『ビバリウム』を観た

ので、以下感想。

自分用のメモなのでネタバレなどは特に気にしてないです。よろしく。

新居を探すトム(アイゼンバーグ)とジェマ(プーツ)は、ふと足を踏み入れた不動産屋から、全く同じ家が並ぶ住宅地<Yonder(ヨンダー)>を紹介される。内見を終え帰ろうとすると、ついさっきまで案内していた不動産屋が見当たらない。不安に思った二人は、帰路につこうと車を走らせるが、どこまでいっても景色は一向に変わらない。二人はこの住宅地から抜け出せなくなってしまったのだ― 
そこへ送られてきた一つの段ボール。中には誰の子かわからない生まれたばかりの赤ん坊。
果たして二人はこの住宅地から出ることができるのか―?

▼まず何より不気味さの演出が抜群に上手い。瞬きひとつしない不動産屋に連れられて辿り着く、どこまで行っても画一的な住宅街。風も匂いもない街並み、味のしない食事、子供が描いた絵のような雲。立ち並ぶミントカラーの家々は一見ファンシーなのにとても息苦しい。二人が内覧に訪れた住宅には既に男児用の子供部屋が設えてある。外部から決めつけられた"理想の生活"や"本当の幸せ"のグロテスクさ。

▼箱詰めで届いた赤ん坊は100日足らずで小学生くらいにまでムクムクと成長してしまい、トムとジェマの言葉を鸚鵡返ししたり突然金切声をあげたりと不快な振る舞いを繰り返す。子育ての苦痛を煮詰めたような存在だ(経験がないので分からないが)。終盤で成人にまで成長したこの子供を指して「どうして殺しておかなかったんだろう」みたいなことを話す場面がとても辛い。

▼トムが庭の芝生に違和感を覚えて以降穴掘りに執着するくだり。単に仕事に没頭して家庭を蔑ろにする夫…みたいなところを皮肉っているのかと思ったが、朝から晩まで無為に穴を掘り続け、疲れたらそのまま穴の中で眠り、起きたらまた穴を掘る…という生活を続けた結果トムは身体を壊し、死体袋に詰められて自身が掘った穴に雑に埋葬される…という末路。穴を掘る行為が何の解決にも繋がらないというのを含め、何重にも性格が悪い。労働は無意味なものだとか、人生とは突き詰めると自分の墓を掘ることだとか、そういう含意があるのだろうけど。

▼ヨンダーに取り残された二人は、はじめは出口を目指してひたすら歩いたり屋根に"HELP"の文字を残したり、住宅に火を放ったりと脱出のため様々な手段を講じる。しかしその試みは序盤で早々に打ち切られ、赤ん坊の入った箱が届いてからというもの、二人は味のない食事と作り物の景色の中、異常な子供との生活を半ば受け入れてしまう。もちろん描かれていないところであらゆる方法を試した結果、赤ん坊の入った箱に書かれた「育てたら解放する」という言葉に賭けることにしたのかもしれないが、これも何だか人生っぽい。子供が出来てしまうと否が応でも画一的な人生に回収されてしまう、みたいな。

▼ジェマ役のイモージェン・プーツ、悲鳴映えする俳優だなと思った。『クワイエット・プレイス』のエミリー・ブラントや『ミッドサマー』のフローレンス・ピューとだいたい同じ枠。冒頭で僅かに描かれた、教師として子供たちと快活に笑う姿からの落差が痛々しい。住宅街に閉じ込められ消耗していく様、奇怪な子供に「私はあなたの母親じゃない」と吐きつつも情が移っていく様、トムとのすれ違いに心を擦り減らす様、子供の正体を目にして恐怖に表情を歪める様…画的に起伏の少ないこの映画において、彼女の演技力が牽引する部分は大きかったと思う。

▼托卵が終わり巣立った"子供"が老いたマーティン(不動産屋)をダストシュートに投げ込み、新たなマーティンとなって不動産屋で客を迎える…という場面で映画は終わる。二人を箱庭に閉じ込めていた恐ろしい化物(/上位存在/宇宙人/異世界人…正体は別に何でもいい)さえもただ種を存続させるシステムの一部として動いているだけだったのだ…ということを示して終わるのは、最後まで皮肉に余念がないな…と思った。

▼この映画の展開については結局のところ冒頭で挿入されるカッコウの托卵の映像と、巣から蹴り出された雛を埋葬する場面で全て説明されていると思うのだけれど、分かったところで厭さが軽減されるわけはないところが良い。自然の摂理や生態系という身も蓋もない絶望を、規範や同調圧力に基づいた悍ましい幸福で包んだ悪夢。冒頭の映像で結末を察してしまうと、あとは90分間ゆっくりと心を擦り減らすことしかできない。

▼私は子育ての経験も予定も意思もなく、社会や家庭や生殖などとは出来るだけ距離を置きたい派なのでこの作品の厭世的な視線、性格の悪さに対してある程度共感しつつ観られたが、そういうものにコミットしてる人達(雑なレッテル貼り)はどういう気持ちで観てるんだこれ…と思ったりもした。私が鑑賞した回はほぼ満席かつ、男女の二人組が多かったこともあり。

▼あとは全体的に音楽が良かったですね。使い方も印象的だし、エンドロールの曲(XTCのComplicated Game)が格好良かった。


以上です。


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