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チャラ男と陰キャとホットココア

浪人時代の冬、まだ故郷の北海道に住んでいた頃。家からほど近い所にある某運送業者の営業所で、私は短期バイトをすることになった。
この業界はとにかく年末年始が忙しい。近所のよしみということもあり、またカツカツの貧乏浪人生だったこともあり、どれ手伝ってやろうと応募した。

シフトは早朝。その日配達する荷物を地区ごとに細かく仕分けする仕事だった。軍手を2枚重ねてはいて、暗く凍える道を1人で歩いていく。
新人の指導係には若い男性社員がついた。第一印象は「チャラそう」。そりゃ別に、朝5時の運送会社の営業所でウェイ系オーラをビンビンに出していたわけではないが、「遊んでそう」な雰囲気の人ではあった。
ぶっとい黒縁メガネは、いわゆる“陽キャの男”のコミュニティの中で身に着けることを許される数少ないデザインのメガネだろう。髪の毛も少し明るかった。ただ彼と対峙する私はと言えば、パツパツキンキンでこれまたメガネをかけたチビという曲者の風体だったため、気後れすることは存外なかった。

短期バイトは即戦力を育てなければ意味がない。そのため、大抵の所は最初にしっかり指導してくれる。
ぶっとい黒縁メガネの彼もまた例外ではなく、必要なことを簡潔に教えてくれた。場所分けはここに貼ってあっから、忘れたら見て。なんか変なパターンもちょいちょいあるからそん時は俺に言って。ぶっきらぼうで、何なら軽くナメられてるくらいの教え方だったが、それがちょうどよかった。長くは付き合わないことが確定している人間同士の温度感。ああ、気楽だ。うれしい。そう思ったのを覚えている。

物流の現場は基本的にフィジカルがものを言う。体格や年齢によって作業効率に大きく個人差が出るのは当然で、それで言うと私はだいぶ劣っていた。
当然その自覚はあるので、仕分けと伝票処理を積極的にやりつつ、小~中くらいの荷物をせかせかと運んだ。こういう現場で私のようにタッパがない者は、小回りが利くかどうかが有能/無能の分水嶺となる。そう意識して動いていくうちに、私が細かいものを片付けつつ、体力のある男性バイトや男性社員に大きめの荷物の積み込みをしてもらうという形が自然とできていた。その中で件の黒縁メガネ先輩と関わることも多かった。


真冬の北海道で、半屋外で肉体労働。今思うとかなり過酷な環境だった。軍手についた雪は自分の体温で溶け、濡れた軍手は手の温度を奪う。マスクをつければ自分の吐息で内側が結露し、下顔面がヒエヒエになる。体は常に動かしているので芯まで冷えることはなかったが、とにかく末端がかじかんで仕方がなかった。
15分の休憩時間。ふうと白い息を吐いて屋内に戻ろうとしたところ、黒縁メガネ先輩がちょいちょいと手招きしてきた。すわ説教かと思いながらもノコノコついていくと、2台の自販機の前に連れて行かれた。

「好きなの選びな」

私の方を見ずにポッケから財布を取り出しながら彼は言った。

「え、いいんすか。ありがとうございます」

私の警戒心は基本的にゼロに設定されている。じゃあこれで、と素直にホットココアを指さした。黒縁メガネ先輩も特に変わったことはせず、ういと言って小銭を入れ、ホットココアを買ってくれた。缶を受け取って掌で包む。温かい。
先輩も缶コーヒーを買って、少しの間2人で他愛もない会話をした。
何を話していたのかは正直覚えていない。会話が弾むような仲では当然なかったから、仕事どう?慣れた?ぼちぼちっす。とか、その程度だったと思う。

その後も黒縁メガネ先輩は飲み物をよく奢ってくれた。
別にお互い踏み込んだ話をするわけでもなく、その時思いついたことや仕事の話をしながら温かい飲み物を啜るだけだった。一度だけ髪色の話で盛り上がって、先輩がショッキングパープルに髪を染めていた頃の写真を見せてもらったことがある。その時はゲラゲラ笑わせてもらった。
その時間と仕事上のやりとり以外で先輩と話すことはなかった。


奇妙なものだな、と今になって思う。黒縁メガネ先輩がどういうモチベーションで私にホットココアを奢っていたのか、今もよくわからない。
こういう短期バイトと社員との関係って、最低限のコミュニケーションに留まるか、それなりに打ち解けるかのどっちかじゃないのか。私と先輩は「それなりに打ち解けた」感覚は別になかったし、かと言ってほぼ毎回の休憩時間に130円を投じてバイトを労うことが「最低限のコミュニケーション」だとも思えない。
いや、先輩の中では最低限だったのか?真冬の半屋外労働者を気遣うにはそのホットココアが必須だったのか?先輩の財布から出た130円分のそれが?わからない……。

……まあ色々勘繰ってみるけれど、ただ黒縁メガネ先輩が優しかったというだけの話なのだろう。一見チャラそうで、モヤシでネクラな短期バイトなんか気にもかけなさそうな人が、思ってたより気遣い屋だった。陽キャ(に見える人)に対して私が持つ偏見から解釈が拗れているという、たぶんそれだけの話だ。
ここで「ひょっとして先輩、私に気があるのかも!」という方向に傾けることができるタイプの人間なら、また受け取り方は変わったのだろうが。(こういう風に、ある思考をアンインストールする演出のためだけに一旦別人格をインストールことのばかばかしさ)(とにもかくにも人の優しさをそのまま受け取れない奴である)


毎年冬が近付いて、自販機の温かい飲み物を意識し始める時期になると、黒縁メガネ先輩とあの時のホットココアの温度を思い出す。「ヒトノヤサシサ」という餌に鎌首をもたげてくる、くだらない自意識と猜疑心をさっさと振り払いながら。


(終)

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