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新作小説の宣伝と「金明竹」が関西人でも安心して聴けるワケ

 新年で新作の小説を投稿いたしました。
 こちらも是非とも宜しくお願いいたします。

 小説に限らずですが、落語をテーマにして文章を書く際には、その噺をできるだけ聴くことにしています。
 当たり前といえば当たり前ですが、それで今回は「金明竹」を重点的に聴き込んでおりました。

 ちょっと抜けた道具屋の丁稚の松公はなにを命じられてもへまばかりで、今日も叱られる声が絶えない。
 旦那の留守中、店番に立っていると、えらく慌てた様子で男が駆け込んできて口上を述べたてるもののひどい早口の上方弁で要領を得ない。騒がしさに女将さんも奥から出てきて、改めて話をうかがうものの、やはりなにをしゃべっているのか一向にわからない。男は言うだけ言って立ち去ってしまい、後にはぽかんとする松公と女将さんだけが取り残されて、そこに旦那さんが帰ってきて来客の意図をたずねるが……

 途中で非常に高速でまくしたてる関西弁のセリフのために、「寿限無」みたいな口慣らしの前座噺と分類されることもあるようです。
 でも、人物の出入りも多く、前半は松公で後半は女将さんという具合にメインとなるキャラクターも変わりますので、それらをしっかり聴かせてくれる真打の噺家さんの手に掛かりますと前座噺とはとても思えない奥行きが楽しめます。

 とはいいましても関西弁での言い立てが噺のハイライトであることは変わりはありません。もっとも「寿限無」のあの長い名前と異なり、しゃべっている内容の説明は一切ありません。ただ日本語らしい言葉がダダダダーッと一気呵成に語られて、松公や女将さん同様に客もまたあぜんとしてしまうのが聴きどころとなります。
 どんな聴きどころだといわれそうですが、そうとしかいいようがないので、まあ一度聴いてみてください。
 幸い林家たい平の口演がサブスク配信されております。こちらは日本コロムビアから出ていたCDと同じ公演ですね。

『たい平落語』(COCJ-39712)

 どうでしょう。何をいっているかわらかないでしょう?

 上方弁の口上は4度にわたってくり返されるおかげで、どうやら即興ではない、きちんとした口上があるらしいのがうかがえますが、それがさっぱり聞き取れません。
 旦那が「話なんていうのは半分も聞けたら残りの半分は察することができるものだよ」なんて小言をいいますが、その半分を聞くのが至難の業です。
「脇差」や「茶碗」などの単語が混じっているので、舞台が道具屋ですからそこで扱う品を話題にしているらしいと推測できるのですが、ついていけるのはそこまでです。以降はどうやら固有名詞らしいものが矢継ぎ早にくり出されて、耳馴染みがないものですからチンプンカンプンになってしまいます。
 その途中で「古池や蛙飛びこむ水の音」なんていうフレーズが混じっているおかげで一層わけのわからなさに拍車を掛けます。このあたりイッセー尾形の一人芝居「政治家」が思い出されます。

 しかし、わからないのは単語のせいばかりともいえないのです。私は大阪出身ですので関西弁はネイティブ、より難度の高い河内弁も理解できます。
 それでも「金明竹」の口上はよくわかりません。
 ちなみにですが、関西弁の口上の冒頭はこんな感じになります。

なかばしのかがやさきちのところからつかいにさんじましたもんで
せんどなかがいのやいちがとりつぎましたどうぐななしなのことでさんじております
ゆうじょこうじょそうじょさんさくのみどころもん……

 これを漢字で補うとこんな具合です。

中橋の加賀屋佐吉の所から使いに参じました者で
先ど仲買いの弥一が取り次ぎました道具七品のことで参じております
祐乗・光乗・宗乗三作の三所物……

 固有名詞は柳家喬太郎隅田川馬石のCDのライナーノーツを参考にさせていただきました。

『柳家喬太郎 名演集2』(PCCG-00890) 『隅田川馬石 名演集1』(PCCG-01420)

 こうしますとはじめの二行は一見意味が通りやすそうですが、そうはいきません。

 そもそもこの人物、どこから来たかは言っているものの、肝心の自分が誰か名乗っていないんですね。
 初対面の挨拶でしたら、
「私、〇〇から参りました、※※と申します」
 これが基本形式で、こんなものは古今東西変わりありません。
 ましてや商売人の口上であるならば、当然それに従っているだろうという先入観がありますから、所属を述べた後で、どこかで来るだろう名前を待ち構えることになります。ところがそこで「どうぐななしな」と続きますから、まず頭にハテナマークが点灯して、さてはどこかで聞き逃したかと、うろたえているところで三行目です。これを聞き分けろというのは無茶です。不可能に近いです。
 まず「ゆうじょこうじょそうじょ」を「祐乗・光乗・宗乗」なんて漢字変換しろっていうのがまず無理です。関西弁では例えば笑福亭松鶴を「しょかく」、鶴光を「つるこ」と縮めて読むことがありますが、それにしたってまず漢字ありきですからね、読みが先に来たらお手上げです。
 こんなのが荒々しい川の流れのように押し寄せてくるのですから、流されるしかありません。

 けど、だからダメというわけじゃありません

 むしろ「金明竹」は聞き分けられると楽しみが減ってしまうから、聞き取れる方がダメなんです。仮に関西人であっても、なにがなんだかわからなくて、素直に笑える工夫がこの口上には無数に仕込まれています。
 例えば書き出しました「みどころもん」は漢字ですと「三所物」とのことですが、公演を聴きますとこの「もん」の発音は「物」ではなくて、ほぼ「紋」か「門」になっています。兵庫県出身の隅田川馬石でもそうなので、おそらくここは、関西弁のわかる人間が「物」とイメージできないように、あえて発音をごまかしているのでしょう。
 そのあたりが工夫で、客席の人間誰をも満遍なく笑わせようとする心意気なのでしょう。

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山本楽志
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