005.『都市の自由空間 街路から広がるまちづくり』鳴海邦碩 著
“ ―― 「自由空間」こそが、都市の魅力を表現しているのであり、また、都市の魅力を感じることができるのは、「自由空間」を通じてなのである “
つい数十年前まで、道と空地は出会いの場であった。そこは自然と出会い、人と出会い、仕事や情報と出会う場であり、都市らしさを支えていた。それが今、単なる車の交通の場になっている。古代から現代まで、工学から歴史学、人類学を縦横無尽に駆使し、都市再生の原点となる道と道的な空地=自由空間の意味と歴史を描き出す。
はじめに
都市空間は、基本的に「イエ的な空間」と「ミチ的な空間」に分けられる。「イエ的な空間」というのは、住宅や店舗そしてオフィスビルなどの建物の空間のことである。これに対して、「ミチ的な空間」というのは、多くの人々が通行や遊びに利用する、道路や広場の空間のことである。都市空間の立体化にともなって、地下街のような建築化された「ミチ的空間」も生まれてきた。そうした空間も含んで、わたくしは「ミチ的空間」を「自由空間」と呼んでいる。
「自由空間」は、単に交通のみの場ではなく、そこは自然と出会い、人と出会い、さまざまな仕事や情報と出会う場であり、それが都市らしさを支えている。別の言い方をすれば、「自由空間」こそが、都市の魅力を表現しているのであり、また、都市の魅力を感じることができるのは、「自由空間」を通じてなのである。
都市空間は、社会の仕組みやわたしたちの生活が反映したものであり、その意味できわめて文化的なものである。同じように、「自由空間」もまた、その存在様態は社会的であり文化的である。それゆえに、魅力的な自由空間をつくりだすためには、単に空間を設計するという姿勢だけでは不十分であり、社会的文化的な現象として組み立てる観点が重要である。本書はそのような方向を目指した、わたくしなりの試みであり、そのため歴史学や人類学などの分野における研究成果も、本書の考察のなかにとり込んでいる。
まちづくりの新しい局面の開拓に少しでも役立つことを祈念して、本書を上梓する次第である。
書籍目次
はじめに
第1章 一筋の道の延長上にはさまざまな道的空間が連なっている
1 道の形態のいろいろ
一筋の道
ニュータウンの道
庇のある道
私道
地下街
複合商業ビルのなかの通路
法律と道
2 道を利用するさまざまな形態
自動販売機
アンデスの街路市
京都の街路市
移動商
カフェテラス
利用規制
モール(遊歩道)
第2章 古来、道は空地であった
1. 江戸の街路
平安京の街路
占拠される都大路
近世諸都市の街路
江戸の街路
2. 江戸の街路規制
牛馬や車輌の通行
振り売りや露店商
道にはみ出す商品
小建築物による占用
家々の庇
道路の占用許可
火災時の街路
街路の整備
外国使節の来朝
3. 空地としての街路の性格
町と街路
街路管理の主体
町の庭としての街路
江戸の街路と現代都市の街路
第3章 空地は集住のための装置である
1. 原初的集落の空間構成
縄文集落
集落をシンボライズする空地
円形空地の意味と役割
住居に付属する空地
2. 都市──連鎖する集落
バリ島の二つの集落
通行のための専用空間
中世都市の街区
空地性をもつ街路
第4章 都市に人びとが参集する空間が確立した
1. 人びとをひきつける空地
祭祀の空間の発生
交易の空間
社交の空間
娯楽空間の成立
2. 近世大都市の娯楽空間
遊山の空間
社寺境内
社寺境内の娯楽空間化の背景
空地の娯楽利用
河原
葭簀張り盛り場の消滅
京都・新京極
東京・浅草
3. 娯楽空間の特性
集住とコミュニケーション
空地性と無主性
空地の利用と管理
空地のもたらす界隈性
4. ヨーロッパ都市の広場
アゴラとフォルム
広場の展開
日本の広場
第5章 現代都市における自由空間
1. 自由空間とは
変貌する都市空間
新しい空間概念の必要性
自由空間の概念
自由空間の二つのルーツ
2. 近隣型自由空間
街区の高密化
住宅に付属する空地
マンションの入口や通路をもっと豊かにできないか
公園の中の塔
戸外や共用の空間にも関心を向けよう
高層住宅の自由空間
自動車の増加と子供の遊び場
街路の重要性
3. 繁華地区型自由空間
日本の盛り場の特徴
商店街と商店の新陳代謝
複合商業ビル
疑似街路の管理
複合商業ビルの空間変化のフレキシビリティ
地下街の空間的特質
ショッピングセンター
4. 公園と水辺
小公園整備の限界
公園の新しいニーズ
人々が集う公園を目指す
京都・鴨川の床と大阪の蛎舟
第6章 自由空間づくりの物語
1. 都心における自由空間づくり
旭川買物公園
星が丘テラス
新天町商店街
リバーカフェと水上テラス
OCATモールとポンテ広場
屋台村:ホーカーズ・ビレッジ
北国の屋台村
2. アーケード:街路をとり込んだ商業空間の可能性
近代日本のアーケード街
日本の近代アーケードのモデル
パリのパッサージュ
台湾のアーケード
心斎橋筋商店街
アーケード街の展開
注釈
おわりに
おわりに
祭りが行なわれたり、市が開かれたり、人びとの雑踏する街路や広場の光景は、わたくしが建築や都市に関する学習や研究を始めて以来、一貫して興味の対象であった。そのような空間がわたくしには最も都市的にみえたのである。大学の卒業論文のテーマは「ちびっこ広場」、共同で行なった卒業設計は「河原町みちにわ計画」、修士論文は「移動商業施設」、そして博士論文のテーマが「都市の自由空間」であった。
博士論文(工学)『都市における自由空間の研究』の内容を基礎として、一九八二年に、『都市の自由空間:道の生活史から』を中公新書として出版した。以来四半世紀が経ち、その後の研究や計画、まちづくりの実践の蓄積をふまえて、大幅に加筆修正したものが本書である。前書を改めて読んだわけだが、内容は色褪せてはおらず、よりその重要性が認識されているという思いをもった。そこで新しいバージョンの出版に取り組むことになったわけである。
前書もそうであったが、本書も、かつての研究室の学生やまちづくりの仲間と一緒に取り組んだ、調査やプロジェクトの成果を素材にしている部分が多い。一つ一つ記すことはしないが、感謝の意を表したい。
本書の出版にあたって、学芸出版社の前田裕資さん、小丸和恵さんにいろいろとお世話になった。末尾をかりてお礼申し上げます。
二〇〇九年九月 鳴海邦碩
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体 裁 四六・240頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2471-5
発行日 2009/10/15