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みんなもフジファブリック!

フジファブリックが20周年を迎える今年、2024年。東京では、4/14 NOW IS at LINE CUBE SHIBUYA、8/4 THE BEST MOMENT at 有明ガーデンシアター、この2つの大きな花火が打ち上がると予告されていた。

これまでのように、日本武道館や大阪城ホールといった大きな会場で、なにか1公演やるわけではないのか。2つのライブはタイトルからして、それぞれ全く別のものになるんだろう。発表当時、そんなことを考えていた。

4/14 NOW IS、題目のとおり、最近のフジファブリックの曲、特に最新アルバムの曲を中心に、セットリストが組まれていた。というかアルバム発売記念ライブみたいなものだった。楽しく踊り疲れておめでたいライブだった。

となると、8/4 THE BEST MOMENTは過去の曲も含めたベストアルバムのようなライブになるのだろう。特にセトリ予想が趣味ではないため深く考えることはなかったが、8/4という日付を道標に生きていた。


ところが7/3、フジファブリック活動休止のお知らせが発表された。そうかあ、終わっちゃうのかあ。解散ではないから終わりではない、と言われればそれはそうだけど、終わりと思わせてほしい。今は中途半端な希望などいらないです。

「自分のすべてをこのアルバム(PORTRAIT)に注ぎ込み、20周年イヤーを全力で駆け抜け、その後バンドを脱退したい」

金澤さんがそう言うなら止められないよ。自分のすべてを注ぎ込めたなら、そんなに素晴らしいことはないよ。でも言わなかったじゃん。自分のすべてを注ぎ込んだってここで初めて聞かされても困っちゃうよ。

金澤さんが脱退するわけではなく、3人のまま活動を休止する。私はそう捉えたけど、SNSを見ると解釈は人それぞれのようで、なんて余地を残してくれるんだろう。でもはっきりと明言されたくはない、ないなあ。

この頃のフジファブリックは、㊗️20周年というわりに全く音沙汰がなくて、どうしたあ?!?元気か?!?!と心配していた。だからとりあえず事情がわかって良かったです。でもこれからも新曲やライブを道標に生きたかったです。


そんなこんなで8/4が来てしまった。7/3以降初めてのワンマンである。過去の自分の呟きを掘り返して、ああ私って本当にフジファブリックのことが好きなんだなあ、本気で追っかけて来たんだなあと思う1ヶ月だった。

「今日初めてフジを見た、初めてフジを知ったって人もいるかもしれないけど、今はサブスクだったり、もちろんCDも、配信とか、色んなツールがあるから、これからもフジファブリックの曲を聴いて愛してくだされば嬉しいです」(2024/5/12)

SWEET LOVE SHOWERでのMCである。止まらなければこれからも色んな曲が聴けるのだろうけど、止まったとて過去の素敵な曲たちは消えないし、これからもそれらを大切に、光らせ続けたいな、と思う。


さて、8/4当日になってしまった。SNSでアクスタの写真を眺めつつ、生誕祭でも買わなかったし、まあ使わないので要らないかと思ったけど、空を持ち上げる総くん良いな。ランダム頑張ろう。でも着く頃には売り切れていた。人気やね。

チェックインをしてマイページを確認して、過去の思い出を眺めて愛しい気持ちになる。あああと何個埋められるのだろうか。FCはどうなってしまうのだろうか。このページは消えてしまうのだろうか。デジタルって儚いね。

席はアリーナのF。アリーナの後方だから見にくいけど、フジファブリックのFだからちょっと嬉しかった。ステージ奥にはメインモニターが、左右にはサイドモニターがあって、大きな会場であることを実感する。


17時、暗転してモニターの光が際立つ。今までのアルバムのジャケットが順々に映し出される。『MUSIC』と『STAR』の切れ目で胸がキュッとなる。ずっと続いてきてくれてありがとう。ずっとかっこよくいてくれてありがとう。

メンバーが出てきて立ち位置に着く。ギターを肩からかけて万歳した山内さんを見た瞬間、今日の1曲目は『STAR』だ!と思った。まだ1音も鳴っていないのに、前振りもなにもないのに、これは『STAR』だなと直感してしまった。

ドラムの特徴的なリズムのカウントで、ほら『STAR』だ!と沸き立つ。そうだよね、『STAR』は3人の始まりの曲だからね。ドラムのカウントで確信するなんて、それくらい私はフジファブリックのライブに行ってきたんだなあ。

2曲目の『夜明けのBEAT』も、3曲目の『徒然モノクローム』も、ドラムのカウントでなんの曲かわかる。それくらいライブでたくさん聴いてきた曲ということである。やはりベストアルバムみたいなセトリとなっているんだろうか。

4曲目『電光石火』。金澤さんのピアノが印象的な曲である。5曲目『プラネタリア』。金澤さんがつくった曲である。6曲目『Green Bird』。やっぱり金澤さんのピアノが印象的な曲である。それだけではないけど、そんなことを思った。


少しの間が開いて、恒例の山総ゆるゆるMCタイムかと思ったら、金澤さんが口を開いた。7/3のことに触れたその口ぶりはすごく厳かで、活動休止が決まった以上こうした重い空気と向き合わざるを得ないことはわかっているけど、辛い、ツラいな。

今日は盛り上がりましょう!という言葉に拍手で応えたのち、7曲目『楽園』。Spotifyのアーティストページを開くたびにこの曲の再生回数の多さに驚くけど、それを知ってか毎回のようにライブで聴いていた『楽園』。金澤さんがつくった『楽園』。

金澤さんが思い浮かぶ曲が続くな、なんて思っていたところ、フジファブリックのライブでは珍しく特攻の炎があがった。そもそも突然パーカッションが加わって驚いていたけど、さらに特攻も来るとは。景気の良さに頬が緩む。

8曲目『KARAKURI』。これが金澤さんのすべてを注ぎ込んだうちの1曲か、と思ってしまう。2/28のアルバムリリイベでは「普段低音はベースが担うから左手を使わないんだけど、この曲は左手をたくさん使うから大変!」と語っていた。

私はあのお知らせを読んだあと、真っ先にこのMCを思い出した。『PORTRAIT』の新曲に金澤さんがつくった曲はなかったけど、演奏面で色んなこだわりが詰まっているのだろうか。もっと教えてほしいよ。注ぎ込んだものを教えてほしいよ。


少しの間のあと「ここからは志村くんと一緒に演奏しようと思います」と言った山内さんは、いつもの真ん中ではなく、少し横に逸れた立ち位置にいた。ああ今日は本当に本当に特別な20周年の記念公演なんだ、そう思った。

そして始まったのは、9曲目『モノノケハカランダ』。志村さんの曲は物悲しいだけではない、ここでこの曲をやる、その意味に終わってから気づく。モニターには過去のライブ映像が流れていて、この場で志村さんが歌っているようだった。

10曲目『陽炎』。5/9のアイナ・ジ・エンドとの対バンで、彼女の陽炎カバーを見た山内さんの感想を思い出す。「陽炎を演るサポートギターを見て、俺MVでこうやってギター弾きながらコーラスしてたわあ〜と思い出したよねえ」

「バンドを続けてきたからこそ対バンの機会があって、アイナちゃんがカバーを披露してくれて、それはそれは素敵で、みんなにも聞いてもらえて、バンドを続けてきて良かったなあと思った」というようなことも言っていた。

ふと出た感想なのか、活動休止を踏まえたうえでの発言なのか、わからないけど、この1ヶ月であのとき聞いたMCを何度も思い出していた。だから陽炎を聞きながら思い浮かんだのはやっぱりこのMCで、とりとめもなく泣いてしまった。


11曲目『バウムクーヘン』。ライブで聴くこの曲は、大阪城ホールを思い出す。「紹介したいメンバーがいます。 志村正彦!」からの間髪いれずにバウムクーヘンが流れてきたあの鳥肌を、今でも覚えている。

モニターにはCHRONICLEの制作ドキュメンタリーが流れていた。映像の中の4人は若々しくエネルギーで溢れていて、今はどちらかといえばイケオジだけど、ああ彼らにもこういうときがあったんだよな、と思ってなぜだか泣いてしまった。

そしていよいよ12曲目『若者のすべて』。この曲を聴かなかったライブを数える方があっという間である。それぞれの楽器のそれぞれのフレーズをわかっているくらい、何度も何度もライブで聴いてきた曲である。

この曲がここまで名曲として認知されているのは、もちろん曲の力が、そして志村さんの急逝が要因にあるだろう。でも山内さんが、今のフジファブリックがライブで歌い続けたことも、すごくすごく大事なことだったのではないかと思う。

フジファブリックはそもそもボーカルが急逝した、というストーリーがある以上、過去を語るうえで"重苦しい"からは逃れられない。でも『若者のすべて』は、そんな"重苦しい"を受け止めることのできる良い空気感の曲だと思う。


志村くんと演奏するパートが終わって、しんみりとした空気のなか始まったのは、13曲目『Water Lily Flower』。やわらかくて力強くて愛情深くて心強いこの曲は、過去のフジファブリックから今のフジファブリックへと導いてくれた。

アコースティックギターに持ち替えた山内さんが「ガーデンシアターの座り心地を味わってみませんか?」といつもの促し文句を言って、着座で始まったのは14曲目『月見草』。間奏の口トロンボーンが愛らしい。

この曲を歌う前に山内さんが「大人になってさみしいと思うことが増えて、さみしい大人になってしまったなと思う。でもそれが心地悪くはなくて、さみしいと思うからこそ生きてるって実感できるんです」と言っていたのが印象的だった。

「フジファブリックのファンはみんな優しい!」とも言っていたけど、それはあなたたちが素敵な人だからだよ、と思う。すべてができている人たちでないのはもちろんわかっているけど、そんなところも含めて人間として好きだよ。


曲が終わり、加藤さんがそわそわし始めたと思ったら、やってきましたカトーク!みんなの笑顔が見られて面白い話が聞ける素敵なコーナーです。いつものなぞかけ…の前に「みなさん私になにか言いたいことがあるんじゃないですか?」

会場全員から「誕生日おめでとう!」を浴びた加藤さんがとても嬉しそうで、ニコニコと自然に笑顔になる。加「夏生まれは誰にも祝ってもらえなくて」山「毎年フェスで祝ってるやん!」加「こうみんなから一斉に祝われたいんですよ」

金澤さんの言葉も、志村さんとの演奏も、山内さんの月見草も、なんだか重くしんみりとしてしまったけど、ああなんて陽だまりのような人なんだろう、ものすごいバランスで成り立っているライブである。

さて、恒例のなぞかけタイム。加「ととのいました!20周年とかけまして、ペットと解きます」金「その心は?」加「どちらも"めでたい"です!」加藤さんが1人でトークライブをやるなるなんて、志村さんも驚き笑っていることでしょう。


東京に出てきてすぐにフジファブリックのメンバーと出会うことができて幸運だったという山内さん。"東京"というキーワードが出てきたので、次の曲は『東京』だなと思ったらビンゴ。わかりやすい人だなあ、私がわかりすぎているだけか。

発売時は間奏で山内さんがラップしたり、コール&レスポンスを行ったりする曲だった。「みんなもフジッファーブリック!」「フジッファーブリック!」「俺たちフジッファーブリック!!」「フジッファーブリック!!」というやり取りがすごく好きで、今でも覚えている。

コロナ禍で声出しが禁止されて以降、この総ラップは聴けていないのが少し寂しい。また山内さんの愛に溢れたラップが聴きたいし、「みんなもフジッファーブリック!」「フジッファーブリック!」ってレスポンスがしたいな。


16曲目『LIFE』。この曲もたくさんたくさんライブで聴いてきた。間奏の「ギター、俺!」に何度ときめいたことだろう。やわらかくて深くて力強い曲を、何度読んでも素敵な歌詞を、今日も噛み締めながら手を振った。

17曲目『ミラクルレボリューションNo.9』、18曲目『FEVERMAN』。恒例のフジファブリック・ダンシングタイム。音楽とともに腕が攣りそうになるほど踊れて、心の底から楽しい!と思える時間である。

充実感に満たされていると、これまでに何回もときめいてきたイントロが流れてきた。19曲目『星降る夜になったら』である。黄色のペンライトと青色のペンライトの混ざり合う景色が本当に綺麗で、ずっとずっと浸っていたかった。


再び山内さんが話しだした。「今この瞬間もショウ・タイムだし、帰り道もショウ・タイムだし、明日からもショウ・タイムだし、いちいちショウ・タイムだから…何を言ってるんだ?という感じですけど(笑)」…そんなところも好きです。

MCの時点で曲はわかっている。本編ラスト、20曲目『ショウ・タイム』。発売時のインタビューで、『KARAKURI』と『ショウ・タイム』について「念願の組曲みたいな曲ができました!」と言う山内さんは、自信で溢れているように見えた。

そんな山内さんを思い出しながらこの2曲を聴くとき、すごい!とか好き!とか思うと同時に、もっともっと知りたいなと思う。志村さんやファン、音楽への想いだけじゃなくて、音楽のつくり方、こだわり、技術が知りたいな、と思う。

余談だけど、15周年のペンライトには色がコロコロ変わるモードがあって、視界にそのモードで振っている人がいて、ショウ・タイムのリズムと色の変わるタイミングがあまりにもぴったりで曲中ずっと笑ってしまった。

曲を聴くたびに思い出して笑えそうな景色で、なんて記憶を残してきたんだよという感じだけど、なんだか幸せな景色だった。ペンライト、良いですよね。私のペンライトも3人を照らす光になれていたら良いなと思う。


アンコール。暗転した会場の中でモニターが光りだした。これまでのフジファブリックのライブ映像が流れて、このTシャツはあのツアーだ、この会場はあのときだ、と一瞬一瞬でわかることに嬉しさと懐かしさと寂しさを感じる。

ふと4/14のライブは"お祝い"で、今日8/4のライブは"振り返り"だったのかなと思う。未来に向けての振り返りではなく、終わりに向けての振り返り?嫌だよ、そんなの。メンバーが入ってきて映像が途切れたあと、志村さんの声が鳴り響く。

「この曲を歌うために、僕はずっと頑張ってきたような気がします」

『茜色の夕日』だ。音源や菅田将暉のカバーや「ここは退屈迎えに来て」で聴いてきたけど、ライブで聴くのは初めてだった。山内さんが歌うことをしなかった『茜色の夕日』。今回も歌声は志村さんだった。

この曲が特別なことくらいわかってる、わかってるけど、山内さんが歌ったって良いんだよと思う。マイクを奪ってよと思う。もっとこの曲が聴きたいよ。山内さんは頑固で優しくてフジファブリックのことが好きすぎるよ。


曲が終わったあと話し始めたのは金澤さんだった。答辞かのような挨拶っぷりに卒コンですか?と言いたくなる。志村家や1stアルバムの制作スタッフの協力のもと今日のライブが成り立っているという話で、志村さんとの演奏を思い出した。

自分の決断を山内さんと加藤さんが受け入れてくれて感謝していると言われたとき、そうだけどそうじゃないじゃんと思った。そりゃあ受け入れるでしょうよ。でも2人の本音はどう思ってるの?教えてよ。傷ついても良いよ。

金澤さんの言葉を受けて呆然としていたら、「良いスピーチをありがとうございます」と加藤さんが話し始めて、思わず笑いがこみ上げる。てっきり金澤さんのスピーチタイムと思っていたから、3人それぞれの挨拶タイムなのかと気づく。

短めに締めたら山内さんに「もう終わり?!」というような顔を向けられた加藤さん。ベースの褒めどころがわからなくてなかなか名前を出せず申し訳ないけど、いつでも温和な表情をしている加藤さんにたくさん癒されてきたよ。

最後に山内さんの挨拶。2月にもきちんと大きな花火があがることを匂わせてくれてありがとう。活動休止なことに変わりはないけど、「これからもフジファブリックをよろしくお願いします」という言葉にずっと付いていきたいな、と思う。


金澤さんが真っ赤なギターを持っていることから、次の曲は想定内である。でもイントロ前のドラムのカウントでグッと泣きそうになるのは、この曲の威力を知っているからなのか、今までここぞというときに聴いてきたからなのか。

22曲目『破顔』。5年前の大阪城ホールでは帰りの新幹線が危うくて、この曲のイントロを聴きながら会場を背に駅まで走った。でもその次のツアー、I FAB Uの1曲目がこの曲で、あああの日の続きからまた始まるんだ、なんて嬉しく思った。

この曲の力強さが大好きだ。力強い歌で漲ったと思ったら、長尺のアウトロにはこれまた力強いギターソロが待ち構えていて、これでもかというほどのパワーが溢れていて、聴けば必ず前を向いてしまう、ものすごい威力のある曲だ。

これからのフジファブリックになにも心配がない、とは言えないけど、3人がいなくなってしまうわけではないし、それぞれがそれぞれらしくいることで、フジファブリックは、過ごしてきた日々は宝物であり続けるんだろうな、なんて思う。


まだ終わりではない。「これからもときめき続けていきたい」という山内さんの言葉にときめいて始まったのは、23曲目『SUPER!!』。私の大好きなこの曲を今日この場面で聴けること、本当に本当に嬉しくて、何度も噛みしめる。

フジファブリックを好きになったきっかけの曲、初めてのライブで聴いた曲、撮影可のときに良い場所から撮れたものを御守にしている曲、何度聴いてもときめいてしまえる曲、あまりにも思い出が多すぎる曲。

間奏の振り、ラストサビ前の2音の緊張感、ひとつひとつが終わるごとに今日も最高の景色だなと思う。希望で満ち溢れたこの曲に力をもらってホクホクしつつ、アンコールが終わってしまったことに寂しさを感じる。

ギターを置いた山内さんが「みんなで写真、撮ろ?」と言った。あ〜本当に終わってしまうんだな、と改めて寂しく思いつつ、掛け声の決めきれなさに相変わらずだなあと微笑みつつ、一番に感じるのは充足感だった。

最後にマイクをステージ上に置いて、へへと笑う山内さんを見て、ああ今日が最後でも良いのにな、と思った。今日で終わるとわかってるライブを見たらどうなっちゃうんだろう。もう今日で終わりで良いよ。すごくすごく楽しかったよ。


終わった。終わってしまった。楽しみだけど不安だったライブが終わってしまった。SNSで感想を呟きながら、他人の感想を読みながら、あと何回これができるんだろうと寂しくなった。記憶を記録に変えるこの時間が好きなんだよな。

お知らせの文面があまりにも申し訳ないです…感満載だったので、そんなこと言わないでよ…謝らないでよ…と思ってたけど、そういえばそういった言葉は全くなかった。でもそれでいいよと思う。申し訳ないとか言わないでいいよ。

途中で散々泣いたけど、活動休止の報がなくても泣いていたんだろうなと思う。志村さんとの演奏はそんな空間だった。終わるから泣いてるんじゃない、これまでの道を振り返って泣いてしまうのである、なんて不思議なバンドだね。


どこかのMCで「曲を受け取ってくれた人もみんなフジファブリックなんです」という話もしていた。「みんなもフジファブリック!」という話は、先述の東京のラップから良く聞いていたけど、ここでようやくスッと腑に落ちた気がした。

この言葉を受け止めてはきたけど、いつも何それ面白いなあと微笑んでしまう軽やかさがあって、でも今は、3人が続けてきたうえで、私たちが曲を聴き続けてきたからこそバンドがここまできたんだな、という自負が芽生えた。

曲の再生回数がどうだとか、チケットの売れ行きがどうだとか、バンドを続けるからには考えなきゃいけないよな、ということを7/3のときに思ってしまった。本当のところはわからないけど、これからも音楽を続けて欲しいと勝手ながら思う。


気づけば志村さんが歌っていた期間より、山内さんが歌っている期間の方が長くなっていた。志村さんが亡くなったあとに出会ったという人や、山内さんの歌うフジファブリックを見てファンになったという人も多いだろう。

2000年に生まれて特段バンドの英才教育を受けてきたわけでもない私は、志村さんのことをリアルタイムで知らない。でももっと前に生まれていたら志村さんの歌うフジファブリックを好きになっていたと思う。

結局私は高校生のときに山内さんの歌うフジファブリックに出会ってファンになったけど、活動していなかったとしてもどこかでフジファブリックに出会って好きになっていたと思う。それくらい好みの音楽である。

でも、でも紛れもなくフジファブリックが私を支えてくれたと言えるのは、彼らが活動を続けてきて、たくさん新曲をつくってくれて、たくさんライブで会ってくれたからである。これまでの思い出はずっと宝物であり続けたいな、と思う。


「バンドを続けてきたからこそ対バンの機会があって、アイナちゃんがカバーを披露してくれて、それはそれは素敵で、みんなにも聞いてもらえて、バンドを続けてきて良かったなあと思った」(2024/5/9)

「今日初めてフジを見た、初めてフジを知ったって人もいるかもしれないけど、今はサブスクだったり、もちろんCDも、配信とか、色んなツールがあるから、これからもフジファブリックの曲を聴いて愛してくだされば嬉しいです」(2024/5/12)


やっぱり思い出すのはこの言葉である。バンドを続けてきて良かったと思えるなら本当に良かったし、これからもフジファブリックの曲を聴き続けて、愛し続けていきたい。そしていつかまた会いたいです。