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秘密の愛読作家だったけどクラファンを応援したいからそっと書く日記

 好きにもいろいろあるけれど、秘密にしたいたぐいの好きがある。自分の心の一番やわらかいところを刺激する「好き」。好きなんだ、っていうたびに胸がしめつけられるから、応援したいけれど他には告げない……。

 そういう奥ゆかしい気持ちにさせる作家がわたしにも何人かいて、だから秘密にしていた。のだけれど、そのうちのひとりの作家の、単行本化されていない傑作長編を単行本化しよう!みたいなクラファンがあると知り、まずエッおれかなり読んだ気でいたんだけど単行本になってない作品あったの?ということで動揺し、さらにあと約1ヶ月で終わるけど現在達成率が60%と知り、わ〜っ! 秘密にしていたかったけど今は秘密にしてる場合じゃねぇ〜っ!となったので紹介します。そんなわけで、この記事は1ヶ月後に消滅する。予定。あの、もしこの記事を読んで興味をもったら、クラファンに参加してほしいです………!!! お願いします!!!!!!!

秘密の作家だけど、自分が編んだアンソロに実はこっそり載っている

 ひみつ、という気持ちでいたけど、たいして秘密になっていないかもしれない。というのも、自分が編者をつとめたアンソロジーに、ふつうに載ってるから。

「IMAGINARC 想像力の音楽」テーマ別小説アンソロジー。「天命」「魔法の庭」「異形たちの輪舞曲」「都市の墓標」「懐かしい星」の全5テーマ。執筆陣は冬乃くじ、小山田浩子、糸川乃衣、菅浩江、白髪くくる、雛倉さりえ、藤沢祥、藤田雅矢、宮月中、森下一仁、吉田棒一

 このアンソロジーについては、先日(つっても1か月前ですが)書いた「IMAGINARC 想像力の音楽」アンソロジー全短編ガイド&イベントまとめを読んでいただければと思う。ちなみにこのアンソロジーに載っている書き手は、わたしが「いや〜めっちゃいいね………」と心ひそか(?)に思っていた人ばかり。もちろんテーマやバランスの関係で、残念ながら呼べなかった好きな書き手もたくさんいるけど、当然のことながら集めた書き手は全員推し。ただその中に、SF作家の倉田タカシさんと「このアンソロジー、あの作家さんの最新作が載っていて、それだけでやばいですよね」と盛り上がった作家さんがいる。それが森下一仁さん。

 クラファンを立ち上げた理由を読んでみると、こうある。

 わたしが『エルギスキへの旅』を出版したい理由。それは端的に言ってしまえば、『エルギスキへの旅』が傑作で、日本のSFファンがこれを読めない状態におかれているのは日本SF界にとって大損失であると考えたからです。

https://camp-fire.jp/projects/808407/

 この感じ。この感じを抱かせてしまうのが、森下一仁作品なのだ。

 さらにクラファンの応援コメントを読むと、「コスモス・ホテル」が好き、という声がいくつもある。わかる、すごいわかる。短編集『コスモス・ホテル』および、表題作「コスモス・ホテル」は、唯一無二の傑作で、古本でしか買えない現状は日本の文化にとっての損失だと思うもの。ほら、同じようなこと言ってしまうでしょ。でも本当に損失だと思う。
 あの不思議な無垢さというか、心が洗われていく感じ、失っていたものを見せられた感じは、他の小説で感じたことがないから。

短編集『コスモス・ホテル』は傑作すぎる

『コスモス・ホテル』の解説で、川又千秋さんが、デビュー前の森下一仁作品についてこう書いている。

 彼の作品は、宝石のように小さかった。
 そして、夢のように儚い言葉で書かれていた。
 それでいて、妙に生々しく、重く、そこはかとないユーモアをただよわせていた。"みずみずしい感性"とか"しなやかな叙情性"などという言い回しは、ほかの誰に使っても、とってつけたようになってしまうものだが、それが当時の森下一仁には、完璧に似合った。
 彼が書いていた小品は、まさに、文字通りの"みずみずしい""しなやかな"詩精神によって貫かれていたからだ。
 そこで、彼は、ぼくらの"秘密の作家"になった。
【秘密】とは、①かくして人に知らせないこと、②公開しないこと……といった意味の言葉だ。
 なぜ、彼は"秘密の作家"だったのか。
 それは、彼の作品が、余りにもみずみずしく、またしなやかであったために、ぼくらはそれが、陽を浴びて乾き、外気にさらされて傷つくのを恐れたのだ。
(川又千秋)

森下一仁『コスモス・ホテル』(早川書房、1980)解説より抜粋

そして、デビュー後の森下一仁作品について、こう続ける。

 ぼくは再び、秘密の匂いを嗅いだのだ。
 だが、その作品は、もはや、かつての、儚い、あやうい、ひとひらの感性のスケッチではなかった。
 彼は、あの秘密の感性を、SFのヴィジョン、ファンタジーのヴィジョンへと、はっきり定着させることに成功していたのである。
 つまり、彼は、そのみずみずしいもの、しなやかなものを、しっかり、フィクションという外骨格で包み終えたのだ。
(川又千秋)

森下一仁『コスモス・ホテル』(早川書房、1980)解説より抜粋

 その通りですっ……! なんて完璧な評なんだ、!!
 てか川又さんですら「秘密の作家」って言ってるじゃん(これは完全に忘れてた)誰もにそう思わせてしまう森下一仁おそるべし。でもね、もう、もう、そうなんですよ、完全にこの川又さんの言う通りなんです。この解説、一字一句書き写したい~。というか、瑞々しさ!! わかる、すごくわかる。おれも同じこと思った、その言葉は出てこなかったけど「瑞々しさ」はドンピシャすぎる。(てかこの川又千秋による森下評、本当に最初から最後まで完璧ですごい。ブンゲイファイトクラブでジャッジをしたときに、評についてウンウン唸ったことがあるので、心底思う……川又千秋すご……)

 とにかく本当に「瑞々しい」。だからコスモス・ホテルを読んだ人はなんというか、初恋みたいな感情を抱く、あるいは初恋みたいな感情を思い出してしまう。たぶん、冬乃くじ作品を好きな人は「コスモス・ホテル」が好きだと思うし、そうじゃない人も好きになる人は多いはず。現在なかなか入手困難だけど、古本屋か図書館か、どこかで手にして欲しいと思う。

 そんなわけで、いまだに恋する瞳で語るクラファン応援の声を読むと、1980年にリアルタイムで追っかけ始めたSFファンたちのめろめろ具合はいかほどだったであろうかと思う。さらにその作家がまあまあ寡作なタイプ、しかも寡作であるのが当然と思えるような繊細な作風であったなら、ファンたちはどんな時間の過ごし方をしたんだろうか。ぜったいヤキモキしただろうなー、と思うくらい、新規(おれ)はヤキモキしていた。だってSNS見るかぎり、先生いつも野菜つくってるし……

 しかも作風的になんというか、確かにいかにも野菜をつくってそうな書き手だから、ファンとしてはそれはそうですよねそういうところがいいと思ったんですよねという感じで、野菜もいいけど小説の新作は……いつ……と思いきや突然発表され、ワーッ!と入手するもまた凪が……待つしかない、おれたちは待つしかないんだ、なぜならいつかは実るものだから……と、先生がアップする綺麗なトマトとかナスとかカブとかスナップエンドウを見つめ続ける、それだけがファンにできることだったんですよ!(すみませんやや誇張してますがかなり正直な気持ちに近い個人の感想です)でもたぶんこのクラファンの発起人の方ともこの気持ち共有できるんじゃないかとおもう、いやまぁわたしみたいな遠巻きなファンよりぜんぜん先生に近いところにいそうなので、また違う気持ちかもしれないんだけど、「最近森下一仁が足りない、と感じているあなた」とか書いてしまうあたり、そういう雰囲気を感じた。そうでしょ、あなたも仲間でしょ?

 だからIMAGINARCの話に戻ってしまうけど「森下一仁さんの新作が載っているというだけでやばい」という倉田タカシさんのIMAGINARCアンソロ評は、めちゃくちゃ正しいんです。少なくともわたしにとっては!

 ちなみにIMAGINARCで森下さんが参加したテーマは「懐かしい星」。エモ系宇宙SFなんて森下一仁の十八番じゃないか……!と楽しみにしていたら、期待通りしっかりとエモい、生き物宇宙SFの短編を書いてくださいました。

森下一仁「宮殿造営」
ドゥムドゥとシュリララハたちの、官能的かつ無垢な交流と、天蓋と壁をつくり続ける日々。彼らは目があまりよく見えない、だから違う感覚で交流する。たとえばハミングで、たとえば首筋の匂いで、たとえば体同士のぬくもりで。でもある日、シュリララハからいつもとは違う匂いがする……。身体の変化をきっかけに、ドゥムドゥは自分たちがどこから来てどこへ行くのかを知る。生きるために生き、種を拡げるために子を生し、種を繋ぐために死ぬ。ロマンティックでイノセントなタッチ、五感を刺激する緻密な生態描写と、導かれるラストシーンの原初的な美しさは、森下一仁の真骨頂。

「IMAGINARC 想像力の音楽」アンソロジー全短編ガイド&イベントまとめ

 ファンのために補足すると、森下さんが寄稿くださった「宮殿造営」は、読み味や感動は氏のジュブナイル『希望という名の船に乗って』に近いのですが、生命のありようをテーマにしているため、すこし官能寄り。でもたとえば冒頭の、ドゥムドゥがシュリララハのいるところまで泳いでいく夢のような描写は、精子が卵子に向かう様を思わせるほど官能的なのに、森下一仁のごく自然な文体によって、無垢で清らかな愛情と幸福感だけが読者のなかに残る。そのバランスのよさに、森下ファンなら「ああ、これだ」と、うっとりするはず。ぜひ読んでいただきたいです。

IMAGINARCアンソロジー、手軽にオンラインで買えるようになったよ!

 そんな森下一仁の最新作が載っているIMAGINARCアンソロジー。これまではオンラインで買うのが一苦労でしたが(それなのに買ってくださった皆様、本当にどうもありがとう)、簡単に買えるようになりました! 下記画像を押すとオンラインショップの「IMAGINARC 想像力の音楽」アンソロジー取り扱い画面にとびます。

冬乃くじのショップ画面

 というのも、この間の文フリで、奮起することがあって。
 オープン直後にアンソロジーを買いに来てくださった方が、数時間後に「全部読み終わった、とても面白かった」とわざわざ声をかけに来てくださったんです。お尋ねしたら、IMAGINARCや冬乃くじのことはまったく知らなかったとのこと。それを聞いて「そうだよな、これは本当に質の高いアンソロジーなんだから、ちゃんと求めている方のところに届けなくちゃだめだ」と。まだ見ぬ読者のためにも、優れた原稿を預けてくださった書き手の皆様のためにもがんばろう、と……。とりあえず未来の読者がいつでも手軽に買える状態にしようと、冬乃くじの個人ショップをひらいてみました。できるだけ早く発送できるよう、またできるだけ綺麗に梱包するよう努力しますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 って、なんかクラファンの応援と言いつつIMAGINARCの宣伝多めになってしまっているけれど、どうかお許しください。だってほんとに自慢の1冊なんですよ……。両方とも応援したいし、『コスモス・ホテル』も、もっともっと評価されて欲しいと思っています。
 そんなわけで、もし興味をもった方がいらしたら、クラファンに参加していただきたいな、と思います。単行本になっていない森下一仁の傑作長編なんて読みたいし「日本のSFファンがこれを読めない状態におかれているのは日本SF界にとって大損失」とか言われちゃう作品なら尚更なので。

 最後に、先述の川又千秋さんによる『コスモス・ホテル』解説の〆の言葉を紹介します。

 森下一仁……彼は、ぼくらの”秘密の作家”であることをやめて、こんどは、あなた方すべてにとっての”秘密の作家”となることだろう。
(川又千秋)

森下一仁『コスモス・ホテル』(早川書房、1980)解説より抜粋

 完璧。

冬乃くじ

追伸:IMAGINARCに参加したピアニストで編曲家の榎政則さんもクラファンを立ち上げたという情報を得たので、そちらも紹介しておきますね!

 森下一仁さんが小説で参加したテーマ「懐かしい星」では、羽田健太郎作曲の「交響曲 宇宙戦艦ヤマト」を2台ピアノ用に編曲し、演奏にも参加した榎政則さん。

見事な編曲と鬼気迫る演奏に、演奏会直後、たくさんの反響がありました。

「交響曲宇宙戦艦ヤマト」の演奏が終わった瞬間の会場は本当にブチ上がっていました。いやーすごかった……。わたしもまた聴きたい。

 そんな榎さんですが、こちらのクラファンでは、作曲家・編曲家として参加する模様。榎さんが作曲した「プレリュードとフーガ」と、榎さんが編曲した「『カッチーニのアヴェ・マリア』によるパラフレーズ」、チャイコフスキーの「ピアノ三重奏曲 イ短調 Op.50」を、サクソフォン2本とピアノ1台で演奏したCDを作るプロジェクトのようです。

 くわしくは、↑のリンクからどうぞ!

IMAGINARCアンソロジーの、音楽会プログラム部分にサインを書いてくださる榎政則さん。
即興で「ふゆのくじ」のとても短い曲を書いてくれた……! すご。

応援してるよ〜!

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