Amazon占いの功罪
「こちらもおすすめ」しか言わないAmazonの思惑
Amazonがそれまでの通販サービスと一線を画したのは、言うまでもなくそのおすすめ(レコメンド)システムです。書籍販売からスタートし、やがてCDなどの「ライブラリ型商材」のオンライン販売へとジャンルを拡げてきたAmazonは、本やCDの選択からその人の嗜好性を見事に見抜けるところに着目しました。万人が買うマクドナルドのポテトではその人の嗜好性を見抜くのは難しいけれど、ミッシェルガンエレファントとブルーハーツの両方を選ぶ人の好みは大方被っています。嗜好性の高い購入の組み合わせで、顧客の好みを予想する「Amazon占い」はまたたく間に世界に拡がりました。日本でアマゾンが本格的に商売をしはじめたのは20年ぐらい前ですが、そのころよく「Amazonのおすすめは気味が悪い」と言われていました。
Amazonのおすすめは、勧める理由を言わないのが特徴です。この20年、お勧め商品を並べて「こちらもおすすめです」というだけ。これで満足すればユーザーの評価星がついて、おすすめ推計モデルが自動的に精度アップするし、星がつかなければレコメンドエンジンがチューニングされなおす仕組みです。よくできてますよね。
シャボン玉の膜は分厚くなっている
こうして、自分の趣味・嗜好と近い情報だけがお勧めとして提案され、その精度が高まっていくと、想定の範囲内だけで物事が完結していくようになります。世間ではこれを「フィルターバブル」と読んでいます(目に見えないシャボン玉の膜の中に閉じ込められたような状態)。
この膜の中は、いろいろなことが予想の範囲内で心地よいため、引きこもる気がなくても自然と落ち着いてしまい、その間も膜はどんどん厚くなっているのに、やがてそのバブルの存在すら気づかなくなります。人間って、想定の範囲で動いている限り新たな学習や進化の必要がなくなるので、思考が停止してしまうのでしょうか。やがて、自分とは異なる他の存在を想像することがなくなり、個々の集団がフィルターバブルに閉じこもって閉鎖的になっていくと、バブルの膜はもはや破ることすらできず分厚くなり、透明度を失い、その外の風景を歪めていく。分厚い膜が遮って互いの声が聞こえなくなり、世界は益々分厚いシャボン玉がせめぎ合う感じになっていくのは不気味です。
なるへそ体験(アハ体験)
ところで、心理学の世界にアハ体験(ドイツ語: Aha-Erlebnis)という概念があります。
「Aha!アーハァ!」は外人ぽいですが、日本語にするなら「なるへそ!」体験です。すとんと腑に落ちる、なんていい方もあると思います。徐々に考えが変わっていくのではなく、ぽん!となにかが繋がる感じを指すようです。頭ではなく「腑(内臓・Gut)」が反応する。もうすこしwikipediaを読んでみるとこんなことが書いてあります。
これは、まさにシャボン玉がはじける瞬間と言えるんじゃないでしょうか。
アマゾンが無言のお勧めを続ける真の理由
ニュートンがリンゴの落ちるところを見て万有引力の法則を思いついたとか、自分で気づくこともありますが、誰かの一言で「なるへそ!」と一瞬にして合点がいくこともありますね。これは、だんだん物事が変わっている状態では起きません。何かのきっかけで、離れていたシナプスがビビっと繋がる。その瞬間、シャボン玉の膜がはじけて、世の中の見え方が一気にかわるということかと思います。
これが起こると、好みや選択肢が広がってしまい、それまでの考えが覆ってしまったりするから、Amazon占いは当たらなくなってしまうでしょう。なので、Amazonとしては、ユーザーの思考ができるだけ想定の範囲にとどまり、余計な思考拡張がおきないように、敢えてユーザーの想定外のものを提案することはせず、想像の範囲をちょっとだけこえたフィルターバブルの中で、無言のお勧めを続けるのだと想像します。
不動産のレコメンドはリモートワーク移住の提案ができない
これは、不動産のレコメンドでも同じです。不動産のレコメンドエンジンは、近隣駅の同価格帯の類似物件を自動で抽出し、理由をつけずにお勧めする仕組みしかありません。リモートワークで「移住」と呼べるような遠距離の転居が始まっていますが、適切な理由なしに何十キロ離れた物件をレコメンドしたら、そのレコメンドエンジンは「ポンコツ」扱いされてしまうでしょう。
でも、「実はこのお勧め物件は、同じ通勤時間で乗り換え少なく座れます。おまけにお客様のお好きな釣りもできる」てな具合で、お勧めする正当な理由をあわせて提案すれば、その物件はちゃんと検討の余地あるものとして受け入れられますし、勧める不動産会社の側も、レコメンドできる物件の幅が格段広がることになります。
無言の推奨は、軒先にみかんをならべて新聞を読んでいるだけの八百屋さんとかわりません。商売は、お客様の「Aha体験」をさせるところに真骨頂があると思うし、それができるロボットを目指して日々試行錯誤しています。
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