人間という階級
トントンと、ガラスを叩く音で目を覚ます。
目の前にはこちらを覗き込む男性。
正方形の部屋で叩かれた側の1面のみ透明のガラス張りになっていて
他の面は外が見えない様になっている。
男性は起きた事を確認するとこちらをじっと見つめてきた。
品定めが終わったのか笑みを浮かべ、去っていった。
室内はかなり狭く、寝転がるには十分だが運動できるほどの広さはない。
トイレは角に配置されている。
水と1日2回の毎回同じ食糧だけ与えられる。
ただ与えられたものを食べ、与えられた室内で
生きるしかない。
何かを選択するという概念はない。
寝る、起きる、食べるをただ繰り返す。
しかし、彼は生まれてからまもなくこの室内に
入れられた為、親が誰かを知らなければ
言葉も分からず、思考をすることが出来ない。
生理現象に従って、ただただ生きてるのである。
ただ分かる事もある。
与えられる水の温度が違う時があること。
ガラス越しに見にくる人は毎回違うこと。
食事を与えにくるのは決まった2人が交互に来ること。
分かる事はいつもと違う事が起きたときに初めて気づく。
同じ食事を続けてる為に
他の食事を知らず、比べる事が出来ない。
それ以上美味しい物があるにもかかわらず
食事において不満に思う事も幸福を感じることもない。
しかし与えられてすぐの水は熱い時、冷たい時がある。
この違いに気づいた時に初めて
熱い水は飲みにくいこと、冷たい水は美味しく感じることに気づく。
熱い水を与えられた時には不満に思い
冷たい水を美味しく飲めた時には幸福を感じる。
幸福、不幸とは比較から来る。
そんな単調な日々も終わりを告げる。
ある女性がこちらに指をさす。
いつも食事を与えてくれる一人が透明のガラス側から
鍵を開けて
僕の事を抱きかかえる。
室内から出される事はほとんど無かったが
大抵指を指された時に外に出される。
今回はいつもと違う様子だ。
いつもなら間もなくして室内に戻されるのだが
今日はやけに長く知らない人に抱かれている。
そして、いつもとは違う箱に入れられた。
入れられた箱は暗く、狭い。
ろくに寝転がることも出来ない。
ここで初めて窮屈という概念が生まれる。
箱が揺れる。
今まで感じた事の無い振動に襲われ警戒心が高まる。
恐らく警戒心が高まる瞬間は
室内の掃除をされる時間
窓ガラスを叩かれる瞬間
知らない人に抱き抱えられる瞬間くらいだった。
特に初めて経験したことには、防衛本能が働くのだろう。
何が起こっているか分からない状態が続いたが
しばらくして揺れが収まり箱の上部が開かれた。
先ほどの女性が顔を覗かせ、僕を抱えあげる。
見たことの無い景色が眼前に広がる。
この抱き抱えた女性の他にも違う人がいる。
女性は何か口を開いて話しかけてきているが
全く理解出来ない。
女性以外の人にも手渡されて
それぞれが何かを話しかけてくる。
それぞれが顔が違い、話し声が違い、匂いが違う。
しばらくして柵の中に入れられる。
そして食糧と水が与えられる。
警戒心が高まってる今、気は進まないが食事をする。
今まで食べていた物と味が違うことに気づく。
以前食べていた物よりずっと味がして美味しい。
ここで初めて、他にも食べれる物があるのに
今まで同じ物しか食べていなかったことに気づく。
入れられた柵の中は以前の室内より広く快適だ。
比較して初めて幸福と不幸が訪れる。
日が経ち、気がつくと以前と変わらない単調な生活に戻っていた。
食事も水も同じ。
住む場所も同じ。
食糧と水を与えてくる人も同じ。
変わった事といえば、最初は分からなかったが
何かをしたときに罰を与えられる。
何かをしたときに褒美を与えられる。
何かという事は教えてくれないから
気づくまでには相当罰を与えられる。
この人達はいつも違う物を食べて
違う飲み物を飲んで、遊んで
たまにかまってくる。
そして何かをするとすぐに柵に閉じ込められる。
こうして初めて気づく。
そうか、僕は犬だったのか。
自由に選択できる動物ではなかったのだと。
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