「#IMAGINARC 想像力の音楽」アンソロジー全短編ガイド&イベントまとめ
こんにちは、冬乃くじです。みなさんお元気ですか。今度、2024/12/1(日)の「文学フリマ東京39」で本売るよ! 場所は東京ビッグサイトの西3・4ホール、ブースは「つ-52」だよ!
というわけで、その本がどんな本か説明するね!
はじめに
1年ほど、「IMAGINARC 想像力の音楽」という音楽×小説の企画でアシスタントプロデューサーを務めました。今までnoteできちんと紹介できていませんでしたが、その企画内で、執筆者として5篇新作を発表できたし、アンソロジー編者としても、優れた冊子を1冊世に出すことができました。よかった~。
既に入手してくださった方はご存知の通り、この冊子、短編集であると同時に音楽会のプログラム冊子でもあり、さらに作曲家のエッセイも載っているという、ちょっと特殊なつくりの本なんです。そういうわけで裏返すと、
この通り! 音楽と小説が両方関わっている企画っぽいことは感じていただけたでしょうか。
ただ「IMAGINARC 想像力の音楽」は前例のない企画で、ちょっと全容が掴みづらいので、まずはこの音楽会のことを紹介させてくださいね。
(※全短編ガイドを先に読みたい方は、冒頭の目次からとんでね!)
5人の作曲家、11人の小説家、そして2台のピアノと9人のピアニストによる、音楽×小説の幻想的アンソロジー
「IMAGINARC 想像力の音楽」は全国4都市で8公演、2024年6月に開催された2台ピアノの音楽会です。そのうち、東京での5公演は、「天命」「魔法の庭」「異形たちの輪舞曲」「都市の墓標」「懐かしい星」と毎晩テーマが変わり、テーマにそって演目も毎晩変わる趣向でした。キャッチコピーは、「2台のピアノと小説が織りなす幻想的アンソロジー」。
音楽と小説って、舞台で朗読とかするのかな? と思われた方もいらっしゃると思うのですが、そうではなく。
公演当日の舞台を引き受けるのは、2台のファツィオリというピアノと、9人のピアニストたちです。ただしピアニストの目の前、譜面台に置かれた楽譜上では5人の作曲家たちが、さらに客席に座る観客の手の中のプログラム冊子上では11人の小説家たちが、与えられたテーマにそって新作をもちより、舞台上と客席で、想像力の火花=IMAGINARC(※イマジナーク、造語)を散らしている。音楽と小説という、ジャンルを超えた幻想的アンソロジー体験が、この「IMAGINARC 想像力の音楽」という企画なのです。
……というのがこの音楽会の概要なのですが、わかるようでわからない場合もあるかと思うので、もっとざっくり説明してみると、要するにこの企画、「越境しようぜ」が合言葉なんです。(たぶん。)たとえば主催は㈱BlueMemeというIT企業。なんでIT企業が音楽会を企画してるかといえば、越境したいから(たぶん)。音楽会のプログラム曲目が、クラシックもアニメや映画やゲームの劇伴も即興も現代音楽も全部混ぜなのは、やっぱり越境したいから。「クラシックはすごいしゲーム音楽は浅い」とか、そういうふうにヒエラルキーを押しつけられるのってクソくらえだし、何かとカテゴライズしてくる世の中ってなんかムカつくよね。越境しようぜ。って感じだと思う。思った。色眼鏡で見てしまいやすい従来のジャンルでわけず、それぞれの楽曲の内容というか、曲のもつ音楽的背景や世界観が近いものを集めて、1公演の中で聴き比べたらワクワクしない? 歌ものもオーケストラも2台ピアノ用に編曲することで越境しやすくなるし、音楽の骨格みたいなものも見えてきて楽しくない? せっかくだから既存曲だけじゃなくて作曲家に新曲を書いてもらうことで時代も超えよう! あと音楽だけじゃなくて、テーマに沿った物語を小説家に書いてもらって文化のカテゴリも超えよう、そしたら音楽会が当日だけの体験だけじゃなくなって、音楽会が終わっても物語は終わらない……みたいな感じになるんじゃない? いえーい時空も超えちゃうぜ~!
……とまあそういう、フランス革命的民衆蜂起+陽キャフレイバーみたいな感じでまとまったのが「IMAGINARC 想像力の音楽」という企画なんですよ。というかわたしの理解ではそんな感じでした。いずれにせよ、「普通の音楽会とか飽きちゃった……」みたいなやんちゃ者たちが企画を動かしており、そのせいか?のちのち実演するピアニストたちもおかしな悲鳴をあげていた。
どうやら、1公演の中で毛色の違う曲を多数弾きわけるのって大変みたいです。まぁそれは当たり前かもしれないんだけど、それだけじゃなくて毎日違うプログラムだったから、体に叩き込まなければいけない曲数が物理的に多くて、さらに曲目すべてが超絶技巧と総合的な処理能力を当然のように要求してくるものばかりだったのが、本当にエグかったらしい。そんなわけで、参加したピアニストたちが、最初は和気藹々としてたけど↓
リハーサルが重なるにつれて、「そこそこキャリアも積んできたけど、こんなぎりぎりまで練習してる音楽会とかない」「編曲が終わらない」「自分だけがこんなに苦しいのかと思ってたらみんなも苦しんでて安心した」「学生時代に戻った気分」「編曲が終わらない……」「まだ自分にこんな伸びしろがあったとは」などと口々に言い出し、「リストのレ・プレリュードが簡単な曲に思えてくる」という意の「IMAGINARC麻痺」という造語が自然発生、最終的に「この無謀な音楽会」という共通認識を演者全員が抱いていたので、結構マジだったんだと思う。
ちなみにプロデューサーの森下さんとイニシエーターの江﨑さんは全公演に出演したのだが、最終的に弾いた曲数はえらいことになっていたし、森下さんは今回のIMAGINARCのために新しく28曲編曲したらしい。28曲って……(そりゃ終わらないだろ、企画する段階でよく考えろよ)とちょっと思ったけど遠慮して言わなかった。無事終わったから言うけども()
森下さんの編曲ノート、いくつかあるのですがどれもおもしろいです。演出とか狙いとか具体的に書かれていて興味深いし、楽曲への理解と愛に裏打ちされていることがよくわかる。(ていうか音楽会当日に配られた楽曲解説もすべて森下さんが書いていた。単純に仕事量が多すぎる。ほんと企画する段階でよく考え以下略)
でも端から見たら無謀な感じに頑張った結果が実を結び、作曲家の菅野よう子さんから「祝・御編曲」のフラワースタンドがIMAGINARCの会場に届いていました。え、すごって思った。本気度はやはり伝わるものなのだな……
そんな感じで凄かったんだけど、音楽会用に編曲したものは滅多に再演されないらしい。ハァ??? 何考えてんの?? いやいや何度でも使いなよ。ふつーに勿体なさすぎるでしょ。もう一回同じ内容の公演やってもいいくらいでは?? どういうつもりなんだ、音楽やってるやつらは音楽芸術の即時性にやられてるのか、そんな刹那的に生きたいのか??(ひどい偏見)(すみませんすみません) いやあのね、せっかくあんないい編曲を大量に仕上げたんだから、また披露したほうが聴けなかった人たちも幸せだと思いますよ……。ふつうに。ほんとに普通にそう思うので、どうぞよろしくご検討ください。
そんなわけで(?)1年くらい前、やんちゃ代表の森下さんから企画の説明を受けたとき、「冬乃さんは5テーマ5作の新作を書いてください」と普通に言われた。当初、小説家はわたし1人の予定だったので。
まだ音楽勢のやばさを知らなかったため、新作5作とかさらっとスゲーこと言うなぁと思ったけど、企画の趣旨を聞いて「そんな越境しまくってるのに、小説家だけわたし1人なのはおかしくないですか?」と思ったので、たくさん呼んでアンソロジーにしましょうよ!と提案した。わたしがどんどん集めてこようとしたため「なんでそんなに増やしたいんですか?!」とか聞かれたけど、そんなんいっぱいいる方がおもしろいからに決まってるじゃんね。最終的にわたし以外10人呼ぶことに決定、これでわたしの書く本数減るかな~と思ったら「冬乃さんはメインなので」ということで減らなかった。減らなかった……と思っていたにも関わらず、ミーティングに参加させられ、小説部門と関係ない事案も相談され(ここらへんから「おかしいな?」とは思ってた)、なぜかTwitter(現X)担当に指名され、中の人としてツイート&検索&RTをしまくり、画像をつくりリハに行き撮影し動画まで編集しているうちに、すっかりやんちゃ者たちに感化されてしまい「せっかく5作も書くなら全部ジャンル変えて書いちゃお~!」となって、音楽小説・SF・幻想小説・ホラー・児童文学の5ジャンル横断に挑戦しまーす!とか宣言していた。あきらかに麻痺していた。しかも小説陣ではわたし1人が……。なぜなら他の執筆勢は1人1作だから……。全員5作ずつ書かせればよかった(血涙)とほんのり思ったのは今だから言えることだが、とにかく他の執筆勢が書き終わっても〆切過ぎてもわたし1人が書き終わらず、なんでこんなことを始めてしまったのか、と少しだけ後悔した。いや小説だけだったらわたしだって〆切守れたよ!!!! 多すぎるんだよやることが!!!!!!! 結果としては頑張ってよかったのだけど。頑張るといいものが残りますよね。それだけが救いですホント。
IMAGINARCメンバー紹介
そんなIMAGINARC、参加メンバーを改めてご紹介。
小説家プロフィール
冬乃くじ/小山田浩子/糸川乃衣/菅浩江/白髪くくる/雛倉さりえ/藤沢祥/藤田雅矢/宮月中/森下一仁/吉田棒一
ちなみにこのプロフィールに寄せた紹介文、作家本人の校正を経て公開していますが、ほぼ冬乃が書いています(IMAGINARC公式アカウントの中の人だから)。だからここにも、プロフィールにあわせて転載しますね。この記事どんだけ長くなるんでしょうね、こわい()
いや~我ながらいい紹介文書いちゃいましたよね……。思ったこと書いただけなんですけど、そうそう、この作者の作品ってほんとそうなんだよなぁって思える、いい紹介文ですね(※わたしは自分の文章に惚れ惚れする癖がある)。冬乃くじを紹介するときだけ、自分の作品のいいところ?みたいなのが明確に言葉にできず苦労した。ほんと苦労した、苦肉の策が発動してしまうくらい……。だれかおれをいい感じに紹介してくれ……と思って、音楽家の紹介文を書いている最中の森下さんに思わず「わたしのも書いてくださいよ……」と言ってみたのですが、「無理ですよ、自分で書いてください」と言われた。ハイ。
YouTubeライブ出演したよ!
そんな森下さんですが、この番組では冬乃を「武闘派の小説家」として紹介してくださいました。ありがとうございまーす!! 32分くらいから。
番組本編は開始9分くらいから始まります。全部観ると長いけど、わたしもそこそこしゃべっているので、お時間のあるとき観ていただけるとうれしいな……
音楽家プロフィール
作曲家: 新垣隆/野村渉悟/浜渦正志/東大路憲太/平野一郎
編曲家: 森下唯/大脇滉平/佐伯涼真/榎政則/高橋ドレミ/江崎昭汰
ピアニスト: 森下唯/江崎昭汰/菊池亮太/蔡翰平/今泉響平/榎政則/高橋ドレミ/望月晶/佐伯涼真
音楽家の紹介文は森下さんが書いたり、森下さんの話を短文にまとめたり。ピアニストに関しては他のピアニストから取材したり。冬乃文責というよりはまぜまぜですが、アンソロ冊子にエッセイを寄稿している、作曲家勢だけ転載します。お時間ある方は、あとに載せるリンク先で、編曲家・ピアニスト勢のプロフィール&紹介もぜひお楽しみください!(そうしないと、この記事が巻物になるから)(もうなってるけど)
フゥ。大丈夫ですか皆さん、情報量多すぎませんか? ちなみにわたしは今「情報量多っ」ってなってます。多すぎるんだよ。とにかく。上演する楽曲についてとか、公演そのものの情報を省いてこれですよ。これだからサクッと宣伝できないんだよ!!(怒) まぁでも民衆蜂起的やんちゃから始まってるからなこの企画…… 「宣伝は短い言葉でキャッチーに!」とか、そういういわゆる売れ筋戦略と疎遠になるのは仕方ないのかなー……フフフ……
プログラム/アンソロジー冊子について
小説部門と音楽部門、縦と横
そんな企画の全部盛りな感じを詰め込んだプログラム冊子は、冒頭で紹介したとおり、小説部門(縦書き)と音楽部門(横書き)とで分かれています。
小説部門/右から開くとシンプルな扉が、そして音楽部門/左から開くと、扉っぽく感じられる奥付がお出迎えします。秀逸なデザイン……!
そうです!! これ、冬乃くじ、初めてのアンソロジストとしての仕事なんですよ……! ワー!!!
なんていうかいろいろ……マジでいろいろ頑張りましたので…… よかった、形になってよかった……
文フリで売り子するよ/ここで売るよ!
冬乃くじファンならぜったい欲しいはずだけど(新作も5篇載ってるし初アンソロジスト本だし)(あとふつうに良質なアンソロジーだし)会場まで来られない人もいるよな……と思ったので、とりあえず100冊買っておきました。この間の文フリとかで50冊くらいお分けしたけど、まだ50冊くらい残ってる。というわけで、2024/12/1(日)「文学フリマ東京39」の抽選受かったから売りに行きます。実物を手に取ってみたい方はそちらでどうぞ。
文フリにも行けないけど欲しい!という方がいらしたら、冬乃のメールアドレス(a.whale.in.summer★gmail.com/★を@に変換してね)までご連絡ください。あるいは、とりあえず1冊分だけメルカリ出品しておきますので、メルカリアカウントをお持ちの方は、検索してそちらでサクッと買ってもいいかも。匿名配送だし。全165ページ、税込 1,500円です。
というわけでお待たせしました……これから冊子にどんな短編が掲載されているのかを紹介していきます!!
長かった、前置きがめちゃめちゃ長かった、もう8,000字超えてるんだけど何事???? でもこれはわたしのせいだけじゃないと思うマジで!! 体力続くか心配だけど、全部紹介していく――
そう、アンソロジストとして――
アッ そんなわけで、右開きの小説部門は、左開きの音楽部門の流れにのっとって第5夜から始まり、第1夜で終わります。これは現物を手にしてもらったほうが良さがわかるかもしれません。ぜひどこかで手にとってみてくださいね。
★IMAGINARCアンソロジー収録 全短編ガイド
《第5夜 「懐かしい星」 Nostalgic Planet》
――星の軌道は人の願いを運ぶ。人の想いは星の運命を超える。
冬乃くじ「火星の音」
ずっとログインしていなかったSNSに、メッセージが届いていることに気づく。日付は7年前、差出人はかつて自分が恋心を抱いた相手だった……。聴こえないものを聴こうとする2人。音と音楽は何が違うのか、音楽をするということはどういうことなのか。IMAGINARCという音楽会へのオマージュであると同時に、プロデューサーが森下唯であり、同テーマに作曲家の新垣隆が参加していることを踏まえて書かれた音楽/恋愛小説。こちらだけ無料公開されていて、↓の冒頭画像を押すと、全文読めるページに飛びます。
森下一仁「宮殿造営」
ドゥムドゥとシュリララハたちの、官能的かつ無垢な交流と、天蓋と壁をつくり続ける日々。彼らは目があまりよく見えない、だから違う感覚で交流する。たとえばハミングで、たとえば首筋の匂いで、たとえば体同士のぬくもりで。でもある日、シュリララハからいつもとは違う匂いがする……。身体の変化をきっかけに、ドゥムドゥは自分たちがどこから来てどこへ行くのかを知る。生きるために生き、種を拡げるために子を生し、種を繋ぐために死ぬ。ロマンティックでイノセントなタッチ、五感を刺激する緻密な生態描写と、導かれるラストシーンの原初的な美しさは、森下一仁の真骨頂。
菅浩江「郷愁」
生命居住可能領域(ハビタブルゾーン)にある惑星を探査し、星から星へ航行してきたアストたちは、ほぼ生命のいない地球に降り立つ。実は、彼らのルーツは地球で、地球の滅びの際に避難しおおせた天才たちの末裔だった。彼らの世代は、生まれ故郷で発展した新文明をたたえる気質であり、地球の海や山並みにはなんの感慨もない。見慣れない旧文明の風景にうんざりし、アストは新文明への激しい郷愁に見舞われるが……。個としての生命と種としての生命が対峙する瞬間のセンス・オブ・ワンダーはまさにSF的快感! 軽妙な会話の裏に文明のありようを感じさせる巧みさ、大いなる美を読者の眼前に出現させる菅浩江の剛腕をどうぞご堪能あれ。
《第4夜 「都市の墓標」 Epitaph of a civilization》
――過ぎゆくものを惜しんでも羨んでも、そこにあるのは四角い石の集まりだけだ。
藤沢祥「緑の縫い糸」
やわらかな無数の苔で編まれた深い緑の外套と、白い貝殻のような外殻の、弓のように細長い肢体。閉ざされた湿地帯の集落にたびたび訪れるその人は、皆から「苔の人」と呼ばれていた。古い知恵を隠し持つ長老たちからは「死なずの緑衣の僧侶」と呼ばれていたけれども。顔もなく、声も持たず、ただ話を聞くのと引き換えに、何かを与えてくれる苔の人。苔の人に話した言葉はその場の誰にも聴こえない、沈黙の中に語りをしまいこんでしまうから……。幻想的な要素を随所にちりばめながら描いた、ポストアポカリプスの廃墟的世界と幼年期の終り。
吉田棒一「バースデイ」
有名な曲は、死ぬとニュースになった。死んだ音楽は世界中の録音から消え、残された人々は二度とその音楽を聴くことはできない……。音楽が一回生の命を持つ世界で、戦争が起きた。戦前の文化や歴史を振り返るのが困難になるほど破壊と滅亡が繰り返されたが、戦前に生まれた音楽「イエスタデイ」は生き残っていた。旧文明の遺構から不思議な音の繋がりを発見した人々は、その「音」に力を感じ、この力で戦争が止められる気になるが……。音楽という存在を文字で浮かび上がらせる、吉田棒一の新境地。
冬乃くじ「さなぎ計画」
厳しい気候と少子化対策のため「さなぎ計画」が義務化されてから4年。愛情豊かに育ったあかりは、さなぎ計画の対象年齢である18歳に近づいていた。さなぎ計画には反対派がいて、今だにネガティブな都市伝説が流布される。今日聞いた噂はすごかった。なんでもさなぎに入ると、簡単には死ねなくなるらしい……。反対派の母と親友のちひろ、受容派のクラスメイト、徐々に分断されていく環境。ただ仲良くしたいだけなのに、どうしてこんなふうになっているんだろう。そんなとき、目の見えない詩人をすごく好きになって……。酷薄な現実社会に呑みこまれていく少女たちの青春を描く。
《第3夜 「異形たちの輪舞曲」 Ronde des monstres》
――亡者が踊り、巨大な花が牙を剥く。鳥が生者の記憶を啜り、怪獣王が姿を現す。
藤田雅矢「空の瞳」
匂いたつオニシバリの花の香り。三十年に一度、鬼がやってくる日は近い。そう山が知らせてくれている。「家を出てはいけないよ、麋角鬼に攫われてしまうから」大人たちが鬼を縛り上げている間、留守番を命じられた兄弟は、好奇心から禁を破る。唸りをあげる山で兄弟が見たものは……。実在の植物から着想を得て広がる、藤田雅矢の想像力の凄まじさ。比類なき描写力によって顕現する、空一面を覆う異形たちの美しいヴィジョンは圧巻! 時間と空間を自在に操る手腕、風圧までも感じさせる自然描写、絶妙な音表現も読みどころのひとつ。
冬乃くじ「ルッカとはしごと死神の馬」
やせっぽっちでちびのルッカは、7歳にもなるのに、ポテト以外を絶対に食べてくれない。悩み抜いた母と祖母は、一縷の望みを託して、死者と魔物と妖精がうごめくハロウィンの街にルッカを1人送り出す。異形たちから脅かされても、頑固なルッカは怯まない。持ち込んだ7つ道具を駆使して仲間を増やし、異形たちの悩みを解決していく! 食への愛に溢れた、冬乃くじ初の児童文学。音楽会「IMAGINARC 想像力の音楽」に来場した小さい人、漢字を読むのが難しい人にも楽しんでもらえるよう、作中ではすべての漢字にルビが打たれている。
小山田浩子「耳」
わたしたちが記憶から無意識に省くものを、小山田浩子は省かない。さして意味があるとも思えない他人の動き、なんとなく不快で目を背けたものや、唐突に思い出す脈絡のない考えを、隙間なく執拗に綴る。するとそれらが実は、すべて必然的にそこに存在していたことに読者は気づく。膨大な量の人生が行間にひしめきあい、背負いきれぬほどの実存で充満した空間で、読むというよりは生きることを始めたとき、現実が歪み始める快感! 「舞台を見にきた。会社の年下の先輩に友達が出ているからと誘われたのだ。」から始まり、最後まで読み止めることのできない面白さ、ぜひ体験して欲しい。
《第2夜「魔法の庭 」Magical Garden》
――少女たちは木陰で笑いあう。わたしたちは何でもできる、蜜蜂にも毒蛇にもなれるし、この恋だってきっと叶う。
冬乃くじ「ボロソコモダップ」
ボロソコモダップとはドホイ語で「莫大な量の小さな何かが降る」という意味の言葉。ある日曜日の晴れた午後、子どもが2人、電車の窓から飛び降りる。同じころ、老いた男と老いた犬が言葉を交わす。同じころ、2台ピアノのコンサート会場で、客が音の海に溺れる。同じころ、2つの影が寄り添って……。それぞれまったく関わりあいのない閉ざされた場所で、同時に起きたボロソコモダップを描く幻想スケッチ。
雛倉さりえ「群舞」
凍った湖面をのぞきこみ、エリは思う。あるいは人魚ならいいのに。姉のアンナは生前、アンデルセン「人魚姫」の中で、人魚が泡になってしまう場面が一番好きだと言っていた。重たいからだをほどいて、宙に飛び出した姫がうらやましいの……。愛するアンナを失い天涯孤独となったエリは、寒村の湖畔にあるレストランで、酷い虐めの標的にされながら働いていた。ある夜、傷むからだで佇むエリの前に、死んだはずのアンナがあらわれて水底に誘う……。シスターフッドを軸に、雛倉さりえによって語り直される「人魚姫」は、おぞましく甘美な死と極彩色の夢を孕む。
宮月中「ミッシェルのオルゴール」
著名作家の祖母を戴く地方名士の家に生まれたみつえは、周囲とほんの少しずれていた。好きなように振る舞えばお転婆と評され、鬱憤晴らしが新聞沙汰まで発展する。知恵がつくと、不満のはけ口を求めて、非難されない塩梅のいたずらが日課となった。そんなみつえも、おばあさまがフランスから帰ってくるとその威圧に従わざるを得ない。だがある日、普段鍵のかかっているおばあさまの書庫が開いていて……。おばあさまの秘密を握り、外面的には「いい子」に変身しながらも、秘密の想像を膨らませる女学生みつえの姿はあまりに魅力的。
《第1夜「天命」 Heaven’s Decree》
――狩人が鳥を打ち抜いた。それでも鳥は羽ばたくのをやめなかった。
白髪くくる「祖父の赤紙」
陸軍からの召集令状、通称「赤紙」を手に戦争から逃げた祖父。逃走劇の終焉は苦い思い出で、今でも悔いていることがある……。老人ホームの一室で聞く初めての告白。潜り込んだ先の工場で世話になった恩人に、思わぬ形で赤紙を押し付けてしまい、憲兵に強制連行されるのを見送った。戦後足取りをたどると、自分の代わりに兵として召集された彼の消息は戦地で絶えていたという。自責の念で消沈する祖父に、隣で居眠りしていたはずのホーム職員が声をかける。「あの~……。大変恐縮なのですが、岡本さんは大きな間違いを犯しているかもしれません」。てきぱきと謎が解決していく快感を詰め込んだ、爽快ミステリ。
冬乃くじ「自分の足で」
気持ちのおもむくまま、知らない駅で降りた鮫島はSNSに書き込む。――グーグルマップを使わず、自分の足で初めての街を歩くとき、ぼくらは何を発見できるだろう?―― だが1時間後、鮫島はその街の「何もなさ」に失望していた。あるものと言えば似たり寄ったりの二階建てや三階建ての住宅。人の気配がなく、ただ上階のベランダにさまざまにくたびれたふとんが干されているばかり。そのとき急に、なんとなく見下していた、大学時代の友人がしていた謎めいた話を思い出す……。逃れられない運命に巻き込まれていく異界ふとん街ホラー!
糸川乃衣「1/∞の猫」
「猫には九つの命がある」なんて言葉がある。でも本当はねこたちにはもっと命がある、もうずっと、何遍も命を繰り返している。人間の都合でかわいがられたり、命を終わらされたりしたねこたちの、連綿と続く命の集合意識が語りかけてくる。「信じよう、今回みたいなハズレの次は、きっとアタリがくるはずだって。……だからあと少し、もう少しだけがんばろう。だいじょうぶ。怖くないよ。みんないるから」抗ってやる。定められた環境なんて、天命なんて、ふざけんな。小さな命を愛する読者たちの、涙腺を刺激する短編。
おわりに
以上、収録されている15篇の短編についての紹介でした。当然のことながら、どれも実際の作品のほうが断然!!!おもしろいので、何とかして手に取って読んでいただければなぁと思います。
本当は音楽プログラム、とりわけ今回5人によって書かれた新曲についても紹介したかったのですが、手元に音楽がないため難しく……。
個人的な記憶をもとに言及するなら、平野一郎「龍ノ経」の凄まじさと、東大路憲太「Hyalophora for two pianos」のかっこよさには、終始鳥肌がたちっぱなしだったので、ナクソスジャパンによるデジタル配信が本当に待ち遠しいです……!
ともあれ!
あらためて、IMAGINARCアンソロジー冊子、小説好きの方に自信をもっておすすめできるアンソロジーになったと自負しております。どの作品も味わいが違いますので、ふだん小説を読まない方にも、必ず1作は心に響くものがあるのではないかと思います。
作者の皆様、素晴らしい原稿をお預けくださり、本当にどうもありがとうございました。また、企画にお誘いくださった森下唯さん、江﨑昭汰さん、それからすべての関係者の皆様に、この場を借りて深く御礼申し上げます。
それから、こんな長い記事を最後まで読んでくださったあなた。本当にどうもありがとう。きっと、言葉が好きなんですね。あなたの本棚にもこの本が置かれますように。願わくは、あなたの人生の友となってくれますように。
また会いましょう。
冬乃くじ
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