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鱗と羽の図像考

おそらくこれが今年最後の投稿になるかと思います。

意を決してnoteでSNSを再開したこの一年、私にしてはコンスタントにネット活動ができました。
スマートフォンかタブレットにいよいよ手を出そうかという考えが
ふと頭をよぎるくらいに
「投稿」に精が出ました。

改めて思うのはやはり
読んでもらえる・反応を頂けることが嬉しいということ。
気儘に書いている中に張り合いをもたせて頂けているなぁということです。

当たり前なんですけどね、振り返った時に何を思うかとなるとやっぱりそういうことでした。
一年の終わり、改めて御礼申し上げます。

絵の方も勿論そうなんでしょうがね…
こちらはまだしばらく閉じこもった制作活動を続けそうです。



さて、そんな2022年最後の投稿。
何を話題にもってきたかと言いますと

うろこ


相変わらずのマイペースっぷりが自分らしく、いっそ清々しい。

いえ、来年の干支が辰でなく卯ということも流石に知っています。
大河に絡めて「三つ鱗」をキャッチ-に使っても良かったのですけれど
いかんせん、
「まぁそういうのは私がやらんでも」とさておき。

よく話が横道に逸れるので作ってみました



えぇ、鱗についてお話したいのです。

と言いますのも、ここ最近アトリエでは絶賛「龍の天井画」が制作中。
共同で借りている人が仕事で描いていらっしゃいます。

大学卒業から早10年ですか、共同アトリエを運営しています
そういう話の方が需要ありそうなのに!という声はおいときまして…


共同アトリエ
若干私のスペースにまで侵入してくる天井板
搬入され毛布養生されていた時の様子です


そんなわけで11月頭頃からアトリエに入ると「龍」。

現時点で「開眼」を待つ状態まで仕上がっていらっしゃいますが、
一昨日に悩まれていたのが「鱗」だったんですね。


お悩みは、「鱗がイマイチ決まらない、さてどういう仕上げをしたものか」

勿論、小下図を作った上で制作されているのですが
やはり実物で悩ましくなることもよくある話で。

さて、そんな時に呼ばれて飛び出すのが私というのもよくある話で。



鱗の類例、もろもろ献上しました。
そもそも龍の類例も200くらい渡していますが、
鱗となると魚類や飛龍などがイケルので、おかわりで50くらい追加。



要は鱗1枚の中の「味付け」(描き込み)をどういう風にしたらカッコイイのだろう、という話です。

オーソドックスなものは大徳寺唐門のように、鱗の輪郭に沿う形で隈取をする(同心円状にぼかしたり塗り切ったり)繧繝タイプ。

その同心円繧繝の中心に「芯」のように線を描き入れるタイプ。
上野東照宮のものがそうです。
中心線を入れる・入れないはありますが、この同心円繧繝タイプが
鱗の彩色の少なくとも過半数を占める印象です。


ふぅ、また私の類例ステーションが火を噴いた…と
やや一仕事終えた気分で「あとはお好きなものをご自由に」。

修復でなくて今回は新規(オリジナル)のため、
好きな鱗や好きなツノや好きな爪にされたら良いのではないでしょうかと、
さて自身の「ゾウ」さんに戻ってこちらはこちらで悩んでいたのです。


そうして、やれ、今日も日が暮れたと仕舞い支度をしていたらふと彼が

「中心線があるのは鱗ではない」と。


妙に確信に満ちた声で言うではありませんか。

(描くことに熱い気持ちを持ちながら、あまり社寺の類例にはそこまで踏み込んで持論を展開される方ではない。むしろ私のムフムフぶりを面白がったり遠巻きに見てくれるタイプである)


そんな御仁が、いやに重々しく言うものですから
ややたじろぎ、少し考えて、あぁ側線のことではないかと思い至り
「実際の魚は側線だけなのに、全ての鱗に中心線が描かれているのがおかしいということでしょうか」というようなことを聞いてみる。

「鱗」「側線」で調べて頂ければわかって頂けると思います。
先の例のように鱗全てに中心線が入っていることは実際ありませぬ。
そして実物の「鱗」画像のきらびやかな美しさはグイグイ見ちゃいますね。


そうだと言う。
だけれども、それで終わるではなく、

中心線があるものは「羽」

と言う。


あぁ、ここで来たか「羽」と「鱗」論議!


と悶えました。
そう、社寺彫刻の彩色では「羽」と「鱗」の味付けが非常に似通っており
私も若干キナ臭い、もとい、オイシソウなものを感じているのです。

その考察に適しているのが「飛龍」だと思っていまして、
やっぱり飛龍の「魚系」「鳥系」分類をせねばならんのだなぁとつくづく思いました。

飛龍・応龍・シャチ・マカラ・鯨・螭吻・虵鳥…
このあたりを分類しながら考察すると非常に面白そうです。


さて、飛龍を並べてみますので、羽か鱗か、いざ選り分けてみて下さい。


日光東照宮はさすがにわかりやすく羽っぽい感じです
脚も鳥のソレです
こちらは迷います
風切羽などは完全に鳥ですが、頭から辿ると龍の鱗という見方もできそう
なんせ「霊獣」、実際にいませんからね…
歓喜院聖天堂はなかなか難しい
尾も羽先も「ヒレ」のような形で、となると鱗と見る方が多いでしょうか


この3例、全て中心線が入っています。
先の彼の主張では「中心線があればそれは羽の彩色」というもの。

ここは「実際の羽と鱗の形状」から考えてみます。
羽は軸があって、そこから枝状にのびる葉っぱみたいな感じ。
イコール、中心線ありでOKです。
一方で鱗は年輪のようなもの、基軸となる中心の線はありません。

写実の観点からは主張の通り「中心線があるのは羽」なのです。
つまり過半数を占めるであろう「中心線のある鱗彩色」は鱗ではなく、
逆に少し食われ気味な「細かな点や線」で味付けされているものが鱗だと。

たしかにたしかに、そういう目で改めて見てみると
有名どころの龍天井は鱗に中心線を描いていないものが多い。
線を描く場合は「中心1本」でなく「放射線状の線」である。
妙心寺、建長寺、相国寺、大徳寺、天竜寺、南禅寺…

これは凄い。(目から鱗)



やはり実際に描くと「見る」んですね。
実際に取り組んでみないとなかなか気が付けないものです。
何百とデータを持っていたところで取り組まないとわからない。
いや、本当に良い発見を頂きました。

原始的な「龍」の時代はさておき、
三亭九似説では体表が「鱗」ですので、鱗を描こうとするなれば
その描き方は「中心1本線」ではなくなるわけです。

これでまた造詣が深くなり、ムフムフも深くなる!
年の締め括りに相応しい、なんて楽しい発見であろう…!


と、それで済ませられたら良いのですが、

では何故「中心線」が氾濫しているのでしょうか



私の推測ですがおそらく一因は

「映え」です。


なんだか身も蓋もない言い方ですが、そうじゃないかなぁ。

あらためて中心線のないものを見ていきますと、
まず、非常に技術のある彩色で配色も洗練されている御香宮の鯉さん。

御香宮
箔押しの上に塗り切りの繧繝
中心の濃色は金で、なおかつフチどりのように細かく放射線状の描き込みがあります


続いてこちら。

慶長期の気分かクラシックな繧繝
大徳寺唐門は少し複雑なニオイを感じますが、ユーモラスな彩色です


こうして堂々たる彩色がなされていますが、
さて、細かな味付けなど実際に見えると思われますでしょうか?

否、ほぼ見えない。

社寺彫刻は取り付け前に地上で見世ていたようですが、
それにしたって屋根近くまで上がってしまえば細かな放射状の線なぞ見えないでしょう。


細かな放射線状の描き込みや、年輪のようなフルフルした味付けより
遠目にも見えるとのが中心線。


ぼかしや点よりも「線」はやはり強いものです。

そしてこうした1本線は、ぼかしや絶妙な筆づかいを会得するより簡単。
また、中心線を鱗1枚1枚に入れることで体の流れも演出でき、

なおかつ手数が感じられるんですね(ココ大事)


いかに早く効率よくうまく見せるか。

これはいつでもついてまわってくるもので、
おそらくそういう観点から「中心線ありの鱗」が描き手の中で流行ったのではないかなぁと思うわけです。

御用絵師が腕をふるう「絵画」ではなく、社寺彫刻の彩色は「塗装」です。

超絶技巧のない市井の人が、いかに効率よく見応えを出せるかは大切な要素で、そこには「芸術」から少し離れた「人の営み」が色濃く出ていて、とても面白いと感じます。

まぁ、芸術から離れているが故に検証されてこなかったり、
いまもなお「雑工事」の一種ではあるというもどかしさはありますが。


あと

いい加減な描き方しやがって!


という、誰に文句を言って良いのかわからない気持ちを抱えることもままあります。




さて、そんなこんな。

「どいつもこいつも龍の鱗に中心線入れやがって!」

と、珍しく憤慨していたのは彼の方で、
私は「そんなに憤らずとも…社寺彩色じゃないか」と
若干なだめにかかるという類例に関してはいつもと逆の構図になりました。

結局今回の龍では「頑なに中心線は入れない」気持ちになったとのことで
鱗の根元に近い部分に、一段と濃い墨で小さく硬い印象の隈取りを入れる形に落ち着きました。
(画像掲載できませんが、イイ感じに入っていらっしゃいます)


そう思うとやっぱり実際に取り組んで、そこで出てきた疑問を辿っていくと
何かしら描き方に変化が現れるものだとつくづく感じました。
別段、類例を参考に「カッコイイ」形を寄せ集めても
描く技術とセンスでいいものにはできるのでしょうが。

なにより新鮮な疑問は美味しく楽しいものでした。
ご相伴に預かれて良かったです。


さて久しぶりの図像考。
最後までお読みいただきありがとうございます。
また来年もどうぞお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。



おまけ

大学から何故かアトリエについてきた中華皿の龍
見るべきものは周囲に溢れています








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巳白
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