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[作文]ドライブと魔法使い(2/4)

 父が買った日産•マークIIは。真っ白で、角張っていて、いかにも「クルマ」という感じだった。昼を過ぎ、父と僕は、親戚や従姉弟たちに別れを告げて、天竜の田舎を後にした。
 当時、チャイドシートなんてものは、まだなくって、チビだった僕は助手席に座ったが、フロントウィンドウの半分ぐらいしか、前の景色が見えなかった。
 車は走り出した。僕の視界の下半分はダッシュボードで、それでも、首を伸ばしながら、前の窓や横の窓の流れていく景色を、真剣に見ていた。
 夏の盛り、天竜の林道の木々は美しく、木漏れ日が眩しかったり、急に暗くなったりと、ディズニーランドのアトラクションさながら、くねくね道が数十分続く。
 出発してどれぐらい経っただろうか。父がおもむろに手を伸ばし、デッキにカセットテープをつっこんだ。
 賑(にぎ)やかな曲か流れた。
 歌っているのも演奏しているのも、たぶん日本人だということは判(わか)ったが、早口で、歌われている内容も、ほとんどが聞き取れない。早口言葉にメロディーを付けたような曲だった。

***
一一一一今何時? そうね大体ね
一一一一今何時? ちょっと待ってて
一一一一今何時? まだ早い 
不思議なものね アンタを見れば 胸騒ぎの腰つき 胸騒ぎの腰つき

***

「誰これ?」僕は父に聞いた。
「サザンだよ。サザンオールスターズ」と、父はこたえた。
「へぇ」
 考えてみれば「音楽を聴きながら車に乗る」という体験も、これが初めてだったかもしれない。これまでに、人ん家(ち)の車に乗せてもらったことはあったが、音楽が流れていたことは心象に無かった。

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