顔合わせの話。

脚本家さんって、舞台の本番は緊張するんですか?

たまに聞かれる事がある。全くしない、と言ったら嘘になるが、あまりしないというのが本音だ。もっと正確に言えば、それ以上に緊張する瞬間があるから、舞台本番の緊張はあまり大した事が無いという感じだ。
では、脚本家が最も緊張する瞬間とはいつなのか。

それは、間違いなく顔合わせだ。

顔合わせとは、その名の通り出演者・スタッフ同士が初めて顔を合わせる日を意味する。稽古初日、決起会、いよいよ始まる。そんな緊張感に包まれる日だ。そして同時に、いわゆる『本読み』と呼ばれる作業を行う日でもある。出演者が顔を揃え、初めて脚本を声に出して読む。

この本読みが脚本家にとって何よりも緊張するのだ。
今日から約1ヶ月、舞台の幕が降りるまでの日々を共に過ごし、切磋琢磨し、一緒に作品を見つめ合おうという中で、肝心の脚本がつまらなくては、やる気も出せない。僕の書いた物語はちゃんと面白かったのか?
誤字は無いか?読みにくい台詞は無いか?
当て書きはイメージ通りか?ちゃんと笑いは起きるのか?
様々なハテナが僕の心拍数をあげる。
この日ばかりはタバコの本数も増えてしまう。
全然も大体眠れないものだ。
これは40本近く舞台を書いてきた今も、全く変わらない。


広い部屋には長テーブルが『ロの字』に組まれる。
内側部分には垂れ幕が貼られており、『無情報 脚本 ガクカワサキ』とある。柄にもなく偉そうな真ん中の席に、僕は座る。これもまた緊張感を後押ししてくる。

時間になると徐々に出演者の方がやってくる。
ご時世柄全員当然マスク姿。顔を合わせといいながらその上半分同士しか会わせないこの状況は未だに慣れない。
「はじめまして、○○役の△△です」
このワードがしばらく部屋中に飛び交う。中には過去に共演した旧友同士の出演者も居る。彼らは少しラッキーだ。独りぼっちで緊張する事なく、少しその肩をほぐせる。全く知り合いが居ない出演者も、怖がらなくていい。絶対に貴方以上に僕が緊張している。

全員が揃うと、各々の自己紹介。そこから公演に関する諸連絡のアナウンス。それが終わるといよいよ本読みが始まる。

僕の脚本の書き方は『当て書き』と呼ばれる手法を取っている。
これは脚本を書く時点で出演者を決め、その出演者に合わせたキャラクターや台詞を作る手法である。有名な所で言えば三谷幸喜さんはこれは達人と言っていいだろう。
もちろん、当て書きをしないメリットもある。制作陣で「このキャラクターはこんな人物だ」と想像を膨らませ、そのキャラクターに合う人物をオーディションやキャスティングで探す。全員がまだ見ぬ「あの人物」というキャラクターを共に作り上げる作業は、共通の課題を持ち団結しやすい。
けれど僕はどちらかというと、「この人がこれをやったら面白いでしょ?」と提案していく方が性に合っている。「想像するだけで面白い」。これも僕の中で大事な言葉だ。

さて。本読みが始まった。『ト書き』と呼ばれる、台詞意外の部分をスタッフが読み上げてくれる。そして出演者達が、台詞を読み上げる。

どれもこれも、僕が机とにらめっこして考えていた時の、
あの時の想像通りであった。いや、それ以上と言って良いのかも知れない。
僕の緊張は一瞬で吹き飛んだ。
面白い。これは、良いぞ、と。

10月に上演される舞台『そこまでだ悪いやつ!』。
僕の所属している『無情報』として6本目の本公演だ。
そして、僕個人としては丁度40本目の舞台作品となる。

その今までの経験を全て詰め込んで書いた本を、これ以上ないという位最高の出演者達が演じてくれる。幸せな仕事だなといつも感じる。この幸せを少しでも皆さんに分けられるようにするのがこれからの稽古だ。

ご時世柄、中々劇場に足を運びにくいとは思う。けれど、もし何か今の世の中に少しの「しこり」を感じているのなら、この作品を見に来て欲しい。
僕が今、この世の中に対して思う事を詰めた本だ。
劇場では、少しだけ緊張した僕が待っている。
お会いできる日を、心より楽しみにしつつ。


無情報 2021年新作 本公演vol.6「そこまでだ悪いやつ!」
2021年10月14日(木)~17日(日)
東京都 シアターグリーン BOX in BOX THEATER

脚本:ガクカワサキ
演出:無情報
出演:芳賀勇、松本祐一、山崎理彩、中崎絵梨奈、倉沢しえり、藍、上武京加、上杉英彰、市原一平、遊佐澄花、小村玄、大内智裕、鈴木彩愛、八幡夏美、橋詰龍、前川昂哉

チケットご予約はコチラからどうぞ。
https://www.quartet-online.net/ticket/waruiyatsu?m=0sbcjec


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