猫の僕らが紡ぐ、我が家の話 16
☆ 一杯の珈琲 ☆
こんにちは。今日もいいお天気だね!僕ゆきは元気だよ。
今日はママと珈琲のお話だよ。
もう10何年前のこと、ママはいつもOさんとKさんという仲良しさんにちゃっかり混ぜてもらって、ランチに行ってた。その頃ママはまだ病気じゃなくて、普通の目立たないOLだった。
ある日Oさんが、
「今日はジローに行って珈琲が飲みたい。」って言った。
「ジロー?」
「そう、すんごく美味しい珈琲を出す店なんだけど、そこの親父は強烈だからね、気をつけてね。」
実を言うと、その時までママは絶対的紅茶派で、珈琲は苦手だった。でも「強烈な親父」ってなんだ?そりゃあ会ってみなくちゃ、というわけで、とことこついて行った。
そこは『Jiro'sカフェ』という犬の絵のかかった小さな喫茶店で、その絵がないと、見過ごしてしまいそうな感じだった。
でも入ってみたら、全部が木造りで、ランプに趣があって、昭和モダンみたいなレトロな雰囲気を、ママはたちまち気に入った。
すると奥から、後でOさんに「死神博士のような」と言われた強烈な親父という人が出てきた。
年の頃は50代?少し長めの髪をオールバックにしていて、痩せてて、にこりともしてない。目つきが異常にするどい。いらっしゃいも言わない。
3人がおずおず座ると、一応メニューらしきものが出てきたんだけど、何も言わないうちにその親父(まあ、マスターだよね)が、
「うちはブラジルサントスNo2がいいよ。これが一番美味しいの。」
と言って、お客の意向など聞きもせず、奥に引っ込んでしまった。
Oさんは慣れてたらしいけど、初めてのKさんとママは、はあ、と口を開けたまま珈琲が出てくるのを待った。注文も何もあったもんじゃないよね。
で、「お待ちどう。」ってマスターが持ってきた珈琲が!今でもママが夢にも忘れられない、とても、とても美味しい珈琲なんだ。
苦くなく、薄くなく、濃くもなく、するっと喉を通る。香りが豊かで、色合いも美しい。
その時からだよ、ママが珈琲もまあまあ積極的に飲むようになったのは。
後日マスターが「俺の淹れた珈琲は子供でも飲めるから。」と豪語したとおりの、なんともいえない素晴らしい珈琲だった。
砂糖も、一番上等なお砂糖で、これも後でマスターに教わったんだけど、最初にまず一杯その砂糖を入れておく。かき混ぜずにおいといて、最後の一口をその砂糖とともに飲む。
それがまた美味しいのなんのって。「天使の一杯」だか、「天使の一滴」だっていうんだよ、って教わったけど、本当にそんな感じだった。
それからね、ふふふ、マスターはOさんが気に入ったらしく、3人で行くたんびに、ほかの2人は無視して、勝手に話に入ってきて、Oさんにばかり話しかけてた。
ある時には、「あのさあ、Oさん、アルバイトに来ない?」なんて言ってた。Oさんは謹んで辞退してたけどね。
それから
Oさんは会社を辞めて、Kさんも実家に帰っちゃった。ママは一人になった。寂しかったって。Jiro'sカフェにも行きたいけど、一人ではなかなか行きづらくて、時が過ぎてった。
でも、ある日意を決してママは一人で行ってみた。
そしたら
Jiro’sカフェはきれいさっぱりなくなっていて、駐車場になってた。
なくなってる。。。。
それっきり、あの親父はどこへ行っちゃったのかわからない。
偏屈だったけど、怪我した鳩を保護したり、迷い込んできた猫を家猫にしてあげたりする優しい一面もあった。お店の前のお花もよく手入れしていて、とても綺麗だった。
あれより美味しい珈琲をいまだにママは飲んだことがない。
Jiro’sカフェに行けていた時は、夢みたいな時間だった。会社はどんどん忙しくなって、お昼の帰りにちょっと珈琲なんて言ってる暇はなくなった。
今でもママはあの親父の(あ、マスターだよね)淹れてくれる珈琲が飲みたい、と思ってる。
親父にしてみたら、多分「あんた誰?」だけどね(笑)。
で、今日もママはお気に入りのカフェや喫茶店で珈琲を飲む。そして、時々親父のことを思い出す。元気でいるといいなって。
じゃあ、今日はここまで。読んでくれてありがとうね!
ゆき