§9.1 有権者中心の政治/ 尾崎行雄『民主政治読本』
有権者中心の政治
民政維新は正しい選挙から始まる.正しい選挙こそ民政維新の土台である.もしこの土台がくずれれば,立憲政治の機能は,何から何までしょうぎ倒しに倒れてしまう.
立憲政治が,立法府中心の政治であることは,すでに第1章で説明しておいた.その立法府は人民の投票によって選ばれた議員の集りであるから,立法府中心の政治ということは,とりもなおさず選挙中心の政治ということである.その選挙は,各人のもつ1票1票がもとだから,選挙中心の政治ということは,とりもなおさず有権者中心の政治ということになる.それなのにわが国の有権者の多数はまだ自分の1票に憲政を活殺するほどの力があることを知らない.その貴い理由を目で読み,耳で聞いても,それほどのねうちがあるものとはどうしても信じられないらしい.そこでたのまれたから,………金をくれたから,……ごちそうになったから,……義理があるから入れてやろう.甚だしいのは棄権をするとうるさいから,めいわくだが入れに行こうと,選挙権をやっかい物あつかいにするものさえある.わが憲政のふるわない病原は,全くここにあると思われる.
選挙権がなぜ大切か,なぜ尊いかなどということは,この権利を血を流して闘いとった外国の有権者にとっては,説明を要しない常識であるが,たいした骨も折らずにやすやすとこの権利を頂戴したわが国の有権者中には,こんな憲政のいろはさえ,わかっていない者がまだなかなか多いようだ.
次:§9.2 犬と人間 →
底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年3月21日公開
誤植にお気づきの方は、ご連絡いただければ幸いです。