ユニコーン経営者が語る。「研究者よ、夢を叶えたければ社長になろう!」
2022年は「スタートアップ創出元年」として、オープンイノベーションや資金調達支援が打ち出されるなど、スタートアップ支援の動向に注目が集まっています。研究者として自らの発明で社会に貢献するには、大学に留まっていては実現できないと、大学を飛び出し起業した株式会社HIROTSUバイオサイエンス 広津 崇亮社長。起業から5年でユニコーン企業への成長を果たした広津社長に、研究者とスタートアップの共通点、スタートアップを取り巻く環境についてお話を伺いました。
発想の転換から生まれた新しい検査手法
-どんな事業内容か教えてください
線虫という嗅覚に優れた生物を使い、尿1滴からがんのリスクを高精度に判定する、世界初の簡単がんリスク早期発見サービス「N-NOSE®」を開発し、実用化に取り組んでいます。
従来のがん検査は、がん種ごとに検査を実施することが前提であったり、高額であったり、病院に行かなければならず、費用的にも時間的にも身体的にも負担があり、誰もが気軽に受けることは難しく、それが、がん検診の受診率が上がらなかった原因でした。
それに対しN-NOSEは、生物の能力を使うという大きな発想転換をしたことによって、安くて精度も高く、さらに簡便な検査を実現しました。従来はがん種ごとに検査を実施する必要がありましたが、N-NOSEは全身を網羅的に検査することができます(※線虫は15種類のがんに反応)。従来には見合う検査手法が無かったために存在しなかった、「がん検査の一次スクリーニング」という新しい形を提案することで、広く多くの方に使っていただけるようになりました。
-最初から線虫ががんのにおいをかぎ分けられるとご存じだったのでしょうか?
いえ、私のひらめきです(笑)もともと線虫はがんを見つけるための生き物ではなく、人と共通の部分を持ち、生命現象の基礎研究に用いられるモデル生物です。私が大学院生で生物学を研究していた時には、線虫の嗅覚のメカニズムやにおいの好き嫌い、においの記憶などを研究し論文を書いていました。
線虫によるがん検査をやろうと思ったきっかけは、大学で研究室をもち、研究費を獲得するために、世界にまだない自分だけにしかできないテーマを考えはじめたことでした。そこで、線虫が嗅覚に優れていることを活かすと同時に社会にも役立ちそうなテーマをいくつか考えたのですが、その一つが、線虫によるがんのにおいの研究だったのです。犬を用いてがんの匂いをかぎ分ける研究があることは知っており、犬ができるなら線虫でもできるのではないか、というひらめきから始まり、当初は「うまくいけばいいな」というような感覚でした。
研究者と起業家の分岐点
-引き続き大学で研究し続けるという選択もあったかと思いますが、なぜ起業をされたのでしょうか?
大学に長く居たため、大学研究の仕組みや、研究費の取り方などはよく知っており、この場所にいる限りどう頑張っても数百万円から数千万円程度の研究費しか得られないとわかっていました。また、大学は人件費という発想がなく、学生に無料でやってもらう範囲でしか研究ができません。私が研究室の端っこで細々とするような研究であれば可能ですが、実用化までの道のりを考えると難しくなります。
そんな矢先、私の研究が面白いという企業の方があらわれて、一緒に共同研究をスタートしたのですが、2つの理由から半年で諦めざるを得ないこととなりました。1つは、事業化までの時間です。ノウハウや知識を持っているのは私ですが、事業化するのは企業で、私はタッチできない。そんな話が進むにつれ、これは明らかにもの凄く時間が掛かりそうだと感じました。2つ目は、事業化に私が関わらない場合、企業がどう事業化するかを制御できなくなります。例えば、この検査をいくらで売るか、科学者として安く実現できる技術だからこそ広く普及できるという想いがあっても、それとは違う方向に進むかもしれないと思ったのです。
そして、最後の選択肢である、自分で会社を起こすという考えに至りました。
-ご自分で会社を起こし、それまでの研究者とは違う立場となりましたが、どのようなご苦労があったでしょうか?
実は今のHIROTSUバイオサイエンスという会社を起こす前に、福岡で一度会社を立ち上げて失敗しています(笑)その会社は、私が大学の先生と兼業で技術担当に就き、他から社長を連れてくるというやり方でした。当時、私が所属していた九州大学は、兼業で社長に就くことを認めてはいたのですが、周囲の知見のある方々から「研究者が社長をやらない方が良い」という考え方も聞いていたので、社長やCFOを連れてきて起業しました。しかし、資金も社員も集まらず、1年間、何も進みませんでした。それで、新たに立て直したのが今のHIROTSUバイオサイエンスです。
―そのときの経験をもとにリスタートされているわけですね。
そうですね。いざ社長をしてみると、研究者が社長に就くメリットがたくさんありました。研究している本人が直接話すので、相手も話の内容を信用してくれますし、その場で質問も受け答えできます。また、社長・資金調達担当・研究者の3人揃わないと話が進まない、ということがないので、経営のスピード感も上がりました。
また、事業計画の立て方が、とても大事だなということを改めて体感しました。先程話した失敗した会社では、一般的な知識に基づいて、いわゆるSWOT分析して「このがん検査の強みは安さで、弱みはがん種を特定できません」というような、メリットもあるがデメリットもあるという分析をしていました。だから、なかなか魅力的に見せることが難しく、ライバルも山ほどある技術に見えてしまっていました。
しかし、HIROTSUバイオサイエンスで社長に就任し、自分で事業計画を立てた時は、他の技術のライバルではなく「がん検査の一次スクリーニング」という新しいものを生み出す検査手法だと位置づけを変えたのです。そうすると、がん種が特定できる必要はなく、むしろ一次スクリーニングが実現できれば、その後のがん種検査も効率的に行うことができ、そのような検査はライバルもいないので、魅力的にアピールすることができます。「がん検査の一次スクリーニング」として説明をし始めたら、ものすごく周囲の反応が変わりました。つまり、事業計画も教科書通りに立てればよいのではなく、新しい発想がないと、なかなかお金などは集まらないのだと実感しました。
自分の技術で社会に貢献するには、起業したほうが大きな可能性を手にできる
-2回目の起業をトライしようと思った原動力は何だったのでしょうか?
自分自身が発明した技術が世の中に広まり社会に貢献できることは、科学者の夢です。自分の技術にはそれを実現できる可能性があると思えたので、大学を辞めて社長になるという決断をしたわけです。そして、自分が正しいと思う、常識にとらわれないやり方でやってみようと思えたからですね。私はずっと大学にいたので、会社法や株式などビジネスの勉強もしたことがなく、1社目の時は「自分が知らないから周りが正しい」「真似することが正しい」と思い込んでいました。しかしながら、いわゆる教科書通りのことをやったら、うまくいかないし、ストレスは溜まるしで、失敗したわけです。そこで、吹っ切れました。研究者は新しいことを発見することが研究者で、これまでずっと従来にないことを考えていたのだから、社長業も研究者と同じ感覚で、自分が正しいと思う方法でやろうと思ったのです。
-研究者である後輩の方々が、起業の相談に来られたらどのようにアドバイスしますか?
起業家になりたいと言う人には背中を押します。
私が会社を作った時に実感したのは、自分の技術が世の中に広まりビジネスになることが説明できれば、大学の研究費とは桁がまるで違う規模の資金を集められるということです。そもそも日本は、大学での研究費がどんどん削られているので、少ないパイをみんなで奪い合っているわけです。さらに、研究費が取れたとしても数百万円から一千万円程度です。それでは、新しい発想が生まれるわけがありません。それが、起業したことによって、使える費用が何億円というレベルになることもあります。リスクはありますけど世の中に打って出て、理解してもらえたら集まる資金の規模が違うので、やるべきだと思います。やっぱり、成功したかったら、ちょっとは無理しないと駄目ですよね。
-「がん検査の一次スクリーニング」という新しい市場を創っていくにあたり、既存市場の障壁のようなものはなかったのでしょうか?
さほど抵抗はなかったように思います。論文などを読んでもらい、お会いして説明すると、真っ向から反対される方はほとんどいませんでした。でも、お会いしていない方には説明する機会がないので、影で何か言われていてもどうしようもありませんね。日本はまだまだベンチャー企業を育む文化が整っていないと感じます。イノベーションや尖ったものが出てくると、応援よりも、その中身をあまり調べずに批判が先行します。海外では、そういう印象を持ったことはありません。そういう文化が日本全体のイノベーションを阻害しているのではないでしょうか。新しいものに対する社会全体の捉え方を変えていかない限り、多くのベンチャーが大変な思いをしていくのではと危惧しています。
同じ方向を見て応援してくれる投資家から資金を調達
-FVCが運営するファンドなどから資金を調達されたのは何故ですか?
資金調達のやり方も、常識通りにしないでおこうと考えました(笑)はじめは、様々なVCの方とお会いしたのですが、話が全然通じないのです。科学のことをあまり詳しくないことも多いですし、やっぱり上場有りきの話が多く、研究に対する考え方や事業に対する考え方がもの凄く合わないことが多かった。それで、意図的に応援姿勢が感じられた金融機関系VCを選ぶことにしました。その資金で2年ほど研究を前に進め、ある程度成果が見えた段階で、事業会社から資金調達をしました。
FVCは金融機関系ではありませんが、担当の岩本さんが「応援団でありたい」と言ってくれて、普通のVCと違うと思いました。事業を応援してくれて、規模が大きくなり、最終的には株価に反映されるものだと私は思っています。でも、なかなか最初から応援姿勢でスタートしてくれるVCはあまりいないんですよ。だからFVCに入ってもらいました。岩本さんは、投資家や協業相手など、様々な企業を紹介してくれます。また、面談をしていても、VCに審査をされている感がないですね(笑)数字や未達の理由ばかり聞いてくるVCもいますが、岩本さんとは将来の夢を一緒に楽しく話し合っているという印象です。
地域連携を進め、がんの「早期発見」を促し、生存率向上を
-今後、地域社会に対してどんな役割を果たしていきたいですか?
この検査を受けたい人が受けられる環境を少しでも広げていきたいです。「N-NOSE」は採取した尿を冷蔵輸送する必要があるため、現在の地域カバー率は全国で75%(首都圏に限れば99%)となっており、より地方に広げていきたいです。尿検査なので気軽に採取ができますから、自治体と連携したり、学校で子供の尿を採取したりできれば、日本全国、津々浦々に広げていけると考えています。自治体との連携は少しずつ進んでいます。検査センターも地方に増やし、その地域の雇用拡大にも貢献できれば嬉しいです。
地域との連携でいうと、尿サンプルの分析をする自動解析装置の初号機は、松山の中小企業に作ってもらいました。当初、自動解析装置の製作は大手企業に依頼をしていたのですが、すごく時間がかかるので、小回りが利いて実力がある松山の機械メーカーを探しだし、製造を打診してみたところ、あっという間に作ってくれました。その時、地方の製造業の底力みたいなものを感じましたね。我々のようなベンチャー企業は、最初、大企業の方が安心できるから、という理由で選んでしまいがちですが、地方の中小企業と組むことも積極的に検討するべきです。ちなみに、松山の製造業はお願いしてから3ヶ月間で自動解析装置を作ってくれたのですが、大企業はお願いしてから3ヶ月間、作るかどうかを悩んでいました(笑)
-御社を一言で表すとしたらどういう表現になりますでしょうか?
「行儀のいいベンチャー」ですね(笑)日本の場合、ベンチャーと言えば、ラフな私服で、若い人たちがものすごく意識高く頑張っているITベンチャーを、皆さんイメージしやすいと思います。自分たちもベンチャーだから、その良さは残さないといけないと思っていますが、やはり医療サービスなので、医療関係者に信頼されるような、服装や振舞いは大事だと社内で話しています。でも、最近は社員が行儀良すぎるので、もう少しやんちゃしてチャレンジしてほしいとも思っています。理想は「程よくやんちゃして、大事なところは行儀よく」ですね(笑)
広津社長の”座右の銘”
「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」
作家 高村光太郎の詩です。創業時から「常識の先を行く」と言っていたのですが、最近更新しました。まさに今道を創っているその真っただ中ですね。実は、妻に「あなたにぴったりの言葉がある」と言われた言葉です。
投資担当者からひと言
HIROTSUバイオサイエンスはこの数年で飛躍的に事業成長しているスタートアップですが、その裏には広津社長の情熱と、長年に亘る研鑽の日々があります。同社にしか提供できない、身体への負担が無く・費用も安い・そして早期がんも高精度でリスクチェックが可能な「線虫がん検査N-NOSE」を、是非皆さんも試してみてください。(岩本 直人)
インタビュアーからひと言
「常識の先を行く」姿勢で、バイオサイエンス分野で新市場を切り拓いてきた広津社長。それが実現できたのは、理路整然とお話しされる中に感じた、発見・変化を楽しむ柔軟な感性があってこそのように感じました。広津社長の背中を見て、多くの研究者が羽ばたき輝ける社会になることを願っています。
投資ファンド
えひめベンチャーファンド2013
えひめ地域活性化ファンド
◆株式会社HIROTSUバイオサイエンス ウェブサイト
◆N-NOSE® サービスサイト
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