見出し画像

ドナルド・トランプとは何者なのか?: 『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』を見て考える

アメリカ映画は、まだ歴史評価が定まらない中であっても、積極的に人物や歴史的出来事を物語化することに躊躇がありません。ドナルド・トランプとは何者なのかを、このタイミングで世に問うことの意味はなんなのか?。そして、実際にどういうメッセージを映画に込めたのか?。2024年の選挙直前に描かれた2つの映画『アプレンティス』と『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、アメリカウッチャーとしては、押さえておきたい「今、見るべき旬の映画」だと思う。


1.この映画が描く、悪者としてのトランプは単純すぎる

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方(The Apprentice)』は、『ボーダー 二つの世界』(2018)や『聖地には蜘蛛が巣を張る』(2022)のイラン系デンマーク人であるアリ・アッバシ(Ali Abbasi)による映画。さすがに、この時期にアメリカ人監督ではなく、ユーロッパ系が描くのは、『シビル・ウォー アメリカ最後の日(Civil War)』(2024)が、イギリス人(イングランド)のアレックス・ガーランド(Alex Garland)監督だったのと同じ理由で、煽りすぎだからだろう。

トランプのスタイル(生き方の処世術)の師匠であった弁護士のロイ・コーン(Roy Cohn)から、どんな違法行為をしてでもディールに勝つことを通して、生き残っていくことを、純朴なトランプ青年が学び、コーンを超えて、血も涙も無い怪物になっていくという脚本。

結論としては、とにかくトランプが、冷酷で情がなく、ひたすら汚いディールでのし上がってきたという側面を強調していて、もともとトランプが嫌いな人にはカタルシスがあり納得かもしれないけれども、あまりに一面的すぎて、シンプルすぎるように感じました。本当のトランプがどんな人か?はさておき、ドラマトゥルギーとして、単純すぎるので一本調子になってしまっている。まさに今の「旬」なわけで、彼のモチベーションがどこから生まれているかに、もう一歩踏み込んで欲しかった気がする。

もちろんトランプのディール(取引)によって現状を打開しようとする手法が、ロイ・コーンから来ていること、その時の不動産事業の展開が、単純にビジネスの成功というよりは、ニューヨークなどの荒廃した都市の再整備と連関して、補助金や税金の控除など、どれだけ民意や、マスコミ、政治家を動かして獲得できるかの取引ゲームだったことを描いているのは、トランプの人格や人生のあり方を、かなり浮かび上がらせてくれる。こういう人生を歩んでいれば、今のような「やり方」をするのは、納得的です。

2.トランプの人格を3つのレイヤーで見る

僕はトランプという人の人格で3つのレイヤーで考えることができるのではないかと思っています。

1つは、エゴイスティックで他人を踏みつけにする自己顕示欲の塊な層

2つめは、取引(ディール)で物事を打開していこうとする勝負師としての層

3つめは、アプレンティスで磨き上げた大衆を魅了して、大衆が欲しいものを瞬時に感じ取り、アジるエンターテイナーとしての層

いろいろ側面があると思うのだが、この人の人間としての力って、この3つがからまっているところにあると思っている。

しかしながら、この映画を見ていて、時期的に不動産の事業での仕上がっていく若かりし時代をピックアップしているので、3番目のプロレス好きで、テレビのリアリティーショーの司会をして、大衆をアジテーションし、フェイクとリアリティの狭間で大衆を盛り上げていく彼の特殊な才能が、全然描けていないと思う。

いくつものインタビューで、エゴを強く持つことが、生きていくには大事なことだという信念がある人なのは、明白です。うまく見つけられなかったのですが、過去にCNNの伝説のインタビュアー、ラリー・キングのトークショーで、エゴを持たなければ、人は生き抜いていけないんだということを力説していたのを聞いて、なんと明け透けな人かと驚いたことを覚えています。例え話が、どんな金持ちになっても、有名にならなければ、レストランで一番いい席を何も言わなくても用意されたりしないんだ。話をしていて、エゴを満たすというのは、有名になって注目されて特別扱いされるということに尽きるのだ、中身はあまり関係ないのだ、というのがビンビンに伝わってくる(英語の勉強のために聞いていたので何十回も聞いたのを覚えています。)のが驚きでした。

もう20年以上前で、マーサ・スチュアートが、アプレンティスのトランプの後継番組を大失敗した後のインタビューだったと思う。2005年頃かな。ちなみに話は横道にそれますが、マーサ・スチュワートは、女性版トランプというか、エゴのあり方がそっくりなので、アメリカのこの辺りのビリオネアの生態を比較して知るには、とてもおすすめのドキュメンタリーです。

ここでいうエゴというのは、ひたすら「自分を見ろ!」と厨二病的に、自分が中心でありスターであることであり、この自己顕示欲が、チームではなく自分が主体的に困難を打開するディール(取引)にこだわり、大衆をアジテーションして盛り上げていくことに情熱を感じるトリックスターたることと接続していると僕は感じます。

もちろん、お兄さん(フレデリック・トランプ)がアルコール依存症で死んだため、それ以来禁酒をしていることなど、この映画で登場してくる最初の離婚した妻(イヴァナ)と離婚した後も事業の経営に関与させていたりと、冷酷でエゴイスティックであるのは事実なのだが、同時に、意味がよくわからない感じで情が深い人でもあったりします。この辺は、彼をどう描くか、見ている人によって変わるはずで、本来は、ドラマとして描がこうとすれば、奥深く描けるはずです。

だから、ドナルド・J・トランプの本質がどこにあるのかには、この映画では答えてないように思える(もしくは不足していると感じる)。まぁ、それこそ2024年の大統領選直後の12月現在では、「これから」の人なので、しょうがないと言えばしょうがないのだが、その辺りは不満に感じます。なぜならば、第45代大統領にして、次期、第47代大統領に選ばれるような存在の複雑さが、そんなシンプルに悪い人、みたいな描き方でいいはずがない。

3.1980年代バブルの時代を思い出させる映画

脚本は、良くも悪くも典型的な80年代の映画の雰囲気。欲望と資本主義に踊って踊って、そしてそれの行き着く先がエイズだったりする。本人がエイズにかかったわけではないが、この病気に向き合うことによって、その人が正しかったか間違っていたか、もしくは正義か悪かと言うことが見えてしまうみたいな、とても陳腐な勧善懲悪になってしまっている。80年代のバブルに踊る狂想曲のオチをつけるに良い道具になっている気がする。もっとも典型的で、かつ成功しているのは、ロバート・ゼメキス監督の『フォレスト・ガンプ 一期一会(Forrest Gump)』(1994)だと思います。しかし、デウス・エクス・マキナとして、これを利用するのは、ちょっと単純すぎると思う。もちろん、それが故にとてもわかりやすく、映画としては素晴らしくよくできているとは思いますが。

例えば、ロイ・コーンに対して、誕生日プレゼントで、ジルコニアのイミテーションのダイヤを送るシーンがあります。これが物語の最終的な「オチ」に機能するところで、トランプが冷酷で卑怯な人間だということを強調づけるわけなんですが、この展開は陳腐すぎに感じました。なぜならば、ロイ・コーンが追求してきた80年代の資本主義万歳の強欲な生き方(バブル的なものに踊ると止まらない)は、こういう振る舞いをジョークとして受け入れる、許容範囲のレベルの話ではないのかと思うんです。だが、これを文脈的に、ドナルド・トランプが、人間の心がわからない人間だと印象づける効果の「オチ」になっている。

しかし、その程度で?と思ってしまう。

これはロイがエイズにかかっていて、死の淵にあり、改心して弱っている被害者の立場だから、落差でトランプの振る舞いが冷酷に見える・・・はずなのだが、いやいや、これがジョークになってしまうようなくらいロイ・コーン自身が人間を踏みつけにして生きてきまくった人であって、今さら死の淵だから被害者面するのは、納得できなかった。もともとこういう、エゴだけで生きている生き方をしてきた人がそんなことで会心するのは、それこそ卑怯に思える。だから、トランプさんの冷酷さを演出する小道具に感じてしまった。

もちろんですね、これがもし既に終わってしまった過去の人の話であったとしたら(=2024年で大統領の2期目に当選しなかったら)、なるほどなぁとろくな人間じゃなかったんだなぁで終わると思う。

しかし、彼は、このロイの死の後、テレビのリアリティショー『アプレンティス』でカムバックし、それから大統領にまで登り詰めている上に、1回の敗北の後に、さらに今回大統領になっています。そういう背景を持ってみると、様々なシーンがいろいろ感慨深いものがある。そういう意味で、まさに今が旬の映画だと思う。

トランプさんの本質とは何か?と問えば、僕は、ドナルド・J・トランプの魅力、能力、凄みは、大衆のよくわからないエネルギーや空気感みたいなものを掴み取るマーケティング能力の高さにあると思っている。ある意味、「器」な人に感じる。

トランプさんマクドナルドでバイトをする事件を覚えているでしょうか?。もう既にほとんどの人が忘れてしまっているだろう2024年の大統領選のオクトーバーサプライズの位置づけの出来事ですが、僕は、かなり最後のところ、トランプさんの勝ちを決定づけたものの一つに感じました。背景はハリスさんが、高校時代にマクドナルドでバイトをしていたという庶民はアピールに対して、嘘をつけ!とトランプさんが決めつけて(いつもごとく何の根拠もない)行動に起こした出来事でした。ただこの文脈が、アメリカがインフレに苦しみ、民主党が労働者階級を切り捨てて金持ちの党になっている傲慢さを糾弾するという文脈に乗ると、いま振り返ると、見事に「時代の空気」に乗っている行動でドンピシャに、人々に届くアピールでさすがでした。このあと、トランプ支持者をゴミと失言したバイデン大統領に合わせて、ゴミ収集車に乗って現れるトランプさんとか、本当にうまいです。


4.トランプの欲望ってどんなものだろう?

実際に彼自身が貪欲で欲望的な人間かと問われると、正直言ってあんまりそうだとは思えないのですよ。この映画を見ていても、やはり意外に淡白な純情青年に見えます(←明らかに悪意を持って描いているのに)。と言うのは、この80年代のバブルに踊った日本ような典型的な感じで、例えば金髪でゴージャスで、おっぱいが大きい女がいい!!みたいな欲望は、あまりにもストレートで正直そんなに深くないな?といっていいかわからないけれども、当たり前の欲望すぎて、それを全然超えるものではない。メラニア・トランプさんは、ユーゴスラビア出身の移民ですが、イヴァナさんや過去の浮気相手もみんな、金髪ゴージャスな東欧系で、わかりやすい女性の趣味をしていて全然ぶれていない。明らかにプライド高くて頭のいい女性が好きですよね。ちなみに、この映画に出てくる1番目の妻のイヴァナ・トランプの娘が、イヴァンカ・マリー・トランプ(Ivanka Marie Trump)さんで、この人、美人だよなっていつも唸ります。この系統の顔、絶対トランプさん好きでしょう。自分の娘だと多分自慢で仕方がないんじゃないかなぁといつも思う。


彼の女性へのアプローチを見ていると、正直な話、世の中には、というかアメリカには、もっと人身売買、ペドフィリア、常軌を逸したセクハラなど、めちゃくちゃな犯罪者が溢れている。たとえば、ジェフリー・エプスタインとかハーヴェイ・ワインスタインとかの犯罪レベルと比較してみたら、あまりに普通の欲望のレベルに思えてしまうので、それをもって彼が人間としてクズで腐っていると表現するには弱すぎる感じがして仕方がないです。なんというか、日本の感覚で言うと、昭和臭のするセクハラ親父レベルで、それはそれでゲスだけど、モンスター級の犯罪者かと言われると、いかにも小物感漂う感じ。『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022)とか『ジェフリー・エプスタイン: 権力と背徳の億万長者(Jeffrey Epstein: Filthy Rich)』(2020)とか見て見てくださいよ。実際のところ、彼のお兄さんとの関係や父親との関係は、例えばアル中で死んでしまったお兄さんに対して、いろいろな思いがあり、今でもお酒を飲まないとかも、とても人間的だと思う。


とても、欲望としては、普通なものの持ち主だと思う。唯一、普通と違う点は、エゴ(人よりも注目されたい)が、高いレベルでずっと維持されているところだと思う。

この原動力が何か?を、自伝的映画を描くからには、やはり踏み込んでほしい。映画の中でも解説されているが、トランプさんを一人の人間として物語として、彼が一体何をスタート地点にして、このような強い動機持ち続けているのかということがよくわからない。

そこに彼のロイ・コーンから邪悪な手法を学んだことを根拠に見出すような物語になっているが、この程度では、彼のこの後の大統領になっていくような巨大なモチベーションを考えると、これを邪悪の根拠や動機のスタート地点にするにしては、まさにインタビュアーが言っている通りに全く魅力的ではないし、売れるような話だと思えない。多分監督も自覚しているのだろうと思う。はっきり言えば、ドナルド・トランプと言うこの後のキャラクターに比較して、全く悪の動機が弱すぎると思うのだ。

彼の魅力が大衆の持っているもの、あやふやなものを掴み取っていく力が彼の魅力だとすると、なぜそんな人間になったのか、どうやってそんなような能力を身に付けたのかが、全然この映画だとわからない。

映画としては80年代のサクセスストーリー、そして邪悪な手法を師匠から学んで、その師匠を乗り越えて、さらに邪悪になっていくという物語としては、非常によくまとまっていて理解可能だ。ただ、この後のドナルド・トランプを知っている立場としては、これはちょっと弱いなと言うふうに感じます。

ただ、旬の効果はすごい。見ていて、いろいろ思い浮かぶので、同時代性のある物語のエネルギーは素晴らしい。めちゃくちゃ楽しかった。

この辺りで映画の評価として言いたいことは終わっていますので、応援してもいいと言う人がいたら、残りは課金してもらえたらと思います。

5.トランプの歴史的評価を描けている作品はまだない

ここから先は

1,213字

¥ 300

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?