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【 こんなはずじゃなかったのに?! 】→( ¬ _ ¬ ;)@(-。-) \(@o@)/(「メジャー( 旧アメーバブログからの転載 )

郷里の三重県は志摩町和具も,やぶらの雑貨と駄菓子屋,細野の婆ちゃんに「あんたは,伝馬船に乗ってる小さい頃から ♪~ 船のダンプカ~と,いつも歌とったんやで」と言われていたように( その船のダンプカ~が,果たして何だったのか定かでないながら?! (;^_^A )とにかく,もの心ついた頃から,歌や表現する事が好きな子だったのは間違いなかったらしく……。
 
そんな中,普段飲んだくれでいつも苦虫を噛み潰したように,笑顔一つ見せた事のない荒くれで喧嘩っ早く,呑んだくれな親父に連れられ,たまにBAR『千鶴』やら,その他の飲み屋に行き,そこで何かしら歌わされたり,得意の漫画を披露したりすると,周りの客から店のママや女給さんに褒められるので,そこでにわかにご機嫌がよくなった親父から,こずかいがもらえたり・美味いものを食べさせてもらえたので益々,歌ったり演じたりするのが好きになったものと思われる……。


そこから追って『歌手』という職業がある事を知り,芸能・芸術に興味や関心を深めながら……,(个_个) 当初,やはり何と言っても魂や腹の中は,村田英雄先生の『王将』に始まり,三波春夫先生とくれば,和具の映画館『パール』にて確か,新作の語り歌と芝居もあったろうが,名作『俵星玄蕃』をリアルに目の当たりにした記憶が,未だしっかりと残されている……。( 本当のお目当は,映画『モスラ対ゴジラ』や『ガッパ』『海底軍艦』等だったのだが。) と,そんな風にして三橋美智也・春日八郎先生辺りを聞きながら(♪~ 粋な黒塀,見越しの松に仇名姿の洗い髪……。「クロベエさんという植木屋職人さんと,女将さんが何かしら恋沙汰があったんだろうな?!」などと思いを巡らせながら……σ(‘、`)?(;^_^A ) いつしか中・高校の思春期ともなれば,秀樹・ひろみ・五郎(女子なら昌子・淳子・百恵)といったアイドル世代へ……。(☆。☆)

そんな果てしもない憧れや希望を胸に,我も遅れてはならじと高校の夏,毎年三年間を費やしバイトも兼ね,遠路はるばる名古屋で実施されし『スター誕生』のオーディションを受けるも,三回とも見事に予選落ち。(><;) (v_v*)┐(´ー`)┌( 今となっては唯一,横森良造先生の生アコーディオンで歌えた事が,財産と良き思い出。(*^^*) )
 もう既にこの頃から『こんなはずじゃなかった?! 』は始まっていたのか……(?!)(><;) ┐(´ー`)┌   それでもとにかくアイドルがダメでも,当人的には親父譲りのええかっこしぃもあって( 親父は映画で,エキストラながら鶴田浩二氏と共演したのが,自慢と口癖であった。(;^^A )ダンディズムとロックンロールへの志し止まず,矢沢永吉やジュリーに想いを馳せ・追いかけして来たのは,心ならずも後々,以下のCDジャケ写に投影されていたはず……。
ところが,いつの間にそれがこんな事になってしまったのか……?! \(@o@)/(;^^A (><;) 
そんな『こんなはずじゃなかったのに』……。について,追ってボチボチ記憶と思い出を手繰りながら書いていければと思います。(・*) (^-)v m(__)m
 
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