§9.7 意思なき投票/ 尾崎行雄『民主政治読本』
意思なき投票
1,何よりもまず,自分はいかなる政治を希望するかという自分の意思を,はっきりきめてかかることが大切である.選挙は国民の意志を国政に反映させるために行われるというが,有権者それ自身に政治的意欲がなければ,すなわち反映する本能がなくては,いくら投票しても意味がない.
昨年の総選挙では,自由党と共産党の候補者を並べて書いたり,進歩党社会党共産党と各派の候補者を1人づつ公平(?)に書いたりした投票が,各地とも相当多数にあったようだが,これはその有権者が政治に対する自分の意思を持っていない証こである.また連記制だから書けるだけ書かねば損だと考えたか,書かねば悪いと考えたか知らぬが,ともかく最初の1人だけは,本当に自分が出したいと思う人を書いたが,2人目は少しぞんざいになって,因縁や情実や義理や人情のからんだ候補者を書き,3人目になると,もっとなげやりになって,人柄も知らず,経歴も知らず,もちろん政治上の意見も政党の所属もつきとめずに,まあ1人は女を書けというような面白半分の気持で,婦人候補者の名を書いた有権者が,かなりたくさんあったようだ.3番目に書こうが,面白半分で書こうが,それがつもりつもれば大変な数になる.こんな不まじめな投票がたくさん集った結果,意外に多数の婦人代議士が,しかも非常な高点で当選したのであると観測する人もある.当らずといえども遠からずであろう.
自分の政治に対する意思をしっかりつかんでいる人なら,決してこんな毒と薬をチャンポンに呑むような,くだらぬまねはしないであろう.毒なら毒,薬なら薬,どっちでもいいから,はっきりした自分の意思をきめて,筋の通った投票をしなければならぬ.
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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年3月29日公開
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