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憶えていますか

昔の話。
確か小学3年生の頃の学活か総合か、そういう特定の教科ではない時間のことだった。

「今日はみんなが、どれだけクラスの人と仲良くできているか確認します」

担任の教師がそう言って、37人分の空欄が書かれた紙を配った。その空欄にクラスメイト全員の名前を書けと言うのである。そして全員分書き終わったらみんなで答案を回し読みして、自分の名前がちゃんと書かれているか確かめてみようという取り組みが突然始まった。

冗談みたいな本当の話だ。
「架空のクソ教師が出てくる寓話的フィクション」ではない。

ともかく、言われたとおりにクラスメイトの名前を列記し始めた。
当時の私は今以上にコミュニケーション能力に難があり、とてもクラスに馴染んでいるとは言い難かった。ただ、文字情報を追いかけることは好きで、連絡網(死語)やクラスの名簿を、特に意味もなく眺めることが多かった。それゆえほとんど全員分の名前を漢字表記で書くことができた。唯一、小学生にとってはかなり難しめの漢字を使う子がいて、その子の名前だけはひらがなで書いた記憶がある。

幾分かの後に回し読みタイムが始まった。
漠然とした不安。予感にも満たない、ただ「嫌な感じ」……今思えば「諦め」にも近いそれを抱えて、回されてくる答案を見ていく。

案の定、数人は私の名前を認知していなかった。
漢字を間違えている人もいれば、完全に空欄にしている人もいた。

冷静に考えて、「36人分の他人の名前を漢字で書く」ってかなり難しいことだ。だから多少のミスが生じるのは別に不思議なことではない。名前を間違えられた人は私以外にも結構いただろう(実際、回し読みしながら他人の名前も見て「漢字違うな」と勝手にジャッジしていた)。抜き打ちでこんなことをやらされて、一通り書けてしまう私の方が不気味なのだ。

ただ、私の本名はめちゃめちゃ簡単な字を書くのである。
なんならマジな話、小学3年生までに習う漢字だけで構成されている。
それなのに書けない人がいるんだ。そもそも名前自体出てこない人がいるんだ。「どうせそんなもんだろう」「みんな私のことなんて気にしてない」とは思っていたものの、改めて結果を見ると、じんわりと凹んでしまった。

おそらく「これでちゃんと名前を書けなかった人とはまだ仲良くなれていないので、これを機に親交を深めましょう」みたいな話だったのだろう。余計なお世話のドブシッターだ。悪魔的な発想でさえある。
「自分はクラスメイトに認知されていない」という事実を突きつけられる小学生の気持ちにもなってほしい。そもそも、お互いの名前を正しく書けるかどうかで人間関係の深浅を測ることができると思ってんのか?ひとつの尺度にはなるかもしれないが、それが全てじゃないだろうが。ちなみに結局、私の名前を間違っていた/認知していなかったクラスメイトとは、その後も仲良くなることはなかった。当たり前だろ。

…とまあ今なら無限にダメ出しできるが、小学生の私は真に受けてションボリしてしまったのであった。
それに実際、記憶されていないということは、その人の世界の中に私がいないのと同じことだ。それは切ない。


ただ、私は憶えている。一方的に。どんな誤記をされたか、よく憶えている。私の名前を認識していなかったクラスメイトの名前を、私は今でも思い出せる。

ふと気になって、そのクラスメイトの名前をGoogleで検索してみた。
同姓同名の知らん野球選手の名前が出てきた。



くだらね~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。


あ~~~、ちゃんと己のものとして、名を残していたいよ~~~~~~~~~~~。
記憶されていたいよ、世界にさ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。



さみしいよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

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