とりとめのない家族論
子育てに向き不向きというものがあれば、私は向いているだろう。と、思っていた。
だって、料理も掃除もわりとよくするし。妊娠中から葉酸もカルシウムもしっかりとってましたし。ニナーズも読みましたし、産後のビジョンもしっかり学びましたし。
でもね、そういうことじゃないんですよね。
ええ、わかっています。家事スキルじゃない。情報量じゃない。ていうか、向き不向きとかもない。向いてる向いてないなんて、相対的なものでしかないですもんね。
それでもやっぱり、私は向いていないんじゃないかと感じてしまうことがありますよ。娘を泣かせてしまうこともありますよ。努力とかじゃなく、そもそもの私自身の適正を疑ってしまうこともあるんですよ。なんか、力の入れどころが、変?娘と私、マンツーマンで向き合いすぎなのか?
そして私は最近、核家族について考えています。サザエさんちっていいなあ、って思っています。
おじいちゃんおばあちゃん、ノリスケさん一家、裏のおばあちゃんたち、公園にいる家族、みんながタラちゃんをいつも見守ってる感じがするよなあ。私がサザエさんだったら、すごく、肩の荷が降りる感じがしそうだ。
もっと言えば、昔の長屋とか。よく知らないけどさ。今より共同体感覚が強かったんじゃないかなあ。
もちろん大前提に信頼関係が必要ですけども。なんとなく、自分と家族、それから他者との境界線がもっと曖昧だったんじゃないのかなあ。
今はなんだか、それぞれの家族が、ぎゅっと殻にこもってる感じがする。
みんなで、みんなっていっても、家族だけじゃないみんなで、でっかい家に住んで、一緒にごはん食べたり食べなかったり、子育てしたり、話したり、できないだろうか。それはそれで大変だろうか。一緒に住まわずとも、コロニーを作って…とか言うと、カルトっぽくなるのだろうか…。わたしには知識がないからなあ。難しい。
家族ってなんだろう。
話が飛躍しましたが、ここまで書いて、沈没家族という映画を観てみたいな、と思いました。MONO NO AWAREが主題歌歌ってます。推しです。
おわり