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【自己紹介】恥の多い生涯を送ってきました。


普段ガジェット系の記事を書いている俺だが、ネタがなくなってきて考えるのが面倒くさいので自己紹介兼備忘録に逃げたいと思う。自己紹介記事書いてるやつとか考えることから逃げてるやつしかいないだろ(偏見)

「俺」誕生

「俺」は2005年に誕生した。この時の記憶なんてなんにもないので割愛するが、父が外車に乗り一軒家に住めていたので準富裕層の家庭に生まれたことは確かだろう。この時点で俺は金のある家でのびのびと飯をねだり、大声で泣くことができていた。親には感謝。

【幸せな日々】6歳(小1)~9歳(小3)


俺が覚えているのがこの頃からなのでここから詳しく書いていきたいと思う。この頃の俺は今のような「陰キャ」ではなく誰にでも話しかけるような生粋の陽キャだった。公園で知らない子どもと普通に遊んでたし喋りもしていた。多分みんなもそんな感じだったと思う。今思うとその行動力が恐ろしい。
そして金もあったので家族で旅行や欲しいものは大体買ってもらっていた。このときの俺は心底恵まれていたんだと思う。(堕ちる伏線)

【転落】10歳(小4)~11歳(小5)


この頃の俺を表すのに最適な言葉。(太宰めちゃくちゃ好き)

さてここまでは親ガチャに成功したガキが呑気に過ごしていた状態だったがここから激動の生涯になる。俺の父にガンがあることがわかったのだ。さらに見つかった頃にはステージ4。延命治療は施したがなすすべなく亡くなってしまった。そして残されたのは俺と妹と母だけ。人間は一度甘い蜜を知ったらその味が忘れられないように金のない生活になると俺はすべてのものに対する「不自由感」を感じていた。母がパートで頑張って稼いでいることは
知っていたが結果だけを見れば「貧困家庭」。この頃から俺の拝金主義的な考えが始まったのかもしれない。俺自身なにかできることはないかと考えてはいたが小学生のできることなんてたかがしれているので結局なんにもできなかった。


【転換】12歳(小6)~15歳(中3)


何もできないまま俺は小6になってしまった。何も考えずとも金に困らない周りの友達、そして考えても考えても金に困っている俺。俺は周りに対して明らかな「劣等感」を覚えていた。金が無い自分が外の金に困っていない人間を見て惨めに思えてきたんだ。そんな俺は近所のホームレスをみて「俺より下はいるんだ」と安心するクズ野郎に成り下がってしまっていた。この頃の俺は自分が抱いている劣等感、そして見下してしか優位性を感じられない価値観に対して嫌悪感を抱いていた。簡単に言えば「自分を取り巻く環境も自分自身もすべてが嫌い」だったんだ。そんな俺に一筋の光が舞い降りる。それが「ゲーム」だ。家に有ったノートPCで「CODBO3」にハマり見事引きこもりの不登校になったのだ。ここから俺の人生は成功へと変わり始める。最初は個人が主催しているような大会にフレンドとチームを組んで出ていたがそこからどんどん中規模の大会にも出るようになり始め、中学1年で大手チームにスカウトされるほどになった。(名前は伏せておく)


所属するようになり公式大会にでて優勝することもあった。普段の練習は睡眠時間を削ってエナドリを飲んで何回も試行錯誤していくような過酷な物だったが、そこには確かな達成感と金が生まれた。この頃には俺一人で準富裕層並の資産にはなっていたんだ。だが俺は満足していなかった。

【行動。出会い】16歳(高1)~18歳(高3)


そんなゲームばかりしていた俺が偏差値の高い高校に入れるわけもなく偏差値の低い工業高校に入ることになった。集団行動はきついし髪型にもうるさい。何度勉強しておいたら良かったと思ったことか。だがここに来たことは間違いではなかったと思えたことが有った。それは恩師との出会いだ。その「恩師」とは俺のクラスの国語を担当していた60歳くらいの男の先生だ。この人のお陰で俺は過酷な授業に耐えれたと言っても過言ではない。恩師と経済や株の話をしている時間こそが学校で一番楽しい時間だった。(株系は恩師の教えで滅茶苦茶儲けた)
この頃から俺は音楽関係にも手を出していて最初の投稿楽曲が見事大バズリしたのである。音楽関係だけでも食べていけてたがフリーランスは社会的信用が低いということで一般会社に就職することにした。そして高3で現在働いてる会社に就職が決まったのである。(ガジェット系本気で学びだしたのもこの頃)


【安定】現在とまとめ

現在は正社員をしながら曲をたまに作りこれまで作ってきた曲の不労所得と株で生きている感じである。一度堕ちはしたが、これからはあの屈辱を知らないで生きていければと心から願っているしそうならないように考えて生きている。その考えの中で俺が心に刻んでいる「格言」をここに書いておく。

格言場面


「貧すれば鈍する。マイナスな思考を次の世代にも伝承するのが貧乏人だ」
この言葉は九条の大罪 (7)で出た言葉だ。俺はこの言葉を意識して富裕層のまま富裕層の考えを子どもができても伝えていきたいと思う(貧乏なら子どもは絶対に産まない)
俺の人生はまだまだ長く続くだろうが「恥」が多くても楽しい道を選んで行きたいと思う。


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