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オリジナル小説 高所で会いましょう。#1~#5まとめ

ケント「俺の名前はケント。へイワー村という村に住んでいる。」
ケントが何か言いかけると、シーナの後ろに隠れていた小さな女の子が顔を出し、大きな声で自己紹介を始めた。
「わたしはねー! ククリって言うんだよー!」
ククリと名乗った少女はニパッと笑うとシーナの後ろにまた隠れてしまった。
それを見たシーナは苦笑しつつ、今度は自分から話しかけた。
「私はシーナよ。よろしくね、ククリちゃん。」
「うんっ! おねえさんもよろしくねっ!」
再び顔を覗かせて笑顔で答えるククリに、シーナは微笑みを返した。
そして次に、ククリの後ろから男の子の声が聞こえてきた。
「ぼくはタツヤだよ。よろしくな!」
「…………。」
しかしタツヤの言葉には誰も答えない。
だが、そんなことは気にせずタツヤは続ける。
「俺は勇者だ! いつか魔王を倒して世界を救うんだ!」
そう言ってタツヤは拳を振り上げた。
すると、シーナは困ったような表情を浮かべる。
「……ごめんなさい。私、そういう話苦手なんだ。」
そう言うとシーナはそそくさとその場を離れていった。「あ……」
タツヤはそれを見て呆然としている。
「じゃあ、次はあたしだね!」
すると、今度はユバの隣にいた女の子が声を上げた。
その少女は、綺麗な金色の髪を肩まで伸ばしており、瞳の色は青く輝いていた。
彼女はユバの妹であるサーシャだ。
サーシャは大きな胸を張ると自信満々に言った。
「あたしはサーシャ! 見ての通りエルフ族だよ! 得意魔法は水属性! あとは回復系が得意かな!」
サーシャの自己紹介が終わると、今度はユバが口を開いた。
「ワシの名はユバじゃ。この子らの親代わりをしている者じゃ。」
「……親代わり?」
「うむ。実はワシらは皆孤児なんじゃよ。」
「えっ!?」
ユバの言葉を聞いたケントは驚いた様子を見せる。「それは本当なのか? だとしたら何でお前たちは孤児院にいるんだ?」
「うむ。確かに普通の家庭ならばこんなところには来んだろうな。しかしワシらの場合は少し特殊な事情があるんじゃ。」
「特殊……?」
「うむ。まずはこの子の事について話す必要があるかのう……。」
そう言ってユバはサーシャを見つめながら語り始めた。

あれはまだワシらが幼い時だった。
ある日突然両親が家を出て行ったきり帰ってこなくなった。
それからというもの、ワシと妹は二人だけで生きていくことになった。
幸いにも働き手を失ったことで生活に困窮することはなかったが、それでも子供二人で生きるには厳しかった。
そんな中でも何とか今までやってこれたのは、妹の頑張りのおかげだろう。
妹はとても明るく元気な性格をしており、いつも笑顔を絶やさなかった。
そんな妹を見て育ったお陰もあって、ワシも前向きに生きていこうという気持ちになれたのだ。
そして、いつしかワシらも大人になり、仕事を持つようになった。そんなある日の事だ。
ワシの仕事の関係で、とある街を訪れた時のことじゃった。
街の大通りを歩いていると、不意に声をかけられた。
「すみません。この街の孤児院ってどこにあるのか分かりますかね?」
話しかけてきた男は優しげな雰囲気をまとっていたが、どこか胡散臭い感じがした。
その時はあまり気に留めなかったが、今思えばこの時から奴に目をつけられていたのかもしれんな。
孤児院の場所を聞かれたワシは正直に答えたが、何故かその男に連れていかれた場所は孤児院ではなく、娼館だった。
最初は意味がわからなかった。
どうして自分が連れていかれるのかも、これから何をされるかも分からず混乱していた。
だが、すぐに理解させられた。
男が自分にしてきた事を。
そこから先の記憶はほとんどない。
ただひたすらに恐怖に支配されていただけだったからだ。
目が覚めた時にはすでに日が落ちていて、窓から月明かりが差し込んでいた。
そして隣ではサーシャが泣いていた。
恐らくワシと同じ目に遭ったのであろう。
それからというもの、ワシとサーシャは二人で身を寄せ合って暮らした。
もう二度とあんな思いはしたくないと心に誓い、必死になって働いた。
だが、そんな努力も虚しく、また同じような目に遭わされることになってしまった。
そして再び同じ場所で目を覚ました時に、あの男の口から告げられた言葉は信じられないものであった。
『君たち二人は僕の妻として迎え入れることにした』
ふざけるなと思った。
誰が好き好んであんなおぞましい男の嫁になるものかと。
だが、そんなワシの考えとは裏腹に、体は勝手に動いていった。
そして、気がつけば見知らぬ土地へと連れて行かれ、知らない男たちに体を好き勝手弄ばれていた。
そんな地獄のような日々の中、救いの手を差し伸べてくれた人物がいた。
それが今のワシらの家族であるシスターじゃった。

ワシらを救ってくれた後、シスターはワシらに孤児院での暮らしを与えてくれて、さらには魔法の才能があると言って、魔法の使い方を教えてくれるように頼んでくれた。
ワシらは一刻も早くこの地獄から抜け出したいと思っていたため、すぐに了承した。
そればかりか、ワシらの願いを聞き入れ、奴隷商の元から引き取って、自分の娘のように育ててくれるとまで言ってきた。
本当に感謝してもしきれんほどの恩を受けた。
だからこそ、今度は自分たちが誰かの力になりたいと強く思った。
そして、その思いを胸に秘めながら、ワシは冒険者となった。

ユバの話が終わると、今度はタツヤが話し始めた。
「俺の名前はタツヤ! 勇者だ! いつか魔王を倒して世界を救うんだ!」
タツヤの言葉を聞いたケントは思わず苦笑する。
「……まあ、お前はそういう奴だよな。」
「あ、そうだ!お前は魔王を倒すんだろ? だったら俺たちと一緒に来ないか?」
タツヤは唐突にケントに向かってそう言った。
「……は? 何でだよ?」
「だってお前は仲間がいないだろ?」
「うぐっ……」
図星をつかれて言葉に詰まるケント。
「それにさっきの戦いを見たけど、お前は全然本気を出していなかった。だからもっと強い相手と戦いたいんじゃないかと思ってな。」
「……お前は一体何者なんだ?」
ケントは目の前の少年が只者ではないことは分かっていたが、あえてそう尋ねた。
「俺はただの冒険者だぜ? それよりどうなんだ? 一緒に来いよ。」
「……断る。」
「えー、何でだよ?」
即答された事に驚くタツヤ。
「……そもそも何故お前はそこまでして強くなりたいんだ?」
「それはもちろん世界を平和にするため……と言いたいとこだけど、実は違うんだ。」
「……どういうことだ?」
「実は俺には守りたい人がいるんだ。そのために力が欲しいんだよ。」
「守りたい人だと?」
意外な返答に困惑している様子のケント。
すると、その様子を見ていたサーシャが口を開いた。
「へぇ~、そうなんだ。ねえ、タツヤ。もしかしてその人のこと好きなの?」
サーシャの言葉を聞いた瞬間、タツヤの顔が一気に赤くなった。
「な、な、何を言ってるんだ!?そ、そんなわけないだろ!?」
「ふぅん、でも顔真っ赤だよ?」
「こ、これは夜風に当たって熱くなってるだけだ!!」
「でも、もしその子が他の人に取られちゃったら嫌なんじゃないの?」
「う、うるさい!!余計なこと言うなよ!」
「あ、やっぱり気になってるんじゃん。素直になればいいのに。」
顔を赤くしながら慌てるタツヤを見てニヤつくサーシャ。
そんな二人の様子を呆れた表情で見つめているユバ。
「全く、相変わらずじゃのう……。だが、この子は強くなるぞ。お主ら、しっかり面倒みてやるんじゃぞ。」
そして、ケントとルウを見ながらそんなことを呟いた。
「もちろんそのつもりだ。な、アリッサ。」
「ええ、もちろんですわ。これからよろしくお願いしますね、サーシャさん。それと、そちらの方も。」
ケントの問いかけに笑顔を浮かべながら答えるアリッサと、彼女に続いてサーシャにも挨拶をするルウ。
「うん、これから仲良くしようね。」
サーシャはそんな二人の返事を聞いて、満面の笑みで答えたのであった。
その後、自己紹介も終わったところで今後の方針について話すことになった。
話し合いの結果、明日も朝早くから出発することになるだろうということで、今日のところは宿屋で休むことにした。
そして翌日、ケントたちは宿を出ると再び街道を歩いていく。
「あ、そういえば聞き忘れていたんだけど、サーシャたちのパーティってあと二人はいないのか?」
「うん、いるよ。あとは私の両親だけかな。お父さんとお母さんと一緒に冒険者をやってるんだ。」
「なるほどな。ちなみにどんな奴らなんだ?」
「んー、まあ一言で言うなら変態?」
「変態?」
「うん、二人とも重度の親バカだから、よく私に抱きついてくるし、隙あらばキスしようとしてくるし……。」
「ああ、そういうことか。確かにそれはやばいな。」
サーシャの説明に納得するケント。
「もうホント大変だよ。」
「ははは、でもそんな風に想ってくれるのはありがたい事じゃないか。」
「ま、そりゃそうだけどさ。」
サーシャとそんな会話をしていると、今度はルウが話しかけてきた。
「あの、ケント様。少しよろしいでしょうか?」
「ん?どうした?」
「サーシャさんのご両親は今どちらにいらっしゃいますの?」
「ああ、父ちゃんと母ちゃんは冒険者稼業が忙しくてさ、今は別々に暮らしているんだ。」
「そうだったんですの。それでしたら、一度会わせてもらえませんこと? 私はサーシャさんのお友達として、彼女の両親がどのような方なのか知っておきたいのです。」
「別に構わないけど、どうしてだ?」
「いえ、ただ単に興味があるだけですわ。それに、ケント様にも何かとお世話になるかもしれませんから。」
そう言いながら意味深な微笑みを向けてくるルウ。
「……?どういうことだ?」
「ふっ、いずれ分かりますわ。」
首を傾げるケントに向かって、不敵な笑みを浮かべるルウ。
するとその時、前方の茂みの陰に何者かの姿が現れた。
「誰だ!?」
突然現れた人影に対して警戒を強めるケントたち。
しかし、その人影はゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「……どうやら敵意は無さそうだな。」
ケントが剣を構えるのをやめると、やがて人影の正体が明らかになる。
その正体とは、全身鎧に身を包んだ騎士のような男であった。
「おお!あなた方はもしやその少女の仲間ではなかろうか!」
男は兜を外すと、興奮気味な様子でそんなことを言ってきた。
「……えっと、あんたは一体何なんだ?」
男のテンションの高さに若干引きながらも尋ねるケント。
すると、その質問に対し男が答えようとした時―――
突如、彼の背後の木の上から誰かが落ちてきて、そのまま勢い良く地面に激突してしまった。
「ぐふぅ!?」
「ちょ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るサーシャ。
「う、うむ……。なんとかな……。」
苦しげに返事をする男性。
「いったい誰がこんな事を……。」
サーシャは怒りに満ちた表情で辺りを見回す。
しかし、周囲に人の気配はない。
「くそ、逃げられたみたいですね……。」
「そのようだな……。だが、とりあえず命があっただけでも良しとしよう……。それよりも君たちに頼みがあるのだ……。」
男性は痛みに耐えつつ立ち上がると、真剣な表情になって話し始めた。
「実はこの先にある村に住む娘が行方不明になってしまったらしくてな……。もし見かけたら保護してくれないだろうか?」
「え、それってまさか……」
サーシャの言葉に男性が静かにうなずく。
「ああ、私の娘のアイリスだ。」
「なるほど、そういう事情でしたか。」
「もちろん引き受けさせていただきますわ。」
ルウは笑顔で答えると、ケントの方を見る。
「というわけでケント様、よろしいですわよね?」
「ああ、当然だ。」
ケントも笑顔で返す。
「ありがとう、感謝するよ。」
こうしてケントたちは、謎の人物によって攫われたと思われる女性を探すことになったのであった。
ケントたちが謎の女性の捜索を開始した次の日、早速手がかりらしきものが見つかった。
「あれは……。」
森の中を歩いていたケントたちの目の前に現れた馬車と、それを警護するように立つ複数の人影。
そして彼らの周囲には血を流し倒れている数人の兵士たちの姿があった。
「これはひどいな……。」
兵士の一人が持っていた剣にはべっとりと血が付いているため、彼がここで戦ったのであろうことがうかがえる。
「とにかくまずはこの人達の治療をしないとね。みんな手分けしてやろっか。」
「了解。」
サーシャの提案を受けて皆がそれぞれ治療を始める中、ケントだけは馬車の近くに立っている人物の元へと向かっていく。
そして、彼の姿をじっと見つめた後でおもむろに声をかける。
「あの、すみませんが少しお時間いいでしょうか?」
「ん?どうしたんだい坊や。俺に何か用かい?」
ケントの声に反応して、男が優しげな口調で問いかけてくる。
その男こそ例の女性の父親にして今回の事件の原因となった人物であった。
「ええ、いくつか質問があるので聞いても構いませんか?」
「ああ、何でも聞いてくれよ。可愛い子のお願いなら大歓迎さ。」
満面の笑みを浮かべながらそんなことを言う男を見て、ケントは苦笑いを浮かべた。
「じゃあ一つ目なんですけど、どうして貴女は彼女を連れ去ったりしたんですか?」
「そりゃあ決まってるだろう?彼女に一目惚れしたからさ。」
「なっ!?」
あまりに予想外の返答に絶句するケント。
「い、いやいや、普通は誘拐とかじゃないんですか?」
「ああ、確かに世間的にはそう思われてるかもしれないが、俺はただ純粋に彼女のことを守りたいと思っただけだぜ?」
「ま、守りたい?」
「そう、彼女の美しさに魅了されてしまった俺は彼女のことをずっと見ていたんだが、そのあまりの可憐さに気がつけば心を奪われていたんだ。」
男はまるで愛を語るかのように熱弁を振るう。
しかし、その言葉の内容が内容だけに、ケントは困惑してしまう。
「えっと、つまり貴女の愛情表現の仕方がよく分からなかった結果、彼女の両親に危害を加えようとしたということですか?」
「ああ、そうだ。だが、どうも誤解させちまったみたいだな。」
「……えっ!?」
「本当は彼女だけをどこか安全な場所に連れて行くつもりだったんだが、どうやら君の仲間たちにも迷惑をかけちまってたみたいだな。すまないことをした。」
申し訳なさそうな顔をしながら謝罪の言葉を口にする男。
「なるほど、そういうことだったのか……。」
男が素直に非を認めたことにより、ケントもこれ以上追及する必要を感じなくなる。
そして、気を取り直すと質問を続けることにした。
「では、最後に聞かせてください。どうしてこんな事を?」
「ああ、それなんだがな……。実は俺の娘も君たちと同じように突然消えちまったんだよ。」
「ええええええ!?」
男の衝撃的な発言に思わず声を上げるケント。
「そ、それは本当なんですか?」
「ああ、だから必死になって探し回ってるってわけだ。」
「……そうだったんですか。」
ケントは真剣な表情で男の話を聞いていたのだが、そこでふとある事に気づく。
「でも、どうして貴方は娘の居場所が分かったんですか?」
「それはだな……。」
男が話そうとしたその時――
「父上!」
「うおっ!」
突如現れた人影によって、男は後ろへ突き飛ばされてしまう。
「ぐふぅ!」
「ちょ、大丈夫ですか!?」
地面に倒れた男を心配して駆け寄るケント。
「いつつ……。すまないな、ちょっと油断しちまった。」
男はゆっくりと立ち上がると、自分に攻撃を加えた人物に視線を向ける。
「いきなり何しやがる!危ねえじゃねぇか!」
「ええ、わざとですから。それよりどういうつもりですか父上?」
その人物は女性であった。年齢はサーシャよりも少し年下ぐらいだろうか。
腰まで伸びた美しい金色の髪と吸い込まれてしまいそうになるほど大きな青い瞳が特徴的で、見る者全てを魅了してしまいそうな美貌の持ち主である。
そして、彼女はその身に纏っている豪華な衣装とは裏腹に、手には剣を握っていた。
「い、いや、別にお前の邪魔をしようってわけじゃ……。」
「黙りなさい!」
言い訳をしようとする男に対し、女性は怒号を浴びせる。
「あなたはいつになったら自分の欲望に忠実な性格を治してくれるのでしょうか?正直見ていられませんよ?」
「そ、そんな事言われてもよぉ……」
「もう良いでしょう。私だって暇ではないのですからね……。さあ行きますよ。」
「あ、待ってくれよ。おい……。」
「ふんっ」
女性はそのまま馬車の方へ向かって歩いて行くと、そのまま馬車に乗り込んでしまう。
するとすぐに馬車が動き出し、あっという間に遠ざかっていった。
「うーん、なんか凄く複雑な家庭事情がありそうだな。まぁいいや、とりあえず治療を再開しようかな。」
ケントたちはその後、治療を終え、その場から離れることにしたのであった。
それからさらに数日後、ケントたちは謎の女性の情報を収集するために再び王都の街へと繰り出していた。
「うーん、全然見つからないな。」
「仕方ないですよ。この広い街の中でたった一人の女性の手がかりを探すとなるとかなり難しいことですから。」
「ああ、分かってはいるんだけどね。」
ケントは困ったように笑う。

というのも彼は今現在、一人で行動していた。というのも先日のように女性を見かけた時、咄嵯に追いかけようとしてしまったからである。しかし、その結果は言うまでもないだろう。
その為、今日は皆とは別行動をしているのだ。
「でも、こうやって街中を歩くだけでもそれなりに楽しいもんだな。」
ケントがこの街に来た時にはあまりゆっくり散策できなかったこともあり新鮮な気分を感じていた。
(まあ今は街の人たちからの好奇の目に晒されているせいでそんなに楽しめてはいないけどな……。)
ちなみに現在の彼の服装は冒険者として普段着に使っている服ではなく、貴族として来ていた礼装用の服を着用している。そして、その姿は非常に目立っていた。
というより完全に浮いていた。
ケントが苦笑いを浮かべながら通り過ぎていく人々を観察してみると、どうもこの世界の住人というのは、地球に比べてファッションへの関心が薄い傾向にあるようだ。
しかしそれでも、中にはきちんとおしゃれに気を使っている者もいて、その者達が特に驚いたような目でケントのことを見ていたのだった。
ケントが人々の注目を集めていることに戸惑っていると、不意にあることに気づく。
「ん?あれってもしかして?」
通りの先に歩いている一人の女性。
ケントはその人物の顔を見て思わず息を飲む。
「まさか、あの人か!?」
「ケント様?」
急に大きな声を出したケントに驚きの声を上げるサーシャ。
しかし、今のケントにそれを聞き入れるだけの余裕はない。
なぜならばケントが視線を向けた先にいる女性がどう見ても先日の女盗賊と同じ顔を持っていたからだ。
ケントはすぐにでも駆け出したかったのだが、ここは往来のある場所であり、あまり目立つことは避けたいところである。
その為、ケントはまず近くの店に身を隠すことにした。
店の中に入ると急いで棚の陰に隠れると外の様子を窺う。
そして、その女性に目を向けようとしたその時――
「お兄さん!いらっしゃいませ~!」
元気な女の子が満面の笑みでケントに声をかけてきた。
「えっ?」
突然の出来事に驚くケント。
何故なら今まで誰も自分に注目していなかったのに、突然店の中に入って来た瞬間に店員から声を掛けられたのだ。それもこんなにも幼い少女から――
「お客様ですか!?いやー良かったです。私、初めて接客するんですけど何か気をつけることとかありますか?あと、こういう感じの衣装とか似合うと思いますか!?」
そう言って手に持っていたメイド服を着たマネキン人形を見せてくる女の子。
(え?これどういう状況?)
いきなり目の前で起きた予想外の出来事に頭が追いつかないケント。
しかし次の瞬間には、女の子の言葉から自分がどういう扱いをされているのかを理解する。
つまり、自分は今店の客として扱われているわけでは無く、ただの店員だと思われているだけなのだ。
(あー……なるほどね。確かにこの恰好じゃ、俺が誰かなんて分かりっこないもんな。)
そして、この世界の常識を思い出す。
基本的に街を歩く人々は様々な服装をしており、誰が誰なのかを把握するのはかなり困難を極めるということを――
そんなことをケントが考えている間も、女の子はニコニコとしながらケントに話しかけ続けていた。
「それでですね!実は店長に『絶対に可愛いって言わせてみせる!』って言われてるんですよ!」
「そ、そうなんだ……」
正直、この状況では何を答えれば良いのかさっぱり分からなかった。
すると、そこで店内に新たな人物が入ってくる。
それは先程、ケントが女盗賊と見間違えてしまった女性であった。
女性は、すぐに店内にいるケントを見つけると少し顔を赤く染める。
しかし、すぐに気持ちを切り替えると真っ直ぐにケントの方へ向かってきた。
「あ、あなたはさっきのお方ではありませんか?どうしてここに?」
「いえ、ちょっとした買い物をしにきましてね。」
「な、なるほど……。」
すると、今度は別の方向からまたもや
「あら、もしかしてそこにいるのはこの間の坊ちゃんじゃないかい?」
「ん?」
ケントは振り返った先にいた人物を見て、思わず目を見開く。
そこには以前、ケントが助けた娼婦の女性がいた。
「あっ、確かあんたは前に会った……」

「覚えていてくれたかい?嬉しいねぇ。」
嬉しそうに笑う女性。
「しかし、なんだいその格好は。まるで貴族の若様みたいじゃないかい。」
「まぁ、色々と事情がありまして。」
「ふぅーん。まあ、深くは聞かないでおくよ。」
「助かります。」
(それにしてもまさかここで会うとは思わなかったな。)
「ところで、そちらの御方はどなたかしら?」
「ああ、紹介します。こちらは私の友人のサーシャ・シド・ゼウルタニア殿です。」

「サーシャと申します。以後お見知りおきください。」
サーシャは丁寧に頭を下げる。
「これはご丁寧な挨拶ありがとうございます。私はこの街で娼館を経営している者です。よろしくお願い致します。」
「こちらこそよろしくお願いします。」

「しかし、貴方のような綺麗なお嬢さんとお知り合いになれるなんて、うちの旦那も喜ぶでしょう。」
「いえ、そんなことはありませんわ。」
「そんなことありますとも。」
「そんなことは……」
「そんなことはあるのです!」
「そんなことは……」
そんなやり取りを繰り返す二人。
どうもこの二人は馬が合うようで、それからしばらく二人で話し込んでいた。
そして、話が一段落したところで、ケントが口を開く。
ケントとしては、せっかくなので彼女ともう少し話をしてみたかったのだが、残念ながら今はそのような時間は無い。
というのも、先程の女の子がケントにずっと話しかけ続けているせいで他の客が寄り付かない状態になっていたからだ。
ケントとしても、いつまでもこのままという訳にもいかないので、何とか話を切り上げて店を出ることにした。
ちなみに、サーシャは最後まで店に残ると言い張っていたが、なんとか説得することに成功した。
そして、店を出たケント達は、そのまま街の外に出ると人目につかない場所まで移動する。
「それじゃあ、サーシャさん。俺はこれで失礼させていただきます。」
「はい。お気をつけて。」
「ええ。それではまた。」
ケントは別れを告げると、その場から立ち去る。
「それじゃあ、俺達も行くか。」
「はい。」
こうしてケント達の初めての外出は終了したのだった。

「ケント様、本当によろしかったのですか?あの御方ともっと一緒に居たいと思ってらっしゃったのではないですか?」
「えっ?何でそう思うんだ?」
「それは……その……なんといいましょうか……雰囲気……でしょうか?」
「うーん……俺にはよく分からないな。」
「そう……なのですね……。」
どこか寂しげな表情を浮かべるサーシャを見て、ケントは不思議に思った。
(どうして、この子はこんなにも悲しそうな顔をしているのだろう?)
(やっぱり俺がサーシャさんの傍を離れてしまったのが原因なのか?)
(でも、そんなに長い間離れていたわけじゃないのに……。)
するとその時――
「あっ!あれは何だ!?」
「ひゃっ!」
ケントの突然の大声に驚くサーシャ。
「な、何かありましたか!?」
「いやいや、ちょっと待ってくれ!」
そう言うとケントは、慌てて鞄の中を漁りだす。
「確か、ここに入っていたはずだけど……」
「…………」
「よし、あった!」
「それは一体?」
「これだよ。」
ケントが取り出した物は『魔力探知器』であった。
以前、王都を訪れた際に、貴族の屋敷にあった本を読みながら作った物である。
「これはね、離れた場所にある特定の物体を見つけることが出来るんだよ。」
「なんですって?」
「ほら、こっちに来てくれる?」
「はい。」
「よし、じゃあちょっと手を繋いでくれる?」
「手を繋ぐのですか?」
「うん。そしたら目を瞑っててね。」
「分かりました。こうでしょうか?」
サーシャは言われた通りに目を閉じる。
「よし、いくよ。3、2、1!」
「んん……」
するとサーシャは一瞬だけ体を震わせる。しかし、何も起こらないことに首を傾げるサーシャ。
「ん?終わりましたか?」
「いやいや、これからだよ。」
「そうですか……。んん……。」
「どうだい?」
「あっ、なにか見つけることができました。」
「どこだい?」
「あそこの木陰ですわ。」
「おお、ちゃんと見つけたみたいだな。」
「これが例の物なのですね。」
「そうだよ。これを作れば、離れた距離にいる人間を探すことができるようになるはずなんだ。」
「なるほど。」
サーシャは大きく納得すると同時に、疑問を感じた。
なぜそんなものを作る必要があるのかと。
しかしすぐに、それが自分のためだと気づくことになる。
サーシャの予想は当たっていた。
というのも、サーシャとの待ち合わせの場所を決める時、彼女は非常に困ることになったのだ。
それは、この街でのケントがどんな扱いになっているかということが関係していた。
ケントは現在、冒険者として活動していることになっている。
つまり、その活動のために必要な施設や装備が街にはあるということだ。
では、ケントがそれらを利用することは出来るのだろうか?答えはノーである。
当然と言えば当然だが、ケントはこの国での冒険者登録を行っていない。
なので、仮にギルドに登録したとしても、利用することができない。
そして、それだけではなく、ケントが街中で買い物をしたり、宿に泊まったりすることは不可能なのだ。
なぜなら、ケントの顔を知る者がいないからだ。
それならば、変装すればいいの
「それなら問題ありませんわ!」とサーシャは言い切った。
そしてケントと共に服屋に足を運んだのだった。
そして、その結果、ケントは全身をローブで覆い隠しながら、顔を隠すためのマスクまでつけることになったのだった。
もちろんその代金は全てケントが支払うことになった
「はい。」
サーシャから返された魔力探知器を受け取ると、再びそれを鞄の中に入れる。
「よし、これで準備は整ったぞ!」
「いよいよ行くのですね。」
「ああ。それじゃあ行こうか。」
「はい!」
こうしてケント達の
「まずは、ここから一番近い町を目指して進もうか。」
「はい。」
ケント達の初めての外出は続くのだった。

「ふぅ……結構歩いたな……。」
「そうですね……。」
「疲れたか?」
「はい……少しだけですが……。」
「じゃあさっきの休憩所に戻るか?」
そう提案するとサーシャは小さく首を振る。
「いえ、そこまでする必要は無いと思います。まだ時間はありますし……。」
「そうか……でもあまり無理をするなよ。」
「ええ、分かっていますわ。」
そう言うとサーシャは再び歩き出す。
そんなサーシャを見て、ケントは思うのであった。
(やっぱりこの子はまだ子供だもんな。)
(やっぱりもう少しペースを落としてあげた方がいいのかな?)
(でも、この子が大丈夫だって言ってるんだし……。)
(うーん……。)
(まぁ、本人がそうしたいって言うんだし、それで良いか……。)
そう結論を出すと、ケントも再び足を進める。
それからしばらく歩いていると――
「ん?あれは……」
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。」
(確かあの辺は、さっき俺が魔物を倒した場所だよな?)
そう思い、その場所に近づいていくケント達。するとそこには――
――グチャッ!
――ベチョ!
――ビチ!
――ドサッ!
――バタン!
――ゴトッ! 大量の血痕があった。
そしてその中には、先ほどケント達が倒した魔物の死体もあった。
しかし、不思議なことに死体の数は4体しかなかった。
そして、ケントはそのことに疑問を覚える。
なぜなら、ケント達は3体の魔物を倒していたからだ。
しかし、その場にはそれ以上の数の死骸
「これは一体……」
「どうなっているのでしょうか?」
サーシャは不思議そうな顔をしている。しかし、ケントには心当たりがある。
「多分だけど、誰かが助けてくれたんじゃないかな。」
「それは一体?」
サーシャは首を傾げる。
「ほら、サーシャは覚えてない?最初に会った時に、サーシャは怪我をしていただろう?」
サーシャはハッとした表情を浮かべると、すぐに首を横に振る。
その様子にケントは苦笑する。
サーシャが首を振った理由はなんとなく分かったからだ。
おそらく、サーシャはあの場で起こった出来事を思い出したくないのであろう。
しかし、いつまでも目を背け続けるわけにもいかないと考えたのだろうか。
サーシャは意を決したような顔で話し出した。
あの森の中でサーシャを襲った化け物の正体は、彼女が連れているスライムであること。
そして
「私はその魔獣によって、一度殺されたはずなのです。」
そしてその時、サーシャの命は尽きようとしていた。
しかし、突然自分の体に光が灯り、気づいた時には目の前にいたはずの魔物の姿は無くなっていたのだという。
そんなことをサーシャは語る。
「それは、間違いなく神具の力だね……。」
「シングッ?」
サーシャはキョトンとする。そしてそのまま固まってしまう。
それも仕方がないことだ。
なぜなら、それはあまりにも信じられないことだからだ。
なにせそれは
『神の与えた奇跡』と呼ばれるものだからだ。
神の与える奇跡とは文字通りの意味で、神が起こすことができると言われているもののことである。
例えば、雨を降らせたり、作物の実りをよくしたり、病を治したりすることが出来るとされているのだ。
他にも、死んだ者を生き返らせることや、時間を巻き戻すことなども可能だとされている。
「でも、どうして私なんかのために……。」

「それは俺も分からないけど、サーシャを助けようとしたのは間違い無いと思うよ。」
ケントの言葉を聞いたサーシャは俯くと、静かに泣き出してしまう。
「わ、私がしっかりしてなかったから……私がもっとちゃんとしていれば……こんなことにはならなかったのに……なのに、それなのに……!」
「そんなことはないよ。」
「えっ……?」
「確かに、今回のことは君のせいかもしれない。君がもう少ししっかりとしていれば、あんな魔物に襲われても対処できたのかもしれない。」
「……」
「それでも、君はあの時精一杯頑張ったじゃないか。」
「え?」
「俺は見ていたぞ。あの時の君は、とても勇敢だった。」
「……」
「それになにより、あの子は最後まで諦めずに戦ったんだ。」
「……グスッ」
「あの子はとても強い子だ。」
「……ヒックッ」
サーシャは嗚咽混じりの声を出しながら、必死になって涙を止めようとする。
しかし、サーシャの瞳からは次々と大粒の雫が流れ落ちていく。
そして、サーシャは声を上げて泣いた。
今まで溜め込んできた感情を全て吐き出すかの如く。
しばらくの間泣いていると、
「……そろそろいいか?」
「……はい……。」
「落ち着いたか?」
「……なんとか……ですが……。」
そう答えると、サーシャは顔を真っ赤にする。
どうやら、今になって自分が泣いていたことを思いだし恥ずかしくなったようだ。
そんなサー
「さてと、これからどうするかだが……。」
「とりあえず、町まで行くってことでいいんだよな?」
「ああ、それで良いと思うよ。」
(正直、このままここにいても何も解決しないし……。)
(サーシャも少し落ち着いてくれたみたいだしな……。)
(しかし……)
(あの魔物が、一体何者なのかは結局分からずじまいになってしまったな……。)
(また会えたら、聞いてみるか……。)
(まぁ、次会うことがあるかなんて分からないんだけどな。)
(まぁ、そこは考えても仕方ないか……。)
(それより今は、サーシャのことだよな。)
ケントはサーシャの方を見る。すると――
サーシャは顔を赤くしながらチラッチラッとこちらの様子を伺っていた。
そんな様子に気づきながらも無視していたケントだったが、しばらく見つめていると流石に耐えきれなくなり苦笑する。
「ハハッ、分かった分かった。もう大丈夫そうだね。」
「あっ……」
サーシャは顔をさらに赤くすると、下を向いてしまう。
「じゃあ、行こうか。」
「はい……」
そう言うとケント達は歩き出すのであった。
それからしばらく歩いていると、
「ん?あれは……」
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。」
そう言って、その場所へと近づいていくケント達。
そこには――

#6へ続く





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