「being digital 2007」その5
Ⅲ-2-C.収益モデルの考え方
前述のようにこれまでの広告会社の収益の源泉がマスメディアのコミッションにあったと言う事が、これまで述べてきたような広告会社の課題解決能力に対してフィーと言った形で対価を求める事に対して広告主サイドに抵抗感を産んできたし、請求する側の広告会社も「マス媒体セールスのサービス作業」として提供する事によって、マスメディアのコミッションレートを守れるものであれば、「タダで提供しても惜しくないもの」と言う位置づけに置かれていた事も否めない。
しかし、広告がビットの情報設計を中心とする課題解決ビジネスに変化してゆく中で、この課題解決力に対価を求める構造を持たない限りは、広告業界そのものの中期的な発展はないと考えられる。
JAAA(日本広告業協会)の最近の懸賞論文の中でも、新しいビジネスの構造への対価の請求について言及をしている意欲的な提案がいくつか見受けられる。
例えば南(2005) は広告会社が、その知的生産業務を有料化出来る可能性のあるビジネスのスキームを考えるときの切り口として以下の三点を挙げている。
1)クライアントでは出来ない業務を狙う
広告会社の業務の中でクリエーティブディレクターの発言力が比較的強いのは、広告主の業務プロセスの中で、代替可能性のある職種をインハウスに持たないためと南はしており、広告業界以外では医師、弁護士などの高度な専門性を持つプロフェッショナルワークを想定している。
2)市場価格が形成されにくい「ノンルーチンな業務を狙う」
明確な市場価格が形成されにくく、結果として超過利潤を得やすい業務を「ノンルーチン業務」と定義し、同質な財が市場に形成されにくい例として投資銀行のM&A業務を挙げている。
3)業務内容をブラックボックス化できる「アンストラクチャード」な業務を狙う
業務はそれを構成する個々の要素に分解されない方が市場価格が明らかになりにくく、結果として超過利潤を得られるとしており、業務を一体不可分の塊にした方が得策であるとしている。
また、三浦(2006) によれば、これらの課題解決力に対する対価の求め方について「マーケティング部門(筆者註:広告会社のと言う意)が陥りがちな「コンサルティングを入り口とした扱い獲得」と言う役割意識を、「クリエーティブバリューチェーンの最大化」と言うゴールへとシフトチェンジしてゆく必要がある。」としており、いたずらにその対価をコンサルティング業務そのものに対するレイバーベースド・フィーに置くべきではないと主張している。
南、三浦の主張をベースに収益を上げられる構造のポイントを整理すると、
1)広告会社の提供する課題解決能力を、要素に分解して提供するのではなく、一塊のプロジェクトとして提供する。
その折に提供する価値は、戦略コンサルティング・ファームが提供するような戦略レベルの方向性だけではなく、広告会社が本来持つストロングポイントである、クリエーティブ力、コンタクトポイントを構成しバイイングすると言ったエクゼキュージョン力までをパッケージング化したものであるべき。
2)対価の請求形態は、必ずしもコンサルテーションビジネスに関わるレバーベースのフィーにこだわらず、最終的なクリエーティブ或いは、キャンペーン戦略展開のアウトプットへの成果報酬と言う視点を持ったプロジェクト・フィーの設定とする。
この様な前提に立ったときの報酬形態の一つの形として、投資銀行のM&A部門などで採用されている、「着手手数料+リテーナー・フィー+成果報酬」と言う構造を取るといった方法論が想定できる。但し、この場合でもそれぞれの報酬の割合をどの程度に設定するのか?成果報酬の評価となるKPIをどの様に設定するのかと言う課題を解決しなければならない。
本来、投資銀行型のモデルは、投資した企業のバリューを上げ、株価が上がったタイミングで売り抜けることで売却益を確保すると言うexitを前提としたモデルであるので、これを広告会社とクライアントとの関係の中で、どのように読み替えるかがポイントなるだろう。ここで言う「成果報酬」は担当ブランドの達成すべきKPIに対しての達成度に対するボーナスといった形に読み替える必要性があるだろうし、そういった意味では、本来的な投資銀行モデルと言うよりは、コンサルティングファームの、フィーモデルに近い形になってくる事が予想される。
これまで広告会社は、その業務領域を「コミュニケーション」と言うところに置いている事によって、本質的な意味でのクライアントの「成果」(例えば当該ブランドの売上)に対してアカウンタブルであったとは言えないかもしれない。
しかし、消費者データやメディアデータのデジタル化、全数化が進んだ現在、クライアントとの間で、本質的な意味での「データシェアリング」が求められて来る事は必然であり、クライアントのバリューチェーンの中に自らもリスクを取りながら参画し、最終成果に対する責任と成果を分かち合う、本質的な意味でのパートナーとしての地位を獲得出来なければ、高付加価値を提供し、「成果報酬」と言う形で、クライアントとレベニューシェアをするだけの価値ある存在として、広告会社は存立し得なくなるのだろうと思われる。
長期的なクライアントとの良好な関係とそれに基づく収益の中期的な確保、と言う中長期的なビジネスモデルとしての安定を考えると、前述の投資銀行モデルのようなあるタイミングでのexitを前提とした中短期型のビジネスモデルよりも、バリューチェーンの中に自ら入り商流を握ってゆくと言う、後述した商社型の収益モデルを中期的な収益モデルとして目指すべきではないだろうか?
Ⅳ.結びにかえて
1995年の時点で、現在のインターネットの普及を前提にしたデジタル化したコミュニケーションの世界を予見していたネグロポンテの「being digital」を起点にして、現在のデジタル化したコミュニケーション環境の本質的意味を今一度考え、その環境の中での広告会社やコミュニケーション戦略のあり方をここまで考えてきた。
これらの実現のために一番大切な事は、今までの変化の延長線上で物事を考えないと言う覚悟である。ここで提示された組織や職能は、今までの伝統的な広告会社の組織や機能を否定してゆく事に繋がる事も多くなるだろう。その時に、組織防衛的なエゴを働かせることなく変化を受け入れられるだけの前向きな対応を出来るかどうかが、これからの広告業界の行方を握っている気がしてならない。
近年惜しまれながら亡くなった経営学の巨匠P.F.ドラッカーは、
「大きな変化がおきたときに、最も危険なことは、「変化そのもの」ではなく、「今までと同じ方法で行動する」ことである。」
と言っている。この言葉が広告に携わる人たちの胸に実感を持って残る事を願ってやまない。
【参考文献】
ニコラス・ネグロポンテ(1995)著,西和監彦訳,福岡洋一訳,「ビーイング・デジタル〜ビットの時代〜」,アスキー
ダニエル・ピンク(2005)著、大前研一訳,「ハイ・コンセプト」,三笠書房
JAAA REPORTS臨時増刊号第34回懸賞論文入賞・入選作品集
JAAA REPORTS臨時増刊号第35回懸賞論文入賞・入選作品集
Taylor Jim(2005), ”Space Race”, John Wiley & Sons, Ltd
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