§9.4 マコーレーの見識/ 尾崎行雄『民主政治読本』
マコーレーの見識
マコーレー卿が,イギリスの有名な文学者で歴史家であることは知っていても,この人が下院議員となり,大臣にもなった政治家であることを知っている人は案外少いかも知れぬ.このマコーレー卿が,代議士候補に立った時,その選挙区民に向って次のような書面を送った.“――人ずきのしない問題はなるたけこれをさけ,どうしてもその問題にふれなければならない時は,きわめてあいまいな言葉でぼかしておくほど,われわれ候補者にとって楽なことはない.競走中には耳寄りな約束をするが,選挙がすむと,すぐされを忘れてしまうほど,たやすいことはない.けれども私にはそんな道をとることはできない.私はうそをいって1点の投票でもうけようとは思わない.私はえらい人たちにおべっかをしないように有権者にもおべっかをしたくない.
元来,投票をしてくださいとたのむことはよくないことで,立憲政治の道にそむいている.選挙権は私情によって人にたのむべきものでもなければ,また人に与うべきものでもない.よい代議士を選ぶことはあなた方のためである.私の意見に御賛成なら,私のためよりか,むしろあなた方のために,私に投票されるといい”云々.
これは今から100年以上も前に出した宣言だが,もしわが国でこんなことをいおうものなら,今日でも理想家・空論家として排斥せられるのはまだしも,高まんちきな奴だ,頭が高い,なまいきな奴だと反感をかい,非難攻げきせられるであろう.
イギリスではこの一文を小学校の教科書にのせ,ひろく公民教育のテキストとして使っている.
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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年3月24日公開
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