない仕事からスタートしたのだ。

結果的に約1ヶ月の稽古期間、そして同じく約1ヶ月の本番期間を座組と共に過ごさせて頂いた。
劇場は「日本青年館」。僕が育った「小劇場」ではなく「大劇場」と呼ばれる物だ。これもまた、30歳にして初めての光景だった。

激動の10月を終え、休む暇もなく始まったのが映画「米寿の伝言」の準備、そして撮影である。

作品自体は過去に舞台で2度上演している物だが、映画は当然初めて。しかも、その監督もまた僕が務める事になった。これも当然初めての経験である。

更に12月には僕が初めて映画脚本を書いた作品『散歩時間 〜その日を待ちながら〜』(監督:戸田彬弘)が映画館で公開となった。

その事自体も初めてな上に、いわゆる「舞台挨拶」的なトークショーを何度かやらせて頂いた。
いつもはスクリーンを眺める側の僕が、スクリーンを背にして立っているのはとっても不思議な、初めての気分であった。

このように、30歳になってから僕は立て続けに「やった事ない仕事」の日々にまみれたのだ。
何が舞台50本だ。何が大学で映画を学んだ、だ。
経験値など取るに足らない、自分の無知を恥じる日々。蛙どころかおたまじゃくしだ。

でも1つ。1つ嬉しかったことがある。

井の中のおたまじゃくしには、大海へ出る前に不安があった。その広さに圧倒されたり、己の小ささに震え上がったりする事も当然不安だったが、それはまだ腹をくくれる。もっと怖かったのは「水」の心配だ。

井の中は井戸水だが、大海は海水なのではないかと。出たら最後、その海水にやられ、死んでしまうのではないかと。そうなったら最後、もう遠くには泳げないのではないのかと。

そんな不安を胸に、おたまじゃくしは大海に出てみた。

ひと泳ぎして、安堵した。

「水」は同じだった。

規模が大きくなったり、媒体が変わったり、重要性が変わったり。その包み紙こそ多様に変化するが、「面白い作品を作って届ける」という根本的な中身は、どこに行っても変わらなかったのだ。

30歳、最初に得たこの安堵は、今後の大きな助けになるだろう。それが凄く、嬉しかったのだ。

僕が尊敬して止まない宮崎駿氏は「クリエイターには華の10年がある。そこで何を産むかだ」と語られていた。僕が誕生日を迎えたその日、舞台上で祝ってくださった「ある方」も、「男は30からだからね!」と笑っていた。

華の10年、男の10年は始まっているのか。
これからなのか。
解らないけど、楽しみな気持ちを胸に、おたまじゃくしは足をバタつかせ大海を泳ぐのであった。

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