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ビーアバウムの詩:「アダムとイブ:竹久夢二『山へよする』研究⑥」ヘの補足

「アダムとイブ:竹久夢二『山へよする』研究⑥」では、竹久夢二の木版画《桃樹園》、油彩画《青春譜》が、アルバート・ブロックの油彩画《夏の夜》から影響を受けていることについて考えてみた。

左:竹久夢二『山へよする』 木版画《桃樹園》 *新潮社刊、初版は大正8年2月、図版は大正10年9月20日の第9版による 右:Albert Bloch《Summer Night》1913 https://en.wikipedia.org/wiki/Albert_Bloch#/media/File:Albert_Bloch,_1916,_Summer_Night,_oil_on_canvas,_119_x_114_cm,_private_collection.jpg2024/10/18参照

その際、ブロックの《夏の夜》は、詩人オットー・ユリウス・ビーアバウム(Otto Julius Bierbaum 1865-1910)の詩に基づいているという指摘があることを知った。

ビーアバウムについては、デジタル版集英社世界文学大事典から松本道介氏の解説を引いておこう。

ドイツの作家,抒情詩人。世紀末の自由人の享楽生活を描いた小説『シュティルペ』Stilpe(1897)がよく知られ,現在も読まれている。新しいロココ・スタイルの優雅な抒情詩も,世紀転換期のドイツで人気を博していたが,現在,彼の詩は,リヒャルト・シュトラウスの作曲した美しい歌曲「黄昏(たそがれ)の夢」Traum durch die Dämmerung,「親しき幻」Freundliche Vision,「夜道の二人」Nachtgangなどによって知られているといってよかろう。

デジタル版集英社世界文学大事典
ジャパンナレッジPersonal2024/10/18参照

さて、その指摘は、Henry Adams,Margaret C.Conrads,Annegret Hoberg,ed.,Albert Broch The American Blue Rider.Munich,New York:Prestel,1997に収められている、アネグレット・ホバーグ(Annegret Hoberg)の「ミュンヘンのアルバート・ブロック 1909-21(Albert Broch in Munich,1909-21)」という文章にある。

ホバーグ論文は、「言い伝えによれば、この絵は象徴主義の作家オットー・ユリウス・ビーアバウムの詩に基づいている。(中略)この解釈は、シカゴのアーサー・ジェローム・エディ・コレクションのカタログに1922年に記載された内容に基づいているが、後にブロックはこの解釈に異議を唱えている。」と記している。

歌曲をはばひろく紹介した《梅丘歌曲会館「詩と音楽」》というウェブサイト( 管理者、藤井宏行氏)があり、アルマ・マーラーの「5つのリート(5 Lieder)」という歌曲に、ビーアバウムの「蒸し暑い夏の夜(Laue Sommernacht)」という詩が含まれていることを知った。

上記サイトから原詩と翻訳を引用したい。

Laue Sommernacht: am Himmel
Steht kein Stern,im weiten Walde
Suchten wir uns tief im Dunkel,
Und wir fanden uns.

Fanden uns im weiten Walde
In der Nacht,der sternenlosen,
Hielten staunend uns im Arme
In der dunklen Nacht.

War nicht unser ganzes Leben
Nur ein Tappen,nur ein Suchen
Da: In seine Finsternisse
Liebe,fiel Dein Licht.

蒸し暑い夏の夜 天には
星ひとつない 広い森の中 
私たちは探した お互いを 深い闇の中 
そして互いを見つけ合ったのだ

見つけ合ったのだ 広い森の中で
この夜に 星ひとつない中 
びっくりしながら取り合ったのだ 互いの腕を 
この夜の暗闇の中

もしも私たちの人生のすべてが
ただの手さぐりではなく ただの宝探しではないのなら
お前の暗闇の中に 
愛よ お前の光を満たすのだ

http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S4704.htm
梅丘歌曲会館「詩と音楽」 管理者:藤井宏行
2024/10/18参照

森の闇の中で2人の男女がお互いを見出して出会う。その出会いの喜びが語られている。
最後の連は、星のない闇の中での出会いという外部世界で起きた奇跡を、内面的に受け止めなおす内容となっている。

2人が出会ったことで、暗闇(それは外の世界にも、心の内面にもある)が、愛の光に照らされたのである。

さて、ビーアバウムの詩を読んで、改めてブロックの《夏の夜》を見直してみよう。

Albert Bloch《Summer Night》1913 https://en.wikipedia.org/wiki/Albert_Bloch#/media/File:Albert_Bloch,_1916,_Summer_Night,_oil_on_canvas,_119_x_114_cm,_private_collection.jpg
2024/10/18参照

いちばん手前の人物の前に描かれた手のひらがで誰のものかは気にかかるが、はっきり人物形象だととれるのは4人である。

ビーアバウムの詩を参考にすると、出会ったのは中央の2人の男女である。出会いによって闇は光に満たされた。

では、それ以外の2人は誰なのだろう。

奥と手前の人物は、出会いの前か後の時間における2人を描いていると考えてはどうだろうか。
もちろん、ビーアバウムの詩を補助線にしたわたしの想像で、深い根拠があるわけではない。

しかし、そう考えると、若木をはさんで立つ中央の2人は、やはりアダムとイブを下敷きにしているように見えなくもないのだ。

後年、ブロック自身が影響を否定したとされるが、ビーアバウムの詩がブロックの着想源になっているとすれば、そこに絵画と詩の象徴的な照応の事例を見出すことができる。



*ご一読くださりありがとうございました。




    


 

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