【GAKUDAI PARK STREET & STORIES】 vol.4:PARLOR OKUMURA
学大周辺をはじめ、都内各地のクラフトビール店や食のイベントに出現する、一台のキッチンカー。「オクムラパーラー」と書かれた看板が立てかけられ、中にはワイルドな風貌の料理人がひとり。
“SERVE ANYTHING TASTY(美味しいものならなんでも作る!)”をモットーに活動する、流しの料理人「オクムラパーラー」。この小さなキッチンカーから生み出される料理たちは、お酒好きなグルメ人たちの心を掴み、コアなファンを増やしつづけてきた。
そんなオクムラパーラーが、初の実店舗を構える地として選んだのが、ここ学大高架下だ。「PARLOR OKUMURA(パーラーオクムラ)」と名前を微妙に変え、2024年7月28日にグランドオープンした。
店主の奥村さんは、沖縄生まれ。小学生のときに見ていたTV番組『料理の鉄人』から料理に興味を持ち、将来は必ず料理人になると夢見ていたそうだ。
「小さい頃から家でいろいろな料理をつくっていました。小学校4年生の誕生日プレゼントは中華鍋だったんですよ」
高校卒業後は、調理師専門学校に進学し、「授業の中で一番面白かった」という理由から、広尾のイタリアンに就職。そこで出会った先輩たちの多くがフレンチ出身だったことから、神田のフレンチに移って30歳まで経験を積んだのち、もともと興味のあったアメリカ料理のお店で働くなど、さまざまなジャンルを渡り歩いてきた。
その後、「CRAFT BEER MARKET(クラフトビアマーケット)」にスカウトされ、都内3店舗の立ち上げに携わりつつ、料理長としてクラフトビールに合う料理の開発をしてきた奥村さん。
そんななか、自分でも何かやってみたいという思いで始めたのが、「オクムラパーラー」の活動だ。2021年からキッチンカーで、都内各地のイベントやポップアップに出店し、自慢の料理を振る舞ってきた。
いよいよ店を構えることに決めたのは、活動を通してやりたいことが増えてきたから。奥村さんは、10年勤めた「CRAFT BEER MARKET」を退職し、馴染み深い学大で新たな挑戦をスタートさせた。
「クラフトビールを出す飲食店で、一番ご飯が美味しい店にしたい」
念願の実店舗オープンにあたって、奥村さんにはこんな野望がある。クラフトビールも扱うけれど、あくまでレストランが主軸。しっかり食事を楽しみたいという人にも使ってもらえるよう、立ち飲みエリアと別に、テーブル席も用意した。
キッチンカー時代は、タコスやブリトー、ハンバーガーなど、メキシカンやアメリカン料理がメインだったが、この「PARLOR OKUMURA」ではそれらを引き継ぎつつ、よりジャンルレスな“フュージョン料理”を提供している。
それはすなわち、フレンチやイタリアン、アメリカンなどのジャンルを越境した料理たちのこと。ほかでは見たことのない大胆かつ繊細な料理には、奥村さんが歩んできた料理人としての軌跡と経験がぎゅっと詰め込まれている。
たとえば、こちらの「ウフアンムーレット」。フレンチ時代の先輩がつくってくれたときに衝撃を受け、自分でお店を始めるときにはメニューにしようと決めていたという一品だ。
もともとは、ポーチドエッグを赤ワインのソースと一緒に食べるブルゴーニュ地方の郷土料理だが、「PARLOR OKUMURA」のウフアンムーレットは一味違う。
「うちは、トーストに人参のピューレをのせています。もともとは別の料理として使うものなんですが、赤ワインソースによく合うので、一緒にしちゃいました」
食べるときは、思い切ってポーチドエッグごと半分にカットするのがポイント。半熟卵の黄身がとろりと溢れ出し、濃厚な赤ワインのソースやクリーミーな人参のピューレと絡まって、罪深いおいしさに。
赤ワインソースは、ワインと肉の出汁をバターで煮詰め、マッシュルームや炒めた自家製のベーコンと一緒にさらに煮込んでいる。ベーコンを別で炒めることで、スモークの香りがソースに移るらしい。繊細かつ、奥深い味わいだ。
つづいて、リピーターが多いという「焼きサバ」。シンプルなメニュー名だが、ただの焼いたサバだと侮っていると、その見た目の美しさにまず驚かされる。
どーんと大きなサバの半身にのっているのは、柑橘系のさっぱりとしたチミチュリソース。ビネガーの酸味が効いたアルゼンチン発祥のソースで、この店では玉ねぎやトマト、パセリ、バジル、パクチー、ディル、オレンジなどの食材が使われている。
「じつは、旨味を出すためにお肉の出汁をかけています」と奥村さん。まさかの魚×肉。これこそ、越境である。
炭火でじっくりと焼かれたサバは香ばしく、脂がのっていてふっくら。しっかりとした旨味を感じつつ、チミチュリソースのおかげで、さっぱりと食べられるのが嬉しい。
ビールにもワインにも合いそうだし、サイズが大きいので、みんなでお酒を飲みながらちょっとずつつまむのにももってこい。リピーターが多いというのもうなずける。
魅力的なメニューばかりだが、個人的にかなり推したいのがこの「マカロニチーズ -プルドポーク-」だ。この「マカロニチーズ」と「プルドポーク」も、じつは別々の料理だが、組み合わせたらおいしそうというシンプルかつ大胆な発想で、ひとつの料理にしてしまったらしい。
プルドポークは、上にのっているお肉の部分。もともとはカナダの家庭料理で、豚の塊肉をじっくり加熱し、手で簡単にほぐれるくらいまでやわらかくしたら、バーベキューソースと和えてパンに挟んだり、タコスにしたりして食べるのが一般的らしい。
「PARLOR OKUMURA」では、豚の肩肉を低温で約10時間スモークし、バーベキューソースと和えたあと、マカロニチーズの上にオンしてオーブンへ。
このプルドポークがとにかく旨味たっぷりで、ただでさえ濃厚なマカロニチーズと一緒に食べると、脳がしびれるほどおいしい。そして、気づいたらビールが消えている。
さすが、ビール好きの気持ちを熟知している奥村さんならではの、酒泥棒メニューだ。これ一皿で、永遠にお酒が飲める気がする。
もちろん、料理に合わせるお酒にもとことんこだわっている。クラフトビールは、国産の銘柄を中心に4タップ設置。ひと樽ごと注文し、なくなったら別の銘柄に変えるため、お店を訪れるたびに新鮮なラインアップを楽しめる。
この日出してもらったのは、INKHORN BREWING(インクホーンブルーイング)の「MEXICAN LAGER (メキシカンラガー)」と、カマドブリュワリーの「桃のしずく Peach Cider」。
前者のINKHORN BREWINGは、オクムラパーラー活動時からお世話になっているブルワリーで、奥村さんのつくる料理に合うようにとつくってくれた、開店記念のコラボビールなんだとか。(大人気につき、現在は完売……)
クラフトビール以外にも、日本ワインやレモンサワー、自家製の梅サワー、お茶ハイ系などが揃っていて、料理や自分の気分に合わせて選べるのも嬉しいポイントだ。
“おいしいお酒とご飯の店”と聞くと、夜のイメージが強いかもしれない。しかし「PARLOR OKUMURA」、まだあまり知られていないが、じつはモーニングに力を入れている。
この店をスタートさせる上での奥村さんのもうひとつの野望は、「おいしいモーニングやランチを食べられるお店にすること」。魅力的な飲食店が多い学大だが、モーニングやランチをやっているところは意外と少ない。あったとしても、チェーン店が多くを占めている。
「仕事の前や休憩時間に、おいしいものを食べてチャージしたいけれど選択肢が少ない……」。そんなモーニング・ランチ難民を救うべく、「PARLOR OKUMURA」では8:30-14:00をモーニングタイムに設定。
先ほど紹介した「ウフアンムーレット」をはじめ、ブリトーや季節のスープ、サンドイッチなどのメニューが楽しめる。
「モーニングとランチは、絶対にやろうと決めていました。ペットOKのテラス席も今後増やしていく予定なので、散歩がてらモーニングしてもらうのもいいし、もちろん通勤前に寄ってもらうでもいいし。ぜひ、気軽にふらっといらしていただけたら嬉しいですね」
オープンからまだ2か月あまりだが、リピーターさんも少しずつ増えてきた。
今はまだまだ絶賛チャレンジ中の段階。先のことは考えられないと笑いつつも、ゆくゆくはこの店を出発点に、自分のルーツである沖縄につながる店をやりたいという野望も教えてくれた。
「基本、僕は飽きっぽいんですよ。だから、いろいろなジャンルの料理をやってきたところもあって。突然クラフトビールに飽きることもあるかもしれないし、今後この店も今とはまるっきり変えちゃうかもしれない。それもそれで、楽しんでいけたらいいのかなと思います」
枠にとらわれず、自由な発想で生み出される奥村さんの料理は、どれも「どんな味がするんだろう」とワクワクさせられるものばかりだ。そして、その期待を軽く超えてくるから、すっかり魅了されてしまう。
奥村さんの挑戦は、まだまだ始まったばかり。新たなフュージョン料理の構想もすでにあるらしいので、楽しみに待ちたいと思う。
取材・文 むらやまあき
写真 長島萌桃