「中国化・韓国化」するpixivとオタクの未来
今回は題材として日本最大級のイラスト共有サイトであるpixivの上位タグ10個の変遷を追いながら、近年急速に進むpixivの「中国化・韓国化」を検証し、副産物的にコンテンツの栄枯盛衰の一面も探る。最後に、現状をもたらした原因を考察する。
腐女子の時代:2008 - 2015
初期のpixivの構造は、「独走する東方に追いつこうとする腐向け作品」である。東方は、2008年5月から2013年7月に艦これがトップになるまでの約5年間、多少の変動はあれどほぼ一貫して1位を独占し続けてきた。また、2008年は下位に「霊夢」「魔理沙」「例大祭」がランクインするなど、ランキング全体を東方が支配していたと言える。
この流れが変化するのが2009年2月で、新参の「ヘタリア」が一気に2位へ食い込んだ。下位タグも「APH」「APH漫画」「本田菊」のような関連タグが浮上し、さらに「腐向け」というド直球のタグが上位常連となる。だが、2010年2月に「デュラララ!!」が一時的にヘタリアを抜き、3月のpixiv作品数の大幅増加に伴いランキングが流動的になったことでヘタリアは徐々に勢いを失っていく。
ヘタリアの衰退後、「戦国BASARA」「エルシャダイ」などが浮上したが、東方を抜き1位になることはできなかった。しかし、厚い東方の壁が破られたのはそう遅くはなかった。2011年2月、「魔法少女まどか☆マギカ」が史上初めて月間投稿数1000の大台に乗って1位となったのだ。もちろん「佐倉杏子」「暁美ほむら」「美樹さやか」「巴マミ」「鹿目まどか」の5タグもランクインしている。ここで注意しておきたいのは、まどマギは腐向け作品ではなく、むしろ男性をターゲットとした作品であることだ。東方しかり、まどマギしかり、トップは非腐作品で2番手が腐向け、というのがこれまでの潮流であった。この潮流は、まどマギと入れ替わるようにして「TIGER&BUNNY」が1位になったことで一旦途切れるが、2011年の夏頃からは再び東方が首位に復活する。
2011年下半期は「うたの☆プリンスさまっ♪」「イナズマイレブンGO」といった腐女子受けしやすい作品もランクインしたが、東方優位には変わりなかった。「アイドルマスター」「Fate/Zero」「スマイルプリキュア」などの男性向け作品も登場したものの、すぐに脱落した。2012年6月、「黒子のバスケ」が月間投稿数1200でトップとなり、東方はまた王座を譲ることとなったが、9月には追い抜いている。特筆すべきは7月から「オリジナル」タグが急増し、有力候補となったことだ。「オリジナル」はのちに東方に代わって1位常連の座を維持する。
2013年4月に腐女子とも親和性がある「進撃の巨人」が首位になり、ガッツリ腐向けの「Free!」が下位にランクインしたのち、8月に「艦隊これくしょん」「艦これ」がツートップを占めた。東方以外で完全な非腐向け作品が首位になるのはまどマギ以来約1年半ぶりである。その後、2014年3月から「ラブライブ!」がランクインし、2014年中は「艦これ」「艦隊これくしょん」「東方」「ラブライブ!」が上位を争う構図が続いた。
腐向け作品もまだ駆逐されたわけではない。2015年1月には「刀剣乱舞」が月間投稿数1000を越え1位に躍進、春には「血界戦線」もランクインした。また、10月にはかの「おそ松さん」がトップ争いを制し、「BL松」「一カラ」のような関連タグもランクインした。しかしながら、2015年の暮れにはおそ松さんも順位を落とし、トップ10からは姿を消した。以後、いわゆる腐向け作品がランキングで優位に立つことはなかった。
ここで一旦、これまでの流れを総括する。pixivは開設以後、ほぼ一貫して東方が首位の座にあり、それを腐向け作品が追い続け、時には追い抜くという構図があった。その過程で男性向け作品も度々ランクインし、2010年代半ばには腐向け作品を追い落とした。
また、この時期に投稿された作品は、以降の作品とは毛色の違うものが多い。例えば、黎明期には「風景」「背景」などの一般的なタグや、「pixivファンタジア○○」のようなpixiv独自のイベントタグもランキングに載っている。いわゆる版権絵も、腐向け作品ではキャラ同士の関係性に着目したイラストが多いし、一見R15/18ばかりに思える艦これでもコメディやシリアスものが一定存在する。2024年から見て2015年はpixivの折り返し地点となるが、人気イラストが極端に性的魅力に振ったものばかりになるのも、ちょうどこの頃であり、ユーザーとクリエイターの嗜好の変化が伺える。
停滞とマンネリズム:2016 - 2020
2016年1月、「Fate/GrandOrder」がランクイン、3か月でオリジナルに次ぐ2位となった。5月には「Re:ゼロから始める異世界生活」と関連タグがランキングを占めたが、間もなく脱落した。面白いことに、初の海外作品タグとして「ズートピア」「ニグジュディ」が一瞬ランクインしている。その後、「君の名は。」関連のタグが浮上したがすぐに消えた。2017年1月にFateはオリジナルを抜いて首位につき、以後2019年夏まで2年間オリジナルとの首位争いを演じる。
2017年は「けものフレンズ」「小林さんちのメイドラゴン」「エロマンガ先生」といったその時々の人気アニメのほか、「NieR:Automata」「ニューダンガンロンパV3」のようなゲームタグもランクインしているが、やはり特記したいのは9月に現れた「アズールレーン」である。アズールレーンは中国の作品として初めてランクインしたという点も重要だが、私が着目したいのは同時に引き連れた「魅惑の谷間」「お○ぱい」というタグである。「お○ぱい」のランクインは2009年3月以来実に8年半ぶりで、以来ランキングの常連に成り上がった。また、2017年から毎年7月頃に「水着」というタグがランクインするようになった。「水着」の作品数は年々増加し、2023年8月には過去最高の1081に達している。pixivのアダルトサイト化はまさにこの頃始まったと言えよう。
その後は約2年間、FGOに魅力的なキャラが実装されればFateがオリジナルを抜き、熱が冷めればオリジナルが首位になる、という流れが続いた。下位にはその時期に話題の作品がランクインする程度で、あまり変わり映えしない。2019年6月に「明日方舟」が中国語タグとして初ランクインし、同じ頃「鬼滅の刃」がFateを下しランキングも変動したが、何かが大きく変わることはなかった。気づけばトップ10のうち作品を指すタグはFate系のみで、他は「女の子」「漫画」「創作」といった用語関係のものばかりであった。爆発的な人気を広く得る作品を、人々は欲していた。
静かなる侵略:2020 -
2020年初頭、下位にアズレンやアークナイツが頻繁に登場し、常にどちらかがランクインするようになった。FGOがかつての勢いを失う一方で、オリジナルは月間作品数2000を突破した。「女の子」も1000を越えている。コロナ禍真っ只中の夏に「バーチャルYouTuber」「ホロライブ」がランクインするも、ランキングの大勢を変えるには至らなかった。
この状況をひっくり返したのが、9月にリリースされた「原神」である。原神はいきなり月1400作品を供給し、「GenshinImpact」タグと合わせて2000に上った。2021年3月に「ウマ娘」「ウマ娘プリティーダービー」が一旦は上位を占めるも程なく原神に抜かれている。FGOは2021年末にはランキングから姿を消し、日本の作品は辛うじてウマ娘が原神に食らいつく形である。
旬の作品でも、「SPY×FAMILY」「リコリス・リコイル」「ぼっち・ざ・ろっく!」が最下位に顔を出す程度で、目まぐるしくランキングが移り変わったかつてとは程遠い。2023年1月には「ブルーアーカイブ」が作品タグとしてはトップとなり、全体としても4位についた。「ブルアカ」「BlueArchive」と合わせた3タグの合計で原神を上回り、2024年4月に投稿された作品は4000個に上る。さらに「崩壊スターレイル」「ゼンレスゾーンゼロ」といった他の海外作品がランキングを独占しており、2023年3月に「ウマ娘プリティーダービー」が脱落したのを最後に、日本の作品は10位以上になっていない。
「女の子」タグを検証する
上は用語タグの1つである「女の子」が、どのようなジャンルのタグと共につけられているのかを、いくつかの要素に分けてグラフ化したものである。見て分かるように、中国作品と韓国作品(ブルーアーカイブ)が2020年代に入って大きく増えており、2024年には『ゼンレスゾーンゼロ』のリリースなどから、このまま行けば「オリジナル」を抜くと予想される。一方、日本作品は増加傾向を2017年に中国作品の登場で腰折れにさせられ、VTuber関連も中韓作品には遠く及ばない。
総括
中韓躍進の要因
ここまで、pixivの人気タグを追うことで、中国・韓国の作品が大きな人気を得ていることを確認した。最後に、このような事態になった原因を考えてみたい。
まず前提として、pixivはあくまでサブカルチャーのごく一部を表すプラットフォームであり、標本としての適切さにも疑いが残ることは否めない。2008年から2015年にかけてpixivで腐向け作品が一定の人気を有していたからといって、それがオタク文化の全体的潮流であるとは断言できない。2024年は日本の作品が全くランクインしていないが、『推しの子』は鬼滅の刃に匹敵する人気を得ているし、『しかのこのこのここしたんたん』のOPは1500万以上再生され、海外にも知られている。イラストに適した(≒性的魅力の高い)コンテンツと、一般的に人気のコンテンツは異なることには注意せねばならない。
だが、『原神』や『ブルーアーカイブ』をはじめとする中韓作品が日本作品を押しのけて覇権を握っていることに異論はないだろう。オタク産業のファーストターゲットである男性の胃袋ならぬ金○袋を掴んだという意味で、単なる数字以上の影響をも及ぼしているのかもしれない。「オタク」という語が生まれてから約50年間コンテンツの供給を独占していた日本にとっては、彼らの登場は歴史的な分岐点である。
それでは、なぜ日本の作品はかつての勢いを失ってしまったのだろうか。これにはいくつもの要因が複雑に絡み合っていることは言うまでもないが、「内向きの構造のジレンマ」と「民族意識の欠如」が大きなファクターであると思われる。
「内向きの構造のジレンマ」とは、オタク産業が抱えるジレンマである。オタク産業が拠り所とするオタク文化は、そもそも内向きでニッチなものであった。だが、オタク文化が産業化し、ネットの発達で海外に輸出されるようになると、ある問題が発生する。本来は少数の人々が楽しむよう設計された(あるいはその前提が暗黙的にある環境で作られた)コンテンツが、想定を超えた規模で広がってしまい、一種のバグ状態に陥ってしまったのだ。「一億総オタク社会」と言っても構わない程広まったオタクコンテンツは、自己の存続のため本性を押し殺してポップカルチャーの仲間入りに奔走する。
このジレンマを衝いたのが中韓の作品である。彼らの作品は海外展開を前提に構築されており、その時点で内向きではない、外向きの構造を有している。さらに、従来のオタクコンテンツがもつ性的魅力を過剰にブーストし、男性オタクの心を奪った。一方で、miHoYoのスローガンが「Tech Otakus Save the World」であるように、オタクを格好よく見せながら、一般社会への順応をアピールする。過去に流行ったアダルトゲームの一シーンをオマージュするなど、内向きの性質を具え、日本人に寄り添うことも忘れない。これらの条件と他の様々な要因が組み合わさって、ガラパゴス性があったオタク産業に海外から進出できたのである。
「民族意識の欠如」も、大きな役割を果たしている。ガラパゴス的なのは何もオタク産業に限った話ではない。日本という国そのものが歴史的にガラパゴスで内向きの国家なのだ。身内で団結し他国に立ち向かう必要が歴史的に少なかったため、明治維新以降強引に「日本人」という民族を作り上げ西洋列強に対抗していったわけだが、その帰結が敗戦であったために再び民族意識は失われた。戦後、アメリカの軍事力の下経済成長する中で民族意識は完全に消失し、三島由紀夫がいうところの「空っぽの経済大国」に至った。
景気が悪くなると、日本人はとってつけたように民族性を持ち出してきた。その最たる例がネトウヨである。00年代から2015年頃にかけて、オタクとネトウヨはかなり接近したが、彼らはむしろ嫌悪された。ステレオタイプなネトウヨが消えるのと時期を同じくして最大規模の韓流ブームが起こり、フェミニズムやポリコレの流入も相まって民族そのものが否定されるようになった。日本人も韓国人も中国人も、見た目も中身も変わらない時代にコンテンツの国籍などどうだっていいのだ。
オタク文化はどうなるか
現在の状況が続けば、中韓企業のコンテンツは更に勢いを増すだろうし、アニメの下請けやメディアへの浸透で日本のコンテンツの内部にも影響力をもつようになるだろう。その流れに引っ張られて、オタク文化はますます肥大化し、本質を見失ったまま全人類にあらゆる形で飛散する。VTuber、アイドル、アニメ、ゲーム、マンガ、あらゆる形態を巻き込みながら――