026.『世界の地方創生 辺境のスタートアップたち』松永安光・徳田光弘 編著/漆原 弘 他著
“ ―― 先進の辺境巡りのガイドブックとしても役立つことを意図している。読者諸賢にあっては、本書を携え辺境に向かい、そこに最先端を探る旅をさらに続けられんことを希望する “
世界の山村、農村、旧市街地で小規模ビジネスや自前の公共事業に踏み出す人達がいる。森林資源への拘り、まちぐるみの宿、風土に根差す美食ビジネス(ガストロノミー)、ラーニングツーリズム、ビジネスとしてのアート、小さな公共事業、街区や建物のリノベーション。寂れる地域を再生するための取り組みを各地からレポート
●まえがき
二〇一六年は、イギリスで「EU離脱」決定、アメリカで「トランプ当選」と世界を揺るがす事態が相次ぎ、いずれも事前の予想を大きく裏切る結果となった。しかしフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドは、このどちらも事前に予言しており、その理由をグローバル経済の行きすぎのうえでの当然の帰結と結論づけている。そして二〇一七年にもフランスとドイツの総選挙が行われることになっており、そのどちらでも、EU離脱を唱えるいわゆるポピュリスト政党の勝利の確率が高まっているとされている。つまり長期にわたってヨーロッパを統合してきたシステムの終焉が危惧されるのである。
その理由はきわめて明瞭である。つまり、EUに代表される経済のグローバル化は、富の偏在を生みだし、多数を占める中産階級の没落をもたらしていることが統計資料からも容易に見て取れるからである。グローバル化による富裕層の富の集積は増大の一途をたどっているが、その人数はますます少なくなり、結局多数決の民主主義システムでは力を持ち得なくなっているのである。トッドは、どの国でも国民の多くはグローバル化を望んでおらず、もっと身近なローカルな地域を重視する政策を取るべきだと提言している。
このような事態に我々はどのように立ち向かうべきか。実は本書の企画を二〇一五年から進めていた我々は、その約一〇年前の二〇〇五年に当時同僚として勤務していた鹿児島大学で、地方創生の共同研究を開始し、二〇〇七年にその結果を『地域づくりの新潮流:スローシティ/アグリツーリズモ/ネットワーク』(彰国社)として刊行した。離島も多い鹿児島というローカルなフィールドで長年地域の諸問題に取り組んでいた我々は、同じような問題を抱えている諸外国におけるローカルな地方創生の手法からヒントを貰おうと、二年間にわたって調査を行っていたのである。この本は韓国語版が刊行されて教科書として使用されており、松永は現地大学に招かれてレクチャーを行った。
それから一〇年。我々はその間、国内各所で地方創生に関連する実践活動を継続してきたが、ふたたび、世界に激動が走る予感が高じてきて、前書の続巻の刊行を決意し、世界各地在住の経験・知識共に豊かな人材に協力を呼び掛け、地方創生の先端事例の取材および執筆を依頼することにした。それにより、それぞれの地域の新鮮な情報が生き生きと伝わる、と考えたのである。各章の筆者により若干表現方法が異なる場合があるが、その特色を活かしつつも最終的には編著者の責任において全体のゆるい統一を図ってある。
なお、本書の書名にある「辺境」は概念上の用語であり、必ずしも地理学上の定義には従っ ていない。都市の中にも「辺境」はあるのである。そして「辺境」にある最先端を探るというのが本書の骨子である。前著にならって本書も先進の辺境巡りのガイドブックとしても役立つことを意図している。読者諸賢にあっては、本書を携え辺境に向かい、そこに最先端を探る旅をさらに続けられんことを希望する。
松永安光・徳田光弘
●書籍目次
はじめに
序章 スタートアップは辺境に生まれる 松永安光
1 辺境から生まれる新しい時代
2 スタートアップは辺境から
3 辺境に生まれる観光の新潮流
4 辺境の森林資源を活用する
5 辺境に見る文化の多様性
6 グローバリズムからローカリズムへ
1章 スタートアップを集める木造建築最前線-アルプス地方
/松永安光
1 アルプス地方の概観
2 ユネスコ・エコパークに建つ先進的木造村役場…ザンクト・ゲロルトとブロンス
3 地元企業が建設した木造先端建築…ドルンビルンとモンタフォン
4 企業と人を呼びこむ木造環境共生町役場…ルーデッシュ
5 森林資源を活かした地域経済循環で生きる国境の村…フリン
2章 廃村危機の救世主アルベルゴ・ディフーゾ-イタリアの村や集落
/中橋恵
1 イタリアの概観
2 アルベルゴ・ディフーゾの誕生
3 ローマ近郊の野心的アルベルゴ・ディフーゾ…ザガローロ
4 廃村の危機からの脱出の試み…カラーブリア州とカンパニア州
5 負の遺産から再評価・観光地化まで…南部バジリカータ州の洞窟住居
6 巨額の資金投資を行ったオーナー…ボルゴ・ディ・ムストナーテ
3章 ガストロノミーからの地域創生-ピレネー南麓地方 鈴木裕一
1 ピレネー南麓地方の概観
2 カタルーニャの天才シェフと日本の食文化…ピレネー南麓の村にできた日本酒の酒蔵
3 新進気鋭シェフのサステイナブル・ガストロノミー…アスルメンディ
4 トップシェフが切り拓いたグルメ・ケータリング…デ・ポンティーゴ・マヘール・クックス
5 連帯が生む先進のガストロノミー教育…サン・セバスチャンとモンドラゴン
4章 公共精神あふれる小さな民間事業と公の取り組み-リスボン、ポルト、山賊村
/宮部浩幸
1 ポルトガルの概観
2 とことん手作りの山賊村キャンプサイト…ドラーヴェ・スカウト・センター
3 住民とともに住民のために市が進めた住環境改善…リスボン市の住宅政策
4 スタートアップたちによる工場群の再生…LXファクトリー
5 若い建築家と人類学者が主導する一階からの街の再生…レス・デ・シャオン・プロジェクト
6 世界的地域メディアが公設市場を美食のフードコートに…TIME OUTマーケット
7 公共の整備を民間がうまく受け止めた難あり広場の再生…インテンデンテ広場
8 地域の課題を空間デザインで解く建築家…伊藤廉氏のリノベーションプロジェクト
5章 ガストロノミーとラーニング・ツーリズム-ダブリンとグルメ漁港
/漆原弘
1 アイルランドの概観
2 スタートアップが持続可能な街を創る…テンプル・バー
3 生業から生まれたグルメのまち…ホウス
4 一般の人たちが楽しむラーニング・ツーリズム…ホウス・キャッスル料理学校
6章 アートとビジネスの融合-グラスゴー
/漆原弘
1 スコットランドの概観
2 アーティストは小さなビジネス経営者…グラスゴー美術学校
3 マッキントッシュの遺産がビジネスを助ける…ライトハウス
4 クラフト・ウイスキーの新しい流れを作る…グラスゴー・ディスティラリー
7章 森林資源の徹底活用-フィンランドの小都市
/鷹野敦
1 フィンランドの概観
2 相互扶助的な森林資源の活用に取り組む日本企業…ミッケリのミサワホーム
3 段階的な森林資源の活用に取り組む企業…製紙会社UPMキュンメネンとバイオマス発電企業
4 水辺の工場群の廃止を逆手にとった木造建築公園…ラハティ
5 工場移転後の地域再生に取り組む撤退企業と芸術家…フィスカルスとビルナス
8章 衰退市街地で光る極小予算のエリア再生-台北、台中、嘉義
/徳田光弘
1 台湾の概観
2 芸術を起点にしたリノベーションの隆盛…台北
3 市街地の盛衰…台中
4 旧市街地再生のキーマン…蘇睿弼
5 再生基地の誕生…台中中區
6 中區再生基地の取り組み
7 エリア再生の新旗手たち
8 規模が対照的な二つのエリア再生…嘉義
おわりに
☟本書の詳細はこちらから
『世界の地方創生 辺境のスタートアップたち』松永安光・徳田光弘 編著/漆原 弘 他著
体 裁 四六・224頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2645-0
発行日 2017/06/01
装 丁 上野 かおる