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『内なる殺人者・アーロンヘルナンデス』を観た - セクシャリティ、家庭環境、慢性脳症とNetflixの狂気
スーパーボウル観ましたか?アメフト界の王トム・ブレイディが王たる所以を見せつけ、スーパーボウルを勝ち取りました(*1)。
今年のスーパーボウルに向けて、いろいろな予習をしてきました。毎週末NFLの試合を観たり、アマゾンプライムビデオで『All or Nothing』を観たり。
Netflixのドキュメンタリー『内なる殺人者・アーロンヘルナンデス』もその一環として観ていました。今回はこの作品についてです。
あらすじ(ネタバレ)
NFLスターであるアーロン・ヘルナンデスが、婚約者の妹のパートナーを殺害した容疑で逮捕されるところから物語は始まります。別の殺人容疑もかけられ、同時に2つの裁判が進行することに。
前者には終身刑、後者には無罪の判決が出ます。アーロンは終身刑の判決を上訴しようとしますが、直後に彼がゲイであるという報道が。2日後に獄中で首をつり人生を終えます。
考察
作中では、裁判にも使われたであろう映像・音声証拠を用いて事件の背景を紐解いていきます。関係者のインタビューはアーロンの人間性をあらわにし、法廷での映像は状況証拠を説明するだけでなく、裁判の緊張感も伝えます。また、アーロン邸内の監視カメラや獄中からの家族との電話も記録されてます。プライバシーもへったくれもありません。
事件背景が明らかになるにつれて、アーロンが暴力的になるきっかけが次々と分かっていきます。ゲイというセクシュアリティ、それをオープンにすることを許さなかった家庭環境、そしてアメフト界で大きな問題となっている脳の損傷。
いずれも決して殺人を正当化できるものではありません(*2)が、ひとりの人格形成に影響を与えるには充分です。
この事件を繰り返しうる要素について考えました。
まず、セクシャリティ。アメフト界ではセクシャリティを公にしづらく、メディアの報道目的は不明瞭で、取り上げ方もいたずらにアーロンを追い込むものでした。
次に家庭環境。アーロンは父親から幼少期に性的虐待を受けて育ちました。厳格な父親から受けた「教育」は父親の死後もアーロンの思考を支配し、ゲイである自分とソーシャルイメージの乖離に苦しむことになります。
そして脳の損傷。解剖結果は27歳にしてはありえないレベルの慢性外傷性脳症(CTE)を示しました。これはアーロンだけではなくアメフト界の問題になっています。アメリカの研究によると、北米のプロアメフト選手119人のうち、117人がCTE、うち101人が重度のCTEと診断されました。アメフトをしながら脳損傷を防ぐことは可能なのか(*3)。NFLは世界トップの興行収入で知られていますが、選手が払う代償について我々はもうすこし意識的にならなければいけないのかもしれません。
ぞっとするラスト1秒
獄中から婚約者と電話する様子が流れます。
婚約者「(横にいる子どもに)パパにバイバイは?」
アーロン「パパはバイバイは言わないぞ、また会おうね」
婚約者「子どもはそんなこと分からないよ。バイバイ」
アーロン「そっか、また会おう。愛してるよ」
婚約者「愛してる」
(ナレーション) "The person you called has hung up."
ほのぼのとした家族の会話から暗転し「The person you called has hung up.」という機械的な音声がとともに終わります。最後の最後で鳥肌立った。
というのも、ここにNetflixの狂気を感じたからです。僕の解釈を下に書きます。
直前が電話の場面ですし「相手が電話を切りました / has hung up」と訳すのが自然です。
でも、そんなオチはNetflixらしくない。ここの「hang up」が電話を切るという意味だけだとしたら、わざわざ最後の1秒でトーンを激変させる意味がわかりません。では、他にどんな意味があるのでしょうか。
考えられる意味は2つ。
ひとつは「相手が首をつりました / has hung up (himself)」という訳です(*4)。上訴を決意した直後の自死という急展開と、ラストシーンでの急なトーンの転換が重なります。もうひとつは「相手はコンプレックスを持っています / has a hang-up」という訳です。ここでのコンプレックスとは、セクシュアリティであり、家庭環境であり、犯罪歴であり、彼が抱えているものすべてだと思います。彼の持つ内面が引き起こしたものが、殺人であり自死であり、タイトルの「内なる殺人者(Inside killer)」につながっているのだと思います(*5)。
NFLのスター選手、一児のパパとして明るく振る舞っているけど、人には決してさらけ出すことのできない重荷を背負っていて、それが自死という結末を招いてしまった。アーロンが抱えていたコントラストを感じさせる最後の一秒でした。この言葉遊びをNetflixが意図してやっていたのなら恐ろしいですね。
いかがでしたか。
このドキュメンタリーは3部構成で、すべて観ると3時間ほどかかります。でも、考えさせられることは多く、最後のエンディングも工夫が効いていて、3時間に値する作品だと思いました。
脚注
(*1) ブレイディがスーパーボウルを獲るのはこれで7回目。マイケル・ジョーダンがNBAプレーオフを制したのが6回、メッシがUEFAチャンピオンズリーグを制したのが4回と考えると、これがいかに凄い数字なのかがわかります(全員超人であることには変わりないけど)。
(*2) 遺族のインタビューや法廷での映像が公開されており、残された人の気持ちを考えさせられます。マサチューセッツ州憲法にはAbatementという法原理があり、訴訟中係属の被告が死亡した場合、判決を抹消することになります。これは遺族の気持ちをないがしろにしていると思います。また、アーロンの家族は、彼が所属していたペイトリオッツが拒否していた給与の支払いを求めることができるようになりました。現在はAbatementは時代にそぐわないという解釈がされているようです。
(*3) 2018年には脳震盪リスクを減らすためにキックオフのルールが改正されました。Kaggleというオンラインデータコンペティションでは、脳震盪リスクを減らすためのルール変更を提案するコンペがNFLによって開かれました。
(*4) 「首をつる」を正しく英訳すると「hang oneself」で、「up」はいりません。
(*5) はじめてタイトルを見たときは、犯罪狂のような意味なのかと思ってました。『ナチュラル・ボーン・キラーズ』てきな。
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