【短編】サニーサイドアップとオーバーイージー
姫野一と森永雪見はいつの間にか同棲していた。
「玉子を焼くならオーバーイージーに限るよね。
見た目はサニーサイドアップが綺麗だけど、朝の貴重な時間に、蓋をしないと上手く焼けないサニーサイドアップは非効率だよ。
太陽が見たいなら、窓から差し込む光を見るさ」
ハジメがそう言うと、雪見が返す。
「確かに非効率さはあっても、料理はビジュアルがとっても大切な要素よ。
私はまるで太陽のようなサニーサイドアップが良いわ。ほら、黄身がもし赤なら日の丸のようでしょ」
元来、楽天家の雪見は自身が投げた言葉にケラケラと笑う。
雪見にとってはハジメとの日常の会話を楽しんでいるだけで、玉子の焼き方には特に拘りはない。
「まあ、いずれにしても、黄身は焼き過ぎず、トロトロが良いね。今日の目玉焼きも相変わらず美味しいよ」
そう言うとハジメは最後まで残しておいた黄身を頬ばり、ご飯をかきこむ。
若い二人にとっては、朝の光を浴びた会話だけで幸せを感じることができるのだ。
◇◇
ハジメは朝の通勤電車に揺られながら考える。
バカは長生きするって本当だろうか。
今日もあの鬼軍曹のような営業部長から、きっと無理なノルマを押し付けられる。
昨日だってそうだった。
契約三件取ってくるまで帰ってくるなと言われ、夜10時まで外回りをして会社に戻ったが、戻った時にはもう誰も居なかった。
まあ、契約が取れていなかったから、正直、部長がいなくてホッとしたんだけど...。
今まで何回か、そのノルマは無理だと逆らったこともあるが、その都度、みっちりと小便ちびるほど説教された。
「なんだその反抗的な目は?俺が本気になればお前なんか秒で倒すぞ!」
これが部長の口癖だ。
最近は逆らっても無駄だと思い、指示通りに従い、結果、大量の仕事をもらうことになる。
要領の良い連中は、なんだかんだと理由をつけて、無理なノルマをすり抜けている。
機転の効く同期の中には、逆に部長を論破してノルマを押し返す強者もいる。
バカの方がストレスが溜まって早死にするんじゃないだろうか...。
◇◇
「ハジメ、ここへ来い!」
会社に着くなり鬼軍曹が呼んでいる。
「は、はい」
ハジメは小走りで部長席の前に行くと、これから始まる悪夢の時間に直立不動で身構えた。
鬼軍曹は頬が赤くてハクション大魔王のような顔をしている。
「先日のN社との大型商談、成立したそうだな!
ハジメだってやろうと思えば出来るじゃないか、昼休みは空けとけよ。美味い鰻でも食べに行こう。
ブハッハッハッハッ!」
自席に戻ったハジメは肩からたすき掛けにした鞄を下ろし、口元を緩めて呟いた。
「いったい、なんなんだよ。両面焼きかよ」
◇◇
翌日、食卓に朝日が差し込む。
ベランダでは雀がチュンチュン鳴いている。
雪見が尋ねる。
「玉子はどう焼こうか?」
「もちろん、オーバーイージーで!黄身が固まらない程度に、両面焼いてね」
ハジメは和かに笑っていた。
(ぱひゅん) 1,187文字