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2018年10月の記事一覧
穴の空いた靴下(序章)
登場人物
柴田 弘幸(21)大学生。一人暮らし。
倉石 礼二(40)会社員。既婚者。
坂木 孝平(36)柴田が働くバイト先の店長。バツイチ
土岐 綾奈(21)柴田の彼女。
三上 圭介(40)ロックバンド「loch(ロッホ)」のギターリスト。1ヶ月前に死去。
分厚い遮光カーテンが、朝になっても薄暗さを保っていた。7畳そこそこの細長い部屋。片側の壁はテレビを挟むように低い棚が並べてあった。テレビの前
穴の空いた靴下(1話)
柴田のバイト先は、家から自転車で10分ほどの大通りに面した本屋だった。
ただ、今日は自己タイ記録をマークした。5月24日。夏が近づいてきたような気がしていたが少し肌寒い日だった。それでも、大急ぎで向かった結果、背中は少しぬめっとした気持ちの悪さを感じていた。
自転車置場に着いて腕時計に目をやる。8時54分。ギリギリセーフ、と心の中で呟いた。裏口から入り、スタッフルームにあるタブレット端末のタイ
穴の空いた靴下(2話)
平日だから、というわけでもなく、基本的にそこまで忙しくないのが柴田が働く本屋だった。特に午前中は暇を持て余す年配のお客さんがちらほらやって来るくらいである。
美人で、なにより独特な魅力を放つ森野。そんな彼女を目当てに店へ来る客もいる。しかし、彼女は適当にあしらいつつ本を買わさせるという強い女性だった。時折しつこい客が現れるが、それは柴田や店長——今日は午後からの出社だった——が追い払う役目を担っ
穴の空いた靴下(3話)
スタッフルームに入り、タブレット端末のタイムカードを切る。13時3分。柴田は本日の労働を終えた。
スタッフルームは入り口から右側にロッカー置き場、左側は休憩スペースになるテーブルと隅には社員用の——と言っても社員は店長のみだが——机とパソコンが置いてあった。
柴田はロッカーを開けてジャケットとトートバッグを取り出して脱いだエプロンを代わりに入れた。
社員机の方に目をやると店長が仕事をしていた
穴の空いた靴下(4話)
柴田は改札を抜けてホームへの階段を降りる。
スマートフォンで目的の駅までの時間を調べると50分ほどで着くらしい。追悼式の会場までは最寄駅から歩いて10分。「1時間くらいか」スマートフォンをスラックスの左ポケットに突っ込み、やってきた電車に乗り込む。平日の昼間だからか。急行にも関わらず車内は空いていた。柴田は端の席に腰を落とし、少し眠ることにした。
人が降りていく気配を感じて目を開ける。気づくとそ
穴の空いた靴下(5話)
15分ほど電車に揺られ目的の駅へとたどり着いた。平日でも若者で賑わう改札口を抜けて、すぐ近くにある喫煙所へと柴田は向かう。雑踏の音を打ち消すようにイヤホンから流れる音楽のボリュームを上げた。
15時32分。腕時計を確認してタバコに火をつける。ポツポツと雨が降ってきた。気がつけば、電車に乗る前よりも、空は黒に近い灰色の雲で覆われていた。
柴田がタバコを吸い終わると雨脚は強まってきた。小走りで駅へ
穴の空いた靴下(6話)
会場内は薄暗く、何度も足を運んだことがあるはずなのに、柴田は初めて来たような感覚を抱いた。
奥にある献花台までの通路には所々にスタッフが立っていて、柴田に向けて「ありがとうございます」と頭を下げた。柴田もそれに応じて会釈した。
ステージ上の献花台は、中央に三上圭介の大きな遺影が飾られ、その脇には三上が生前使用していたギターが何本も飾られていた。そして前面にはたくさんの花が献げられていた。ステー
穴の空いた靴下(7話)
扉を開けて外へ出る。出口は会場の横側へと通じていて、目の前には小さな喫煙所があった。柴田の他に2人の男がタバコを吸っている。
まだ少し雨が降っていたが傘を差すほどではなかった。柴田はタバコに火をつけて斜め下に煙を吐き出した。
出口の扉から1人の男が現れた。遺影を見つめて静かに涙を流していた男だった。男も喫煙所に入り、タバコを吸い始める。
先にいた2人が喫煙所を去り、柴田はその男と2人きりにな
穴の空いた靴下(8話)
ポツポツと降る雨の中、柴田はタバコを吸いながら喫煙所にいる男を盗み見る。タバコを持つ男の左手には皮を破って浮き出たような骨を模したタトゥー。献花台の前で見た時から、柴田はそのタトゥーが気になっていた。印象的なのはもちろんだが、そのタトゥーをしている男の存在を過去に聞いたことがあるからだった。
「おいくつですか?」
男が唐突に訪ねてきたので、柴田は盗み見していたことがバレたのかと動揺する。目が合
穴の空いた靴下(9話)
柴田と倉石は飲食店が立ち並ぶ通りを歩いていく。平日の夕方だからか、そこまで人は多くなかった。
「あ、そもそもまだ店空いてないかな……」倉石は腕時計に目をやり呟いた。
「まだ16時過ぎですもんね……」
「だよねー。ちょっと電話してみるわ。多分開店準備はしてるはずだから」
倉石はそう言ってスマートフォンを取り出し電話をかける。二人は道の端によってしばし立ち止まることにした。
「……もしもし。あ、