【短編小説】時空を超えて
栗栖川トリスには怪談を話すことと、オモチャのピアノを弾くこと以外に、もう一つの特技があった。
それは時空を自由に移動できることだ。
勿論、修行して身につけたものではなく、生まれ持っての天性の術である。
口を閉じ鼻をつまみ耳抜きをするように鼻から息を吹こうとすると、3分だけ過去に移動できるのだ。
僅か3分だ。
しかも直後に連続しては使えない。
3分から6分過去へ、6分から9分過去へと連続しては使えないのだ。
これを果たして時空を自由に移動できると言えるのか...。筆者は知らない。
◇◇◇
あれはトリスが小学五年生の時の水泳大会での出来事であった。
先生のよーいドンの掛け声で、スタートして10メートルも泳いだ辺りで水を飲んでしまいトリスは立ち止まった。
耳に水が入ったので水抜きをするために口を閉じ、鼻をつまみ、つまんだ鼻から息を出そうとすると、目からピーッと音が鳴り空気が漏れた。
その刹那、トリスはプールのスタート台の後ろで膝を抱えて体育座りをしていた。
一つ前の組が丁度スタートするために着水するところだった。
ふと身体を見るとスクール水着は少しも濡れていない。
「えっ?タイムスリップ?」
訳がわからないままトリスは同じ組の人達と並び、トリスだけが本日二回目となるスタートの準備をした。
トリスは思った。今度は水を飲まないよう息継ぎに気をつけようと...。
先生のよーいドンの掛け声でスタートして、水を飲むこともなく、一着を取ることができた。
この時、トリスは自分にはとんでもない能力がある事を知ったのだ。
これは使えると思い、その後は色んな場面でこの能力を使用した。
例えば、道で転んで膝を擦りむいた時や、テストの答えが後から一問だけ分かった時や、3分で出来るカップラーメンを6分間放置してしまった時などに使用した。
しかし、僅か3分過去に移動したからと云って、大した事はできないことも徐々に分かってきた。
大人になり競馬場に行ったが、一着でゴールした馬を確認してからタイムスリップしても、馬券売り場の締切はスタートの2分前であり、馬券購入には間に合わなかった。
デイトレーダーならこの術だけで大儲けできそうなところだが、この時はまだトリスはそれに気づいていなかったのだ。
◇◇◇
この日は記帳するために商店街の中にある地方銀行に入った。
ウィーンと自動扉が開く。
「手を上げろ!」
銀行に入るなりグラサンにマスクをした巨漢の男がこちらにピストルを向けている。銀行強盗だ。
トリスは手を上げながら、そっと周りを見た。
カウンターの向こうでは行員たち五人が後ろ手に縛られしゃがみこんでいた。
唐突に強盗は言った。
「クイズに答えられなければお前を撃つ!」
「ブリは出世魚ですが、ブリの一つ前の呼び名はなーんだ?」
「えっ?」トリスは必死で考えた。
「うっ・・」
「3分以内に正解しなければお前を撃つ!」
2分経ち悩んだ挙句、トリスはこう答えた。
「うっ・・ツバスです。」
パンッ!
トリスは撃たれた。お腹から出血している。
トリスは咄嗟に鼻をつまみ、つまんだ鼻から息を吹き出そうとする。目からピーッ!と空気が出た。
ウィーンと自動扉が開く。
「手を上げろ!」
強盗がピストルを向けている。
「クイズに答えられなければお前を撃つ!」
「えっ?結局ここに戻るの!」
「スズキは出世魚ですが、スズキの一つ前の呼び名はなーんだ?」
クイズの問題が少し変わった。これがパラレルワールドか!パラレルワールドなのか!
「うっ・・セイゴです。」とトリスは答えた。
パンッ!
トリスは撃たれた。お腹から出血している。
トリスは目からピーッ!と空気を出す。
ウィーンと自動扉が開く。
「手を上げろ!」
強盗がピストルを向けている。
「クイズに答えられなければお前を撃つ!」
「マグロは出世魚ですが、マグロの一つ前の呼び名はなーんだ?」
「うっ・・ヨコワです。」とトリスは答えた。
パンッ!
目からピーッ!と空気を出す。
ウィーン!
「手を上げろ!」
「・・・なーんだ?」
「うっ・・」
パンッ!
目からピーッ!
ウィーン!
「手を上げろ!」
「うっ・・」
パンッ!
目からピーッ!
ウィーン!
「手を上げろ!」
ダメだ!これではいつまで経っても無限ループではないか!
トリスは叫んだ。
「だ、だ、誰か、助けて〜!」
「ピストルから手を離せ!」
カラン!
強盗は手からピストルを離し、ピストルは床に転げ落ちた。
トリスは背後から聞こえた声に振り向いた。
トリスの顔が一瞬にして陽の光に照らされたように輝いた。
「トリスさん、無事で良かった。ボイズを使ったんだ」
そこには有野戸 渡が立っていた。
「渡さん、助けに来てくれたのね!」
トリスは渡に駆け寄り、二人はきつく抱き合った。
そして熱いキスをした。
渡はあまりにも気持ちの良いキスに天にも登る気持ちになっていた。
だが、やがて渡の右手は少しづつ下にズレていき、キスをしながらトリスのお尻に触れた。
パチンッ!
トリスは渡の頬をいきなりビンタして、こう言った。
「ボイズを使って、声色一つで人の行動はコントロールできたとしても、人の心まではコントロールできないわ!」
夕闇迫る西の空にはフラフラと、今にも墜落しそうなUFOが飛んでいた。
(おしまい)
また今度!
えっ!ホントに😲 ありがとうございます!🤗