マダニに金◯を噛まれた 短編小説
20歳ぐらいの頃か。
僕がマダニに噛まれた事件を書こうと思う。
事件数日前。
僕は大阪に住んでいたが、出張で山口に来ていた。
その時の仕事は山奥の施設で作業を行う仕事に就いていた。
その日は何事もなく仕事を終えて宿に入る。
丁度一緒に出張に来ていた先輩が仕事を退職することが
決まっていた為、夜はもう一人加わった3人で
送別会を兼ねて飲みに行くことになった。
選んだ先は情熱ホルモン
辞職する先輩が焼き肉好きの為賛同一致で決定した。
が、以前から知ってはいたが僕は肉と酒の飲み合わせがどうも悪い。
食べすぎなのか、肉の油でやられるのか分からないが
食後は大抵気分が悪くなり、翌日は下痢を起こす。
特にホルモンは最悪だ。
この日も話は盛り上がりお酒も大分飲んだ。
案の定、食後宿に戻ってから気分が悪くなり
翌日には下痢を起こした。
飲み合わせは悪いが、組み合わせは最高なので
ついつい反省を忘れ暴飲暴食になってしまう。
そして、翌日の昼間。
下痢を起こしたまま山奥での仕事は地獄だ。
なぜなら場所によってトイレがないからだ。
男であれば小便くらいならその辺でできるが
我慢もならない下痢となれば話は別だ。
この日もトイレは無く、山を下って
コンビニに行くにしても30分はかかる。
地獄だ…
普段の腹痛ならまだしも下痢ときては
山を下る道中の激しい振動で漏れてしまう。
そんなことを考えてる間にも仕事が手につかなくなり
とうとう、最終手段にでた。
他の二日酔いで作業中の二人に声をかけ
車内のティッシュ箱を片手にもう片手はお腹を擦りながら
爆弾を投下する場所の探索を始める。
この経験は初めてでは無かったので
僕はある条件の元に投下位置を選定していた。
1.足元が濡れていないこと
2.虫が大量についている様な木や草がないこと
3.茂みになっていて歩行者等に見つからないこと
4.投下した爆弾が見つからないこと
大体この条件を満たしてくれれば好条件である。
そして、今回発見した場所は見つけた瞬間に
ここにしろとセンサーがビンビン反応した。
それは車道から少し降りたところ
茂みの中に入ったところできれいな空洞が出来ており
まるで子供の頃に憧れた秘密基地を思いださせた。
しかしよく見ると破れたシートが敷いてあり
随分前かもしれないが、ホームレスが住んでいた跡にも思えた。
今、住んでないと分かれば好条件
親切に足場は確保されているし、茂みのおかげで
車両や歩行者にもばれずに爆弾も投下できる。
空洞のおかげで草木が体に触れる事もなければ
虫を心配することもない。
お腹の調子が悪いときに限って妙に頭が冴える。
恐らくどうしても目的を達成しなければと
頭が働くと目的達成の為だけに頭が全集中を始めるのだろう。
今まで我慢してきた力を解放させて
爆弾を思いっきり投下してやった。
少し過去のホームレスには悪い気もしたが仕方がない。
ティッシュペーパーで爆弾を拭き取り
地雷を隠すようにばら撒いてその場を去った。
腹痛が収まると今までの冷や汗も嘘かのように消えて
さっきまで1つの事だけにフル回転していた頭も
次第に散漫になっていく。
普段頭ってのはその程度しか使えてないのだろう。
事件前日
下痢を起こしてから2、3日経った頃だったと記憶している。
下痢を起こした日に大阪に戻ってきており
その2.3日後の夜中、就寝中に金◯に切り裂く様な痛みを感じた。
かなり痛くて飛び起きる様に目を覚ましたが
痛みは一瞬で引き、夢の中の痛みだったのかと
錯覚するほどですぐに睡魔に襲われ再び熟睡した。
事件当日
当日の朝いつもと変わらず朝ごはんを食べて出社をする。
会社は近かったので自転車で通勤している。
自転車で行けば1.2分で着く距離だ。
朝支度を終えて、自転車にまたがったその瞬間。
!!!
また夜中のあの切り裂く様な痛みが走った。
しかし夜中の時と同じく一瞬で痛みはひく。
その時の僕は一度降りればいいものを
股を浮かせた状態の立ち漕ぎで走り続けた。
そして原因不明の痛みに少し心拍数も上がりながら
そっともう一度サドルに腰を下ろすことにした。
!!!
痛い。やはりただごとじゃない何かが起こっている。
とりあえず出社時間もあった為
立ち漕ぎで走り続けて出社した。
痛みがあった場所が場所の為に容易に確認もできず
他の会社員にもまだ笑い話でも出来ないほど
心底落ち着かない状態が続いた。
また頭が全集中を始める。
今回は腹痛解消に続いて、金◯の違和感の解決だ。
閃いた。
確認できる場所はトイレだ。すぐに駆け込んだ。
それも大便器側に入らなければ、確認してる最中に
誰かが入ってきて見つかる事態も考えられる。
そんな事態になれば会社では一生笑い者になる。
腹痛を装い、大便器側に入り鍵をかける。
意外と冷静な判断を下せたものだ。
一瞬の判断の違いで人生は180度変わる。
早速ズボンを下げて確認作業に入る。
なんだこれは!!!
正体はすぐに分かった。
金◯からイボの様なホクロの様な物がぶら下がっている。
衝撃だった。
全集中していた頭は混乱に変わる。
こんな所にイボなんかなかったはず。
そもそもイボやホクロだったとして何故ぶら下がってる。
だとしたら、最近の夜の営みの時にはこれを見られていたのか?
自問自答で頭がパンクしそうになる。
しばらく立ち尽くした後に、そーっとイボの様な物に触れてみる。
少し固い様な柔らかい様な。
ホクロではなくイボだと判断した。
大きさは1cmほどの卵形をしている。
そうと分かれば、こんな所にぶら下がっていては
男として恥である。
覚悟を決めて、引きちぎろうとしたその時
!!!
あの切り裂かれる様な痛みが走る
しかも、自転車の時より痛い。
待てよ、そもそもイボやホクロは自分で
取ってはいけないと聞いたこともある。
病院に行かなければならないのか…
そうだとしたら絶対に今日行こう…
そう決めて、トイレから出てデスクに戻った。
激しい闘いをした後だったが
周りには悟られぬ様に平静を装った。
それから、昼休憩までの間は仕事なんて
そっちのけでホクロとイボの取り方をひたすら
ネットで検索した。
出てくるのは、病院で取り除きなさい等の
想像通りのQ&Aが並んでいた。
その時疑問に残ったのは、イボやホクロがぶら下がっているという
Q&Aは1つくらいしか見つけられなかった。
そんなモヤモヤした気持ちをこらえながら
昼休憩は一旦家に帰ることにした。
勿論、立ち漕ぎで自転車を漕いだ。
帰ってきたのは、じっくり観察する為だ。
とりあえず、ろくに昼ご飯を食べる気分でもなかったので
カップラーメンを食べることにした。
お湯が沸く間、ひたすら調べる。
カップラーメンを食べてる間もひたすら調べる。
食べ終わる頃に、答えを出した。
病院に行って金◯の裏を診てもらうのも癪なので
痛いのを我慢して自力で引きちぎることにした。
トイレに駆け込む。
これは異例の事態なのだ。自分で解決してやる。
前例が無いなら引き抜いて証明してやればいい。
そう思い立ち、イボを掴み引き抜く。
痛い!!!
抜けない
痛すぎて抜けない
涙目になりながらぶら下がったイボを見つめる。
男だろ。1cm程度のこんな小さなイボに負けるな。
そう自ら闘志を奮い立たせて歯を食い縛る。
イボを掴み鼻毛を抜くかのごとく思い切り引き抜いた。
ぐぁ!!!
……
衝撃的な痛さが下半身を襲ったが抜けた…
抜けたと同時に異様な冷静さを取り戻す。
右手では人差し指と親指でイボを掴んでいる。
抜けていいものだったのか?
様々な疑問で心拍数は再び上がり始める。
恐る恐る、掴んだイボを顔に近づけて観察する。
と、次の瞬間
は!!!!
イボから毛が生えているかと思えば動きだしたのだ。
すぐさまトイレの壁に思いっきりぶん投げた。
この時、異例の事態だと思っていたことの
遥か上をいく異例の事態だと悟った。
人は想像を越えられると一瞬思考が停止する。
ぶん投げた後、一瞬立ち尽くし
すぐさまズボンを上げてトイレを飛び出した。
寄生虫に噛まれていた…?
しかも金◯を…?
どういうことだ?
あれは、完全にイボではなかった。
キレイに6.8本の足がバタバタと動いていた。
リビングの椅子に座り、脳内整理の為に頭はフル回転している。
心臓は胸から飛び出そうなほど暴れている。
映画をよく見る為か、エイリアン対プレデターや
スパイダーマンまで頭をよぎる。
!!!
ある答えが脳で導かれて、まるで脳を鷲掴みにされたかの様にフル回転していた脳は停止した。
それがマダニだ。
ここ最近ニュース等でよく耳にしてはいたが
現物を見たことがない割にどうもピンと来る。
ほぼ、確信に変わってはいたが残された昼休憩の時間を使い
フルエンジンでマダニの検索を始める。
???
思っている以上に小さい個体だと?
検索してすぐのページに映った画像は
マダニとは程遠い生物だった。
しかし、すぐに確信に変わった。
画像で検索をすると、出るわ出るわ、まさにコイツだ。
マダニは通常3~4mmほどの大きさだが
吸血後には体調約1cmほどまで膨れ上がるらしい。
まさに吸血後のコイツだった。
スマホに映るマダニ達の姿にフツフツと憎しみが込み上げてくる。
気づけば昼休憩も終わりの時間を迎えた為に
会社に戻ることにした。
恐る恐る、自転車にまたがる。
!!!
全く痛みを感じなくなっている!!
まだ謎大きマダニに不安を抱いているのとは裏腹に
痛みとマダニを取り払った満足感で意気揚々と会社に戻った。
席に着き、最低限の仕事をさっさと終わらせて
再びマダニの研究作業を始める。
席の周りには誰もおらず、他の従業員からもパソコンの画面は
死角になっている為
心置きなくマダニについて調べあげる。
しかし、冷静を取り戻していたのも束の間。
検索ページを下にスクロールしていくと
死亡率90%以上?
マダニにより◯名死亡
マダニによる死者続出
!!?
錯乱状態になる。
死ぬのか?
不安の波が一気に押し寄せる。
今まで生きてきた中で死を感じた経験はたくさんあった。
しかしそれは、高いところから落ちたり事故等の
瞬間的に死を感じる瞬間であり
マダニによる死刑宣告を受けるような感覚とは
全く別物だった。
それこそ瞬間的に死を感じる時には
特に怖さを感じる事もなく、人とはこんなにも
あっけなく死ぬものだと悟りながら
結局生きていたというくらいのものだった。
しかし、体のどこも悪くなく健康な状態である今
マダニに死刑宣告を受けるとどうも受け入れられない。
死を覚悟をするという事はよっぽど理解しがたい境地だった。
そんな瞬間的な思考ではあったが死の文字を
頭によぎらせながら検索を続ける。
中でもマダニに噛まれた事による数ある症状の中から
特に気がかりになったのが、この2つ。
SFTSウイルス、ライム病
マダニを媒介して感染する重症熱性血小板減少症候群ウイルス
異物肉芽腫
無理やりマダニを引き抜いたことによって
口先が皮膚内に残り炎症を起こす症状。
特にSFTSウイルスは感染した場合、高い致死率を誇る
驚異のウイルスだ。
調べると潜伏期間は1週間ほどで、薬等で対処することは不可能という恐ろしい事実に直面した。
これに感染したら死ぬかもしれない。
即座に病院に行くことは決めた。
後日判明したのだが、ジャスティンビーバー等
海外の有名歌手もライム病等のマダニの仕業と
思われる被害に合っている。
問題はもう1つ。
異物肉芽腫。
マダニも例に従い、噛まれているのも発見しても
自力で引きちぎらずに病院で取ってもらうことと
書いてあった。
どうやら自力で取ってしまうと、口先が残り
ライム病や肉芽腫の可能性を高めてしまうらしい。
何より二十歳の自分は金◯に口先が残っている
可能性があることを許せるわけもなく
使い物にならなくなってしまっては男として終わってしまう。
すぐさま近所の病院を探し始めた。
しかし、年頃の自分には金◯を見せるとなると
病院選びにも神経を使う。
良くも悪くも知恵を働かせてしまった。
普段病気を診てもらう為に行くような安心感のある
病院ではなく、普段選ばないような古くさい病院を
選ぶことにした。
狙いは年配の男性医師だ。
病院の選定を終えて間もなく
仕事を終えて、家に帰り着替えてすぐに病院へ向かった。
痛くはないが立ち漕ぎだった。
病院についてホッと一息ついた。
廃れた看板のいかにもという病院だ。
もう1つ心配だったのが若い看護婦がいないかということだった。
中に入るとすぐにそんな不安は消えた。
中年くらいの女性看護師が3名ほどフロントにいた。
予想的中だ。
フロントで初めての診察という旨を伝えると
今回はどうなさいましたか、と聞かれた。
これは想定していなかったが、咄嗟に
虫に噛まれた部分を診てほしいと伝えた。
悟られてはいけない。
心許せるのは年配の男性医師だけだ。
二十歳の僕は平静を装った。
我ながら上手い返しが出来たと思った。
すると、どんな虫ですか?と聞かれた。
当たり前の返しだが、その時はやけにしつこく
聞いてくるなと感じた。
大袈裟に言うと事を荒立ててしまい院内が
大騒ぎになってしまうことを考慮して
さも大した事が無いようにマダニと伝えた。
フロント越しの看護師は目を見開いて驚いた。
横の看護師2人も少しざわついた様子を見せる。
看護師は医師に診察が出来るか聞いてくるとの事で
他の部屋に出ていった。
しばらくして診てもらえるとの事で
とりあえず問診票を書くように言われて席についた。
マダニに噛まれた事実は伝えた為、事の経緯や現在の体調等は素直に記入していく。
しかし、ここで1つ問題に直面した。
体の絵が書いてあり、診てもらう場所を◯印
して下さいと書いてあった。
ここで陰部に◯をしてバレてしまうのか…
そう思いながら陰部から少しずれた太ももとの間くらいに◯を付けておいた。
そうして、問診票を手渡して10分後。
名前が呼ばれて診察室に向かう。
診察室に入るまでの最中
看護師達はキョロキョロとこちらを見ている。
診察室の扉を開けると、予想通り年配の男性医師が座っていた。
会釈をした後に看護師に覗かれないようにドアをきっちり閉めてやった。
医師からマダニによる被害は4件ほどしか大阪では
事例を聞いた事がないと言い出した。
研究しつくした僕はそんな筈はないと心の中で呟く。
年配の男性医師ならばと心を開いた僕は事の経緯を
正直に話していく。
爆弾を投下したさいに付いた可能性も。
年配医師の話しによるとマダニは口からセメントの様な物質を
出して強力に吸着するらしい。
研究した僕は既に知ってはいたが。
気づいてない状態でお風呂で少し洗ったくらいでは取れない筈だと改めて思った。
そんな会話は前戯かの様に
本番に突入する。
噛まれた部位は伝えたていたため、診察台に座りズボンを脱ぐように言われる。
言われた通りズボンを脱ぎ、M時開脚した状態になる。
男性医師は手袋もつけず、何の躊躇もなく金◯を
触り裏側を診察し始めた。
いっそのこと、これくらいデリカシーのない方が
正解だったと自分の判断を正当化させる。
しかし、この年配の男性医師目が悪いらしい。
目を細めてばかりで一向に口を開かない。
途端に席を立ち上がりドアを開けて出ていった。
おい!!ドアを閉めていけ!!
心の中でそう叫んだ。
看護師はまだ覗いてきていない。
早く戻ってこい…
遠くのほうで話し声が聞こえる。
注意深く耳を澄ますとマダニに噛まれた経緯を
看護師と話しながら何かを探しているようだ。
明らかにドアの向こう側がざわつき始めた。
1人の年配女性看護師が覗いてきた。
ばかやろう!!!
なんてデリカシーのないジジイだ!!
さっきとは正反対の感情が沸き上がった。
もうドアの向こう側は見ない事にして
下半身裸のまま無心に医師の帰りを待った。
ツカツカとゆっくり音を立てて戻ってきたかと思えば
片手に虫眼鏡を持っている。
まさかと思えば、ドアを開けっ放しで入ってくる。
自分で選んだ病院だ…仕方がないと腹をくくった。
またM字開脚をするように言われ足を開く。
横目でドアの外を見ると心配そうだが興味津々ともとれる表情で年配の女性看護師2人が覗いていた。
男性医師は案の定、虫眼鏡で金◯を観察してきた。
おまけには虫眼鏡を金◯に押し付けて診察してくるときもあった。
……
傷を負わぬよう心は極限まで無に近づけた。
診察が終わり、マダニの口先は残ってないと伝えられた。
半信半疑ではあるが、医師の言葉を信じるしかなく
感染症については、やはり薬がないとの事だった。
診察後には気休めの陰部塗り薬と抗生物質が処方された。
それから1週間の間、寝る瞬間が少し怖かった。
次の日目覚めたら熱を出しているかもしれない。
あの世で目覚めるかもしれない
考えたら眠れなかったので、この際毎日美味しい
食事とお酒を飲んで寝ることにした。
毎日が最後の晩餐だとして。
しかし、贅沢に過ごそうとしても何もない可能性を
よほど信じていたのだろう。
たいして遊びほうけたりと贅沢はしなかった。
一応周りの人にはマダニに噛まれた事と
死ぬ可能性もあることを伝えた。
そして死んだ暁には、いっそのこと笑い話にして
楽しい葬儀にしてほしい事も伝えた。
まだこの頃はマダニの危険さもあまり認知されておらず、話半分でしか耳を傾けてくれなかったが
余命宣告を受ける人の気持ちも少しは分かった様な気もした。
人生はいつ何をきっかけに終えるか分からない。
その時を想像するのもいい。
死の恐怖に打ち勝つのは
生きてきた人生の充足感にあると思う。
たった今、自分が死ぬとして何が心残りになるのか。
想像力を働かせて真剣に考えてみることで
いざ死ぬ時は一切の未練を感じずに終えられるかもしれない。
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