ブンゲイファイトクラブ、ジャッジ採点基準
ジャッジを採点した基準のメモを公開いたします。
作品とそれに対するジャッジの評は下記リンクから確認できます。
採点基準
ジャッジを採点するにあたり、考慮した点は以下のとおり。ジャッジがナルシスティックではないか。評をつける行為は、自らの視点と向き合うものであるが、そのときの姿勢がナルシスティックに過ぎないかどうか。自分よりも作品を見ているか。未知の存在と対峙したときにどんな反応を示しているか。文芸の未来を見ているか。最終的に、以下の点を高く評価する。わたしが望む文芸の未来を連れてくる人。
笠井康平
独特な採点者である。拙作の添削を拝見したが、一字一句に至るまでの添削はとても丁寧な仕事であった。納得できる点も多かった。文芸の未来に、再利用できるゲームルールを残す、という野望も高く評価したい。しかし添削の中に、作品の味を殺すものがいくつかあった。ルールの弱さを氏も自覚しているが、現状のままでは、ある意味で均一化された作品しか生み出さないだろう。一番弱いのが未知の文芸があらわれたときだ。角を矯めて牛を殺すことは、文芸の土壌を細らせる。氏の仕事を否定するものではないが、今大会のジャッジ法としては、未成熟かと思われる。
QTV
「殺さなければ傑作になるのでは」というメッセージは確かにそのとおりで、素晴らしいポリシーだと思った。だが、講評の言葉からあふれてやまない小劇場的ナルシシズムに、今大会のジャッジとしてのふさわしさは感じられなかった。氏の言うとおり「ファミレスで、テーブルをはさんだ感じで」ファイター同士の軽口であれば構わなかったかもしれない。
道券はな
主題に問題提起もしくは祈りがあるか。表現に実感もしくは必然性があるか。従来の価値観の転換しようとしているか。この三点の評価軸は非常に素晴らしいと思った。というよりも、わたしが作品を読み書くうえで大切にしていることであった。そのため、二回戦以降のジャッジとしてふさわしいかどうかを客観的に採点するのは、とても難しかった。氏はナルシスティックではないが、未知の存在に対する反応は鈍いように見受けられた。しかし、わたしが望む文芸の未来を連れてくる人を、どうして推さずにいられようか。読者は作品を選ぶが、作品も読者を選ぶ。最終的には勝者とした。文芸の未来を変えてもらいたい。
仲俣暁生
どれも納得のいく講評だった。安定したジャッジメントであり、次に進んでもおかしくないと思った。だが、文芸の未来を見ているか、というと弱いように思われた。現在評価されるものを見る目は確実だと思うが、百年先に残るわけのわからない作品の萌芽と対峙したときの弱さを感じた。
橋本輝幸
良質な採点者である。評価の仕方は非常に説得的で、各評がないにもかかわらず、ジャッジとしてのふさわしさを感じさせられた。作品と作者を大切にする言葉が多いことも、ファイターを安心させるだろう。未知の存在を未知の存在とみとめられる点、文芸の未来を見ている点も、高く評価できた。
樋口恭介
個性的な採点者である。場外乱闘でも感じさせられたが、言葉に対して誠実であり、個が強く、評価のつけ方も真剣勝負だ。そうした点はとても高く評価できる。問題は、わたしと好みがかなり異なるということだ。彼はおそらく、わたしの望む文芸の未来を連れてくる人ではない。正直に言って悩んだ。けれどわたしは、わたしの望む文芸の未来を連れてきてもらいたい。氏は嘘のない評価を望むだろう。そういう意味で低い点をつけたが、他のファイターによって勝ち上がってくることを望む。
元文芸誌編集長 ブルー
すべての作品に言及しているのは氏ひとりだ。ファイターを安心させるという点で、これほどふさわしいジャッジもいない。評価もかなりの説得力を持ち、コメントも的確だった。それぞれのよさをのばす言葉、作品と作者を大切に思う言葉が多く、鼓舞されるファイターも多いだろう。鼓舞されれば次の作品はもっとよくなるわけで、新人揃いのブンゲイファイトクラブにふさわしいジャッジである。くわえて、未知の存在を未知の存在としてみとめる度量もあり、文芸の未来を見ている。多くのファイターに支持されるジャッジなのではないだろうか。
帆釣木 深雪
ナルシスティックに過ぎる感があった。講評というよりは解説であり、採点の根拠が見受けられなかった。小説的な散文も、必然性を感じられなかった。結論として、今大会のジャッジとしてはふさわしくないように思われた。
以上