ショートショート 『冷蔵庫』
2年間の入院の後に亡くなった母は、大きな冷蔵庫を残していった。
彼女が町の小さな中華料理屋を営んでいたときに使っていた、業務用の冷蔵庫だった。チェスト型で、蓋の形に扉がついたものだ。
入院の際に、私は処分を提案したが、母は反対した。使い慣れたものでもあるし、今売り払えば二度と手に入らないからと。
退院して、もう一度店を開くことを考えている母の気持ちを思えば、売却を強いることもできなかった。
結局、その大型冷蔵庫は我が家のガレージで保管されることになった。
気になったのは、近くの小学生たちが通りかかり、好奇心から冷蔵庫の中に潜り込んだりしないか?ということだった。
私はごつい南京錠をふたつ買い、厳重に冷蔵庫の蓋に取り付けた。
母の一回忌が過ぎ、私は冷蔵庫を処分する気持ちになっていた。
妻との二人暮らしで、大層な量の食材を買うこともなく、業務用の冷蔵庫は場所塞ぎな代物でしかなかった。母の遺品は別にあり、強いて冷蔵庫を残しておく必要はなかったのだ。
もちろん妻に異論はなかった。
業者が冷蔵庫を引き取りに来る前夜のことだった。
仕事が長引き、私は深夜近くに帰宅した。
ガレージに車を入れた後、ほの白く浮かび上がる冷蔵庫を眺めた。
何かしらの感慨があったわけではない。中に何も無いことを確認しておきたい、ふとそう思った。
私は家に入り、居間の戸棚から二組の鍵を取り出した。妻は自分の寝室で眠りについているようで、家の中はひどくひっそりとしていた。
私はガレージに戻り、懐中電灯代わりに車のライトを点けた。
その時、冷蔵庫の南京錠が外れているのに気づいた。
蓋の左右に取り付けた南京錠はふたつとも外れていた。
私は首をひねった。
鍵は家の中にあった。妻が解錠したとしか思えない。奇妙なのは、慎重すぎるほど慎重な性格の彼女が、なぜ鍵を開けたままにしているのかということだ。
私は鍵をポケットに戻し、冷蔵庫の蓋に手をかけた。
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