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崖っぷちのはにわり 第7章 秘密の露呈
窓から朝日が差し込む眩しさに目が覚めた。眠い目をこすりながら枕元の目覚まし時計を見ると7時半を回っていた。
「やば!」焦った。
一気に目が覚めた。いつも6時半には、起きないと学校へ間に合わない。
慌ててパジャマを着替え洗面所に急ぐ。
「ああ、やってしまった」
眠れぬ夜の私の頭の中には、すばるの事で頭が一杯だった。
眠ろうと努力したのだが目を閉じるとすばるの抱擁の事を思い出す。
確かにすばるは、いい友達だ。
でも、それ以上の感情は、抱けない。
「私は、女子だ」そう心に言い聞かせている。
男子を恋愛対象にしなければ本当の女子になれないと思うのだった。
その思いとは、裏腹に男子と付き合いたいと思う感情がわかない。
恋愛が怖いのだった。
体の秘密は、どうしても知られては、ならない。
知られたら再び差別がはじまる。
あの時の苦しい思いは、もう二度と味わいたくない。
絶対この秘密は、誰にも知られてはならない。
だから体を接触させる行為は、タブーなのだ。
常に誰かに知られたらどうしようという不安が付きまとっていた。
自分の事を理解してくれる人がいたらどんなに気持ちが楽になるだろう。
「誰かに理解してもらいたい」そんな矛盾した気持ちも湧いてくる。
私の体の事をわかってくれる理解者がほしい。
自分一人で抱え込む苦しさから逃げたかった。
このままでは、誰も心から愛せる人が出来ないような気がしていた。
私の両親は、胸をはって堂々と生きていけば良いと言う。
私の両親は、特別だ。
同性愛者であると言う事で世間から中傷誹謗を浴びせられその苦難を乗り越えて今がある。
その事を聞かされると自分の苦労なんてちっぽけな物に思えてしまう。
しかし、私の中では、生きていくのが辛くなるほど悩ましい事なのだ。
眠れぬ夜を過ごし寝不足で頭がボーとしていた。
焦って制服を着てダイニングに行くと母が心配そうな顔で私を見る。
「夏音、どうしたの。遅刻しちゃうわよ」
「ああ、ごめん。目覚まし鳴らなくて」
「何言ってるのよ。目覚まし鳴ってたわよ。起きないから何度も起こしに行ったのよ」
「そうなの? とにかくもう行くわ」急いで洗面所で顔を洗う。
「朝ごはんどうする?」母が聞いてくる。
「ああ、今日は、いいや」
今朝は、食欲もわかない。
急いでカバンを持って飛び出すように家を後にした。
こうして寝不足でうとうとしながらも、なんとか授業も終わり帰路につく。
校門のあたりに差し掛かると胸騒ぎがする。
いつも、校門の外ですばるが待っている。
昨晩の事を思い出すといつものような平常心でいられない。
合ったらなんて声をかければいいのだろうか。
妙な不安が交錯している。
と、不安な気持ちで校門を過ぎるがそこにすばるは、いなかった。
安堵する気持ちと「どうしたんだろう?」と不安に思う自分がいた。
暫く歩くと後ろから誰かが走り寄る気配を感じた。
「やー夏音ちゃん。一緒に帰ろ」振り返るとその声は、川崎哲也君だった。
「なーんだ、哲也くんか」
「何だよそれ? 俺れじゃがっかりした?」
「いや、そんな事ないけど、すばるだと思って」
「あーいつも一緒にいる子。すばるちゃんて言うの?」
「そうよ」
「夏音ちゃんに声掛けようと思うと、いつもすばるちゃんがいて声掛けづらくってさ」
「そうだったの・・・」
こいつとは、話をしたくなかった。
改めてすばるがバリアーになってくれたのだと感謝した。
「ねえ、最近さ、メールも返信こなかったりでさ、少しさみしーなー、なんて思ちゃったりして」
何だこいつチャラ男か?
「ごめんね。忙しくてメール見てなかった」
「えー? 既読になってたけど」
『だからどうした? うざいんだよ』と思っていても口に出さない。
「そう? ごめん」
「今日この後、時間ある?」
「えー、何で?」
「ちょっとさーお話したいなって思って。この先にクレープ専門店が開店したの知ってる?」
「あー知ってる。あそこのココナッツミルクのクレープ美味しいのよね」
「それ、おごってあげる。だからちょっとだけ付き合ってよ」
『いらねーよ。それ、この前すばると食べたから』とは、口に出さない。
「えー、うれしいわ。ちょっとだけならいいよ」
あー、心にも無いこと言っちゃった。
川沿いの遊歩道のベンチに腰掛けて夕日を眺めながら付き合いたくもない哲也くんとクレープを食べていた。
哲也は、ゲームの話やどこのクレープが美味しいだの聞きたくもない話を延々としてきた。
私は、作り笑いをしながら相槌をうっていた。
こいつ、自分の興味あることしか話さない。
聞いていてうんざりだ。
もうこいつとは、今日限りにしようと決心していた。
「ねー夏音ちゃんってキスとかしたことある」
「えー、無いわ」
昨日、すばるとしたけどそんな事は、口が裂けても言えない。
「ねえ、ちょっと目をつぶって」
「うん? どうして?」
何をしようとしているかは、直感でわかった。
目なんかつぶるつもりは、もうとうない。
「ほら、あそこ」と遠くを指差す拓也。
つられて遠くを見た。それが失敗の元だった。
指差す方向を見ていた瞬間拓也が抱きついてきた。
次の瞬間口が塞がれていた。
やられた!
必至に抵抗しても力強く抱きしめる拓也を跳ね除けることは、できなかった。
やっとの思いで口を離す。
「だ、だめよ。やめて!」
「いいじゃん。ちょっとだけだから」
更に吸い付いてくる拓也の唇。
避けようとのけぞるが強い力で抱きしめられ逃れられない。
『あー気持ちわりー』吸いつく口が異物にしか感じられない。
口を強く閉じる事しかできなかった。
『早く終ってくれ』と心に願う。
しかし事態は、甘くなかった。
興奮が高まる拓也の息は熱気を帯びている。
哲也の体が私の体に密着する。
いやな予感しかしなかった。
「あっ!」
それは、一瞬の出来事だった。
私は、反射的に股間に延びる哲也の手首を押さえた。
その時は、もう遅かった。
拓也の息遣いが止まる。
一瞬時が止まったかのような静寂が襲う。
ぎょっとした顔の拓也は、私から離れる。
まるで幽霊にでも出会ったかのような驚きの表情。
私には、そう見えた。
「おまえ、なんなんだ! 男なのか!」
全身の血の気が引く。
意識が飛ぶのかと思うくらい動揺してしまった。
「ち、ちがう‥」そういうのがやっとだった。
逃げるように走り去る拓也の背中を目で追う。
「だれにも言わないで‥」つぶやくがもう遅い。
油断していた。
一番恐れていた事が起こった。
「もう、これで何もかも終わりだ」
悲壮感が私を襲う。
つづく