ニオイの違いをよりよく見るために
こんにちは、ガクです。
年度末でバタバタしており、久々の投稿になってしまいました。
さて、このたび今村が筆頭の論文が公開されました!
G. Imamura, K. Minami and G. Yoshikawa, "Repetitive Direct Comparison Method for Odor Sensing" Biosensors 13, 368 (2023).
こちらの論文ですが、Repetitive Direct Comparison Method (rDC法)という新しい測定法でニオイ測定を行うと、2つの試料のニオイの違いをはっきりと見ることができるよ! という内容です。
我々が扱っているニオイセンサですが、ニオイセンサといえども人間の鼻とは知覚のメカニズムが違うため、ニオイに関係ない外乱の影響を強く受けてしまいます。
その代表格が水です。水は、人間にとっては無臭ですが、センサは応答してしまうため、例えばオレンジジュースのニオイをセンサで測定すると、オレンジの香りへの応答と水(水蒸気)への応答がごっちゃになったセンサのシグナルが得られます。
「ごっちゃになった」と言いましたが、センサの応答のほとんどは水です。オレンジジュースから出る気体成分のうち、水は数%(1/100)程度であるのに対して、オレンジの香り成分は数ppm(1/1,000,000)程度しかないので、センサで得られる応答というのは、圧倒的な水由来のシグナルに、香り成分由来のシグナルがちょこんと乗っているというような感じです。
そのため、水もオレンジジュースもりんごジュースも、ニオイセンサで測定すると、ほとんどシグナルが変わらないというような結果になってしまいます。
そこで「オレンジジュースとりんごジュースを直接比べてしまえば(direct comparison)、水のシグナルがキャンセルされてニオイの差だけが見えるんじゃないか」ということを思いつきました。通常、ニオイの測定は、空気との比較で行われますが、これを比べたいニオイ同士でやってしまおうと思ったわけです。
実際にやってみたところ、確かにニオイの差が見えたものの、ニオイの差は非常に小さいので、なんとかしてSN比を上げたい! …ということで、何気にガスセンサではほとんど行われてこなかったシグナルの平均化(積算)を、繰り返し(repetitive)測定を行うことによってやってみた、というお話です。
今回の実験では、試料として香りの違う2種類のチョコレートを用いました。具体的には、ヴァローナ(Valrhona)社のManjariとFraiseというチョコレートを用いました。これらのチョコレートは、基本となるチョコレートは同じですが、香りが違います。そのため、rDC法で測定することで、基本となるチョコレートの香りを除いた、両者の香りの違いだけを検知することが期待されます。
結果は、我々の期待通り、2種類のチョコレートのニオイの違いが強調されて検知できた上に、通常の測定での差分よりも大きな応答が見られたという興味深いものでした。
今回の論文のポイントは2つありまして、一つは、直接比較することでニオイの違いが強調できること。もう一つは、繰り返し測定により得られたシグナルを平均化(積算)することでSN比を上げられるということです。
理系の学部出身で、実験をやってきた人にしてみれば「シグナルを積算したらSN比が上がるなんて当たり前じゃないか!」と思うかもしれませんが、意外や意外、ガスセンサではこのようなシグナルの積算はほとんど行われ来ませんでした。
その理由は、シグナル積算の前提となる「ノイズ成分以外は同じシグナル」がなかなか得られなかったからです。
光にしろ電気にしろ、同じ測定をN回やったら、ノイズ成分は違うものの、そこにある"真のシグナル"は変わらないため、積算すればノイズ成分は1/√Nになり、SN比は√N倍になります。しかし、ガスセンサでは、前の測定の結果を引きずってしまうことがほとんどなので、同じ測定を複数回やっても同じシグナルにはならず、積算ができませんでした。
しかし、MSSの場合は、繰り返し測定を行うことにより、得られるシグナルの形状が収束していくことが実験的・理論的に示されているため*、繰り返し測定によりシグナルの形状が安定したところを使えば積算が可能で、それによりSN比が向上できるというわけです。
*K. Minami, K. Shiba and G. Yoshikawa, "Sorption-induced static mode nanomechanical sensing with viscoelastic receptor layers for multistep injection-purge cycles" J. Appl. Phys. 129, 124503 (2021).
ということで、このrDC法を使えば、今回のチョコレートのように「大部分は同じだけど香り成分が違うもの」でニオイの違いを明確に検知できたり、基準となる試料との比較で、ニオイが基準値からどれだけ違うかを数値化できたりと、ニオイの品質管理に応用ができるのではないかと考えています。
興味を持っていただいた方は、是非論文を読んでいただければ光栄です!
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