§11.5 政治休戦提唱/ 尾崎行雄『民主政治読本』
政治休戦提唱
私は去年の議会(第90回)において[#入力者注11.5.1],
“……今日いわゆる政治家・政党等のする仕事はどうもすべて間違っているようである.今日は餓死せる人,住むに家なき人が沢山ある.この状態が少し長びけば内乱,暴動の小さなものも起るであろう.こんなときに内閣がよいの悪いのといって争うべきときではない.お互に力を合せ,全国一致して先ず餓死する者を防がなければならぬ.しかるに,実際はみんなが餓死するように働いている.政府は智慧をしぼっても,ある米を出させることができない.そこで権力を用いて出させることに決めたらしい,これは平生ならば余りいいことではない.私も先に立ってとがめるであろうが,今日のごとく餓死者が道に横たわるという場合においては,たとえ手段は悪くても,米を出させる方に働けばその邪魔はしない方がいいのである.この場合強権の使用に反対すると,政府の力に押されて出そうと思った人も,いや,こっちに味方があるから,出すのはやめようという気になるのはあたりまえである.強権を用いてはいけないというなら,自分たちで選挙区の人に説くなり,関係の町村に説くなり,組合に説くなりして,任意に出させるように努めればここから出る.しかるにその努力もせずに,反対すれば出るべき米も出なくなる.政府の手でも出,民間の手でも出ることになれば不足はどれだけか減るのだが,それすらしないでただ反対して邪魔をしている.
インフレの問題もその通りで,政府のやりかたもまずいが,それを攻撃すればいよいよまずくなるばかりだ.それより,なるたけ政府のますい所を手伝ってよくしてやるようにすれば,米の出方と同じことで,インフレ防止もいくばくかはかどる.万事その通りである.とにかく,国家危急存亡の秋,ちょうど大都会に大火事が始まったような場合においては,あの消しかたはいけない.あの消防夫を免職しなければいけないなどといって,喧嘩をしているべきでない.消防の仕方や消防夫が気に入っても気に入らなくても,ともかく先ず総がかりで火を消すべきである.喧嘩は火が消えてからやるがいい……”という筋の演説をして,熱心に熟談協議の必要を説いたのであるが,その後の議事の進めかたを見ると,一向反省の実はないようだ.
親が今にも死にそうだという枕もとで,兄弟喧嘩をしてはいけない.今,国家の危急存亡という時に,社会闘争・経済闘争・政治闘争をやっていていいはずがない.そんな闘争に没頭していれば,日本は決して救われないであろう.今の日本を救うためには,労資の休戦が必要であることは,極端な革命論者でないかぎり,多分異存はないであろう.労資休戦が必要なら,政治休戦はなおさら必要である.なぜなら政治休戦が行われないかぎり,真の労資休戦はあり得ないからである.
私は今,すべての政党に,ひとまず解消して挙国一致国難救済に邁進するようすすめてみたいと思っている.幸に政党が自ら解消して,国難を救う熱意を示せば,必ず極度の利己主義になった人心を新にして,平和日本再建の大経綸を行うことができると思う.しかし彼等は多分私のすすめをきかないであろう.きかぬとあれば仕方がない.ただ願うところは,全国の有権者が,あまり過激な喧嘩腰の候補者を排斥して,できるだけ多くの政治休戦に理解ある議員をつくるように努力してもらいたいものである.
#入力者注11.5.1:
昭和21年5月16日の「 第90回帝国議会 衆議院 本会議(議院成立に関する集会)」での演説。全文は以下を参照のこと(どちらも内容同一)。
(1)「第90回帝国議会 衆議院 本会議(議院成立に関する集会) 昭和21年5月16日」帝国議会会議録検索システム(https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/#/detail?minId=009013246X00019460516¤t=3,2021年4月15日閲覧)
(2)尾崎行雄「議会は今日から出直せ」『尾崎咢堂全集 第十巻』公論社、1955年
(1) 尾崎行雄「演説:普通選挙について(五)」(コロムビア(戦前)、1928年)(帝国議会会議録検索システム:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1315885, 2021年4月14日閲覧)。
2分ごろに「議会というものは、多数と少数との喧嘩をする場所ではなくして、国家のために相談をする場所である」と演説している。
底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年4月15日公開
誤植にお気づきの方は、ご連絡いただければ幸いです。