3月26日はバングラデシュの独立記念日

バングラデシュを訪れたのは10年前。

当時のバングラデシュは西欧人はもちろん、中国人すら見かけない超ニッチな国だった。ぼくが町を歩くと、町中の誰もが振り返る。「おい、外人がいるぞ、すげぇ」みたいな空気。タレントの気持ちが少しわかる気があるくらいだ。

ただ、誰も話しかけてきたりはしない。バングラデシュ人は日本人に似て人見知りだからだ。バングラデシュで日本語教師をしていたことがあるのだが、バングラデシュの子供たちは本当におとなしくて、元気だったカンボジアの子供との違いに驚いたものだ。

そんなバングラデシュ人だが、道を訊ねてみたりすると途端に30人以上に囲まれる。英語をしゃべれない人がほとんどなので、ぼくが話しかけてもキョトンとするが、「あ、おれ?おれに話しかけてるの?道を訊ねてるっぽい!どうしよう!!」と考えてるのが顔に出てる。そこから先は「この中に英語をしゃべれる奴はいないか?」と大騒ぎ。飛行機で急病人が出たみたいな騒動だ。「お前しゃべるんじゃなかったっけ?」「ムリムリ!」みたいなすったもんだの末に、どこからか英語を話せる人が現れて、ぼくより下手な英語だとしても親切に「あそこをああ行けばいいよ」と教えてくれるのだ。

そのときは、ラマダンでもあった。太陽が出ているあいだはご飯を食べてはいけない、あの習慣のことだ。パキスタンから独立しただけあって、9割がイスラム教徒なのだが、1割はヒンドゥー教徒。ラマダン中でも、ヒンドゥー教徒にとっては日常なので、食堂は空いているし旅行者も食べることはできる。イスラム教徒とヒンドゥー教徒のあいだに争いもない。宗教以前に「自分たちはベンガル人だ」という共通認識を持っているからだ。パレスチナとイスラエルもこのように共存できたらいいのに。ユダヤ人とアラブ人も顔の系統は同じ。よく見たらルーツが同じであることがよくわかる。

というわけで、1971年のこの日、東パキスタンがパキスタンから独立。バングラデシュが生まれた。人口密度は世界一位。世界七位の人口を誇りながらも、アジア最貧国と言われる途上ぶりだが、バングラデシュの人たちほど無垢で心優しい人はいないと思った。繊維を扱う企業が次々とバングラデシュを開拓しているが、無垢な心が汚染されていないことを祈る。

3月26日はバングラデシュの独立記念日

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