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コンテンツ産業に潜む中国政府の影

一昔前の中国(中華人民共和国)のイメージは、拙速な工業化で都市部は大気汚染に苦しみ、地方は鉄道すら通っていないような格差社会、共産党政府による監視社会、傲慢でなんとなく意地の悪そうな国民、欧米や日本の製品をパクる粗製濫造の国、といったかなりネガティブなものであった。事あるごとに「中国は崩壊する」と中国崩壊論が叫ばれ、「所詮は中国人」と半ば彼らを蔑む風潮があったことも否定できない。

しかしながら、近年、中国を語る際の枕詞は次のように変化した:経済成長著しい中国、技術の発展が目覚ましい中国、大きく存在感を増す中国。中国を侮る言論は後退し、代わりに中国脅威論が世間を席巻している。軍事、工業、外交など、国の根幹をなす分野に関して主に保守派が警鐘を鳴らしている。中国の大国化は21世紀初頭から始まっていたが、2012年に習近平が国家主席に就任して以降、特に危機感が抱かれるようになった。

一方で、ミクロレベルの対中感情は、むしろ好転しつつある。その最大の要因は中国で生まれたコンテンツだ。中国のコンテンツ戦略は、陽キャと陰キャ(死語?)の両方を顧客対象とすることである。陽キャには、絵文字が多数収録されたSimejiやショート動画を広めたTikTokを供給し、陰キャにはアズールレーンや崩壊学園のようなソシャゲを与える。さらに一歩進んで、文字通り陰陽が混合する環境の構築も行った。例えば、TikTokで日本の古いアダルトゲームの音楽に言及されたり、「リア充」(これは完全に死語)が原神をプレイしたりなど。最近何かと話題のニコニコ動画では、原神 - ブルアカ - 淫夢の「鉄のトライアングル」が形成された。

米議会で禁止法案が可決されたTikTokや情報漏洩が問題となったBaiduは政府との繋がりが強いことが明らかであるため、何度か批判されてきた。だが、原神を手掛けたmiHoYoや動画投稿サイトを運営するbilibiliなどは、民間企業であることを理由に問題視されないことが多い。本稿では本当に民間企業は「潔白」なのか、そもそも中国に民間企業と呼べるものはあるのかを検証する。


張り巡らされた網—国家情報法・媒体融合発展国家戦略

まず大前提として、中国はあらゆる活動が国家意志≒党の意向に直結する体制であることを共有しておかなければならない。体制は各種法律によって規定されているが、そのすべてを紹介することはできないので、ここでは特に重要と思われ、かつ頻繁に言及される国家情報法、高度化・国際化したメディアを逆手にとり、国家プロジェクトとして利用しようという趣旨の媒体融合発展国家戦略について述べる。

国家情報法

国家情報法とは、2017年から施行されている法律である。同法第7条「いかなる組織及び国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助及び協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密を守らなければならない。」とあるように、一般には全ての中国国民が政府の情報活動について協力する義務を負うことを定めた法律と理解されている。施行後、欧米を中心に「民間企業が政府と共謀して諜報活動を行える」と非難が巻き起こった。この法律は米中貿易戦争の一因となり、アメリカにおける中国企業の排除という結果に至った。日本でも、産業スパイから守るため、知的財産を守るために行動しなければならないという論が浮上している。そもそも中国では2010年に軍事に絞った国防動員法が既に施行されており、有事の際は世界中の中国人が動員されることになっている。

先程述べた通り、中国では全ての国民が情報活動に責任を負う。それは共産党員も、国営企業も、民間企業も全て含まれる。中国は「人権規定があり、国民の権利は尊重される」と反論するが、国家と民生が直結するような国の主張がどこまで正当なのかは疑問だ。日本において中国由来のコンテンツが人気になれば、当然企業は日本に法人を置き、大々的に活動を行う。日本での営業実績が蓄積され、関係が密接になればなるほど、政府に提供され得る情報は濃密化し、被害は甚大になることを明記しておく。

媒体融合発展国家戦略

媒体融合発展国家戦略は、2012年の党大会で習近平が提唱した、伝統的なメディアと新興メディアを融合し、党の指導の下発展させていくという趣旨の戦略である。上記の記事では「草の根レベルの奥深くまで宣伝を実践する」「5Gや人工知能のような技術を活用する」「どのようなメディアであっても世論の飛び地はない」などと語られている。こうした方針はニュースや広報に特化したものであるが、実際はコンテンツ産業にもその影響が見られる。2010年代以降、インターネットの普及でメディアは高度化・国際化し、従来の方法では統制が効かなくなりつつあった。習近平はこれをむしろ機と捉え、積極的に中国系メディアを発展させることでプロパガンダに利用しようと考えたのだ。

主要企業の検証—国家文化輸出重点企業リストを参考に

これまでは中国の独特な産業体制を、2つの例を用いて俯瞰した。次に、具体的な企業に関して見ていきたい。ここでも主要なコンテンツ制作企業に絞って話を進めるが、その前に、国家文化輸出重点企業について説明しておく。

国家文化輸出重点企業は、商務部や中央宣伝部(プロパガンダを担う組織)が中心となって毎年指定している、中国文化の対外進出に重要とされる企業である。習近平政権以降、中国は自国文化の輸出にきわめて熱心であり、その範囲はデジタル文化やコンテンツ産業にまで広がっている。中国政府のサイトでは明確にオンラインゲームやアニメーションが支援の対象となっており、2025年までにソフトパワーで世界をリードする目標が掲げられていることが分かる。

①腾讯 / Tencent


Tencent

Tencentは馬化騰(全人代代表)とその父・陳術(元共産党官僚)により1998年に深圳で設立された、中国を代表するテクノロジー企業である。その傘下には膨大な数の企業が存在しており、SNSの微信(WeChat)をはじめ、様々な分野で圧倒的な存在感を放っている。364番目の国家文化輸出重点企業。

Tencent GamesはCall of Duty MobilePokémon UniteAPEX LegendsPUBG Mobile勝利の女神:NIKKE白夜極光などのソーシャルゲームを配信している。また、ブロスタを手掛けたSupercellや『CLANNAD』等で知られるKeyブランドを保有するビジュアルアーツはTencentの子会社である。2023年、鳴潮を制作する库洛游戏(KURO GAMES)の株式を取得した。

②网易 / NetEase


NetEase

NetEaseは1997年、広州に誕生した企業である。日本においてはPUBGの模倣ゲーム・荒野行動をリリースしたことで知られる。その後、Identity Ⅴ第五人格ライフアフターも手掛けた。関連会社の杭州网易雷火科技有限公司が151番目の国家文化輸出重点企業。

③字节跳动 / ByteDance


ByteDance

ByteDanceは2012年、北京に設立されたテクノロジー企業で、TikTokの配信元として有名である。先述の通り、TikTokは中国によるスパイ活動に利用されているとして、米国議会で禁止法案が可決された。そもそもTikTokは6秒ショート動画を広めたVINEの模倣アプリであることを付記しておく。

放置少女の製作元である北京有爱互娱科技有限公司(C4Games)はのちにByteDanceの子会社となった。

④米哈游 / miHoYo


miHoYo

今日のソーシャルゲーム業界で覇権を握りつつある企業miHoYoは、2011年頃に上海で立ち上げられた。崩壊学園、崩壊3rd、崩壊:スターレイルの崩壊シリーズの他、世界最大級の人気を誇る原神を手掛け、今年の7月にはゼンレスゾーンゼロをリリースする予定。103番目の国家文化輸出重点企業。

⑤哔哩哔哩 / bilibili


bilibili

bilibiliは同名の動画投稿サイトで頭角を現したテクノロジー企業で、2009年に設立された。bilibiliは明らかにニコニコ動画を模倣しているにもかかわらず、急速に成長しニコニコ動画を追い越したことで知られる。

bilibiliは多くのソーシャルゲームの配信に関わっており、その作品にはアズールレーン、原神、崩壊3rd、崩壊:スターレイル、ドールズフロントライン等が含まれる。また、日本のアニメーション産業への出資を進めており、グループ会社の绘梦动画を通して独自のアニメ制作も行っている。日本のANYCOLORと共に上海萌电文化科技有限公司を設立(bilibiliが66%株主)、それを通じて「VirtuaReal」プロジェクトを推進するなど、中国におけるVTuber事業を一手に担っている。

2022年北京五輪のテーマソング「Time to Shine」を歌ったボーカロイドの洛天依は元々日本企業が中国市場向けに展開していたが、2019年にbilibiliに買収された。

2018年、媒体融合発展国家戦略の下人民日報との提携を表明

⑥百度 / Baidu

Baidu

2000年創業のBaiduは、中国随一の検索エンジンであるBaiduを運営している企業である。日本では文字入力アプリのSimejiで知られる。Simejiは日本人プログラマーにより開発されていたが、2011年にBaiduが買収した。2013年、入力情報を収集していることで批判された。

⑦悠星 / Yostar


Yostar

2017年、miHoYoを退社した李衡達が設立した企業。アズールレーン、雀魂アークナイツブルーアーカイブエーテルゲイザー等の配信を行っている。また、Yostar Picturesを立ち上げアニメーション制作にも力を入れている。

2022年、Yostarの党委員会書記に選出された秦斯尧副社長

その他、トップウォーを制作した北京江娱互动科技有限公司(RiverGame)、アークナイツを制作した上海鹰角网络科技有限公司(HyperGryph)、アズールレーンおよびエーテルゲイザーの開発元である厦门勇仕网络技术股份有限公司(YONGSHI)も、国家文化輸出重点企業に指定されている。これまで列挙した企業の中には相互に株式を持ち合っているものもある。

全ては政治である

中国の国家的に事物を宣伝・浸透させる方策は、今に始まったことではない。例えば民間医療として親しまれている鍼灸は、西洋医学に代わり東洋医学を普及させるという毛沢東の意向により広められたものだ。中国の象徴的な動物であるパンダは、中国大陸の一部にしか生息しないことを利用して世界中に輸出されている。もちろん、だからといって鍼灸師やパンダ愛好家が全員親中派かと言えば、そうではない。だが、それがある意味中国の戦略なのである。つまり、無知で純粋な人々を国策に利用し、気づけばプロパガンダに加担しているという卑怯な戦略である。中国脅威論の“バイブル”ともいえる『超限戦』(1999)では、21世紀の戦争は戦地と銃後の区別がなくなることが語られている。2022年のウクライナ侵攻や2023年のガザ侵攻で、SNSやメディアを利用した工作が話題となったように、超限戦は既に現実のものなのだ。

確かに現代中国では、特に若者の間で反共産党的な立場が広まりつつある。将来的には、共産党政府が打倒され、真に民主的で自由な国際競争が行われるかもしれない。だが、そうした楽観論を信じて巨大化する中国を放置し続けてきた歴史も忘れてはならない。

「備えあれば憂いなし」とは、中国の古典『書経』の一節である。

※特定の国家・団体・人物・作品を誹謗中傷、あるいは礼賛する意図はありません。本稿は今後内容を改める可能性があります。


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